第27話 七章 雪ちゃん産まれる〜十六夜の最期

1. 産まれない命


 あれから満月が幾度も過ぎました。

 満月の夜の踊り子ショーは、北山のみんなの協力で何とか続いていました。


 鋼のダイナミックなダンス、カルテットのエアリーダンス、小さなカップたちのマスゲーム。漆椀達による合唱。

 意外にも門番さんの軽妙なアナウンスと、白様のジャグリングが、受けています。(本当は隠れてオオジロが浮かせているんですけどね)


 でも、一番人気は五つ窪みの“風の様にお城を一周“です。オオジロさんの昔のベールを、上から被せてピンと張って、蔓で鉢巻きのように抑えて乗り場を作ります。落ちても大丈夫なように、乗る人の取っ手と五つ窪みの取っ手を蔓で繋ぎ、走ります。こうすれば、浮かせの力が少なくて済み、走るのに全力を出せるのです。湖を一周りは、追加で薪が倍になります。

 

 みんな乗りたがり、たっぷり薪を稼ぎました。

 困ったのは、踊り子たちが自分の稼ぎをみんなつぎ込んで、毎回乗りたがることです。

 五つ窪みはボランティアなので、稼いだ薪は全てオオジロに渡しています。

 と言う事は、最終的に踊り子たちに戻ってくるので、タダ乗りなのです。

 オオジロが気付いて止めさせましたが、踊り子達があまりにも不満を言うので、五つ窪みは、ショーの練習の後でちょっとだけ乗せてあげるようにしています。


 平和が、続くように思われました。





 風が涼しくなりました。一番暑い季節はもう過ぎて、萩さんとの漆集めも終わり、後一ヶ月と少しで雪が降ると言う季節です。


「冬越しのベッドに使う新しい栗の葉はこれくらいで良いですか?まだ五箱開いていますよ」五つ窪みが木箱に木の葉を詰めながら鋼に聞きました。


 五つ窪みもすっかり大人になりました。もう鋼と同じくらい何でもできます。あんなに泣き虫だったのが信じられないほど全く泣かなくなりました。

 五つ窪みを子供扱いする者は、もう誰もいません。

「鋼は良い後継者ができた」そうみんなに羨ましがられるほどになっていました。


「それで人数分はあるよ。今年は冬越しするカップの数がいつもより少ないからね。黒様も籠目もいないし……」鋼がため息をつきました。


 五つ窪みを最後に、あれからこの世界では一人の子供も生まれていません。

 今までは一人壊れると、すぐに新しい産まれたてがやって来て、テーブルの世界はいつも同じ数のカップで溢れていました。

 今年は黒様や籠目の他に、何人かの老いたカップが死んでいたのに、今はそれが無いのです。 だから、五つ窪みは今でもこの世界で一番年下の子供でした。


 世界が少しずつ削られて行くような不安が膨れ上がり、ヒソヒソと囁く声がが満ちました。しかし、誰一人として為すすべはなく、ただ時が過ぎていったのです。


「あの僕、念のために残りも全部詰めておきます」


 そう言うと、不安を打ち消すために、五つ窪みは残りの箱全てに、木の葉をぎゅうぎゅう詰めて、温泉の湧く冬越しの洞窟に運びました。


 今日も、萩さんは十六夜についてくれています。一度は回復した十六夜も、この頃の寒さでまた弱ってきました。今年の冬は無理だろうと、みんな感じていました。でも鋼一人が、あきらめようとしないのです。


「かわいそうで見てられない」

 白様は塞ぎの虫がまた出て、昨日から墓場の黒様のところに行っているのです。


 誰もが悲しくなる季節、もうじき冬がやってくるのです。




 2. 鋼の実験


 今日は、夏季の六の月の七日。鋼と萩さんと五つ窪みが、お城の池のほとりで何かしています。


「なあ、これは一体何をやっとるんだ?」

 わざわざ呼び出されて、お城の池から汲んだ水を、五つ窪みの中に流し入れながら、萩さんが鋼に聞きました。


「昨日、お城の傷んだ杉板の張り替えをしたら、オオジロが、昔の硯さんの書いた資料を見つけたんです。そこにカップの素材と、重さ大きさの違いによる“浮きの力”の強さの計算式があったので、五つ窪みがどのぐらい力と重さがあるのか、測ってみようと思ったんです。

 それで、水の量の基準値が“萩さん一人分”になってるもんですから」


「そういや随分昔に、硯とこんな事をした覚えがある。ワシの汲んだ水には心が溶け込まんのじゃよ。歳をとり過ぎてて、涙も湧かんからかの」

「おかげで良い基準値になります、助かります。」


「はぁー、やっと終わった。お前、ワシの二十倍も水が入るんじゃな」

「それじゃ萩さん、この天秤に乗って下さい」

 お城の奥にあった、硯の使っていた秤を借りて、鋼は空っぽの萩さんと、水を満タンに入れた萩さんを煉瓦で測ります。


「空の萩さんで煉瓦一個。水が満タンで、煉瓦二個と五分の一。水は体重の二割増、記録どおりだ。じゃあ、次は煉瓦を一個持ち上げてください」


「まったく、年寄りをこき使いおって。ほれ、持ち上げたぞ」

 鋼は、萩さんの浮かせた煉瓦の上に、五分の一の煉瓦を乗せます。

「も、もうギリギリじゃ」

 萩さんはそう言って煉瓦を置きました。


「やっぱり。普通のカップは体に入る水の重さまでは持ち上げられて、それは体重の二割増と言うことか」

「じゃあ、五つ窪みは二十四個は、持ち上げられるという事か?」

「いえ、多分もっと持てます」


 鋼は言い、五つ窪みに煉瓦を持てるだけ持ってみるように言いました。


「はい」

 五つ窪みは、いきなり百個煉瓦を持ち上げました。そこにあった煉瓦全部です。


「この倍なら持てます」五つ窪みはそう言ったのです。





 城からの帰り道、五つ窪みの怪力に驚いた萩さんは、喋りっぱなしでしたが、なぜか鋼はは黙り込んでしまいました。


 もう夕暮れが迫っていました。家路を急ぐ一行が、東の果ての世界の淵の近くに差し掛かると、五つ窪みは湖のそばに咲いていた萩の花を摘み取りました。


「そうか今日は半月、籠目の月命日か。お参りに行くんかの?」


「先に行って下さい。すぐ戻りますから」

 萩さんにそう答えて、五つ窪みは東の淵に花を持って向かったのです。


 




 

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