第24話 六章 籠目と影〜その最期

1.籠目と影


「また倒れたんですって? 籠目、練習はお休みする様言ったでしょう」

「もう大丈夫です、オオジロ様。あのクロンボがあんな大声出すから、ビックリしただけなんです。まだ踊れます」


「クロンボじゃありません、ちゃんと“五つ窪み”と言う名前があります。どうしてそんなにあの子を嫌うの。鋼の育て子だからなの?」

 籠目は、答えませんでした。そして、

「私、どうしても『もう一度逢いたい』が踊れる様になりたいんです」と言った。


 オオジロはため息を吐きました。


「私があれを踊った時、会いたい相手はもういなかった。籠目、お前の会いたい人はお前を待ってくれているのかしら?」

 そう言うと、オオジロは部屋を出て行きました。


 オオジロが出ていくと、籠目そっくりの姿の白い影が、窓の下に蹲って、こっちを見ていました。


『カゴメノ ウソツキ。イザヨイハ アンタヲ マッテナンカ イナイ』

「うるさい! 影なんかに何がわかる」


『イザヨイガ スキナノハ ハガネ。カゴメジャナイ』

「名付け親は、育て子とパートナーになるのは禁止されてるの。あの二人はパートナーには成れないわ」


『イザヨイト カゴメモ ナズケオヤト ソダテゴ。パートナー ニハ ナレナイ』

「なれなくたっていいのよ!私たちは踊り子なんだから、二人で、この世界で一番の踊りを踊るんだから」


『オドリコハ コイハ デキナイ。 アマリニ ウススギテ アイテノ ココロノ トケタナミダニ タエラレナイ。ナノニ イザヨイハ ハガネニ コイヲシテイル。 ダカラ ケガヲシタ。 ワルイノハ イザヨイ』

「悪くないわ!『もう一度逢いたい』は、踊り子なら誰だって憧れる最高の踊りよ。十六夜は最高の踊り子になりたかっただけよ」


『サイコウニ ナッテ ホウビガ ホシカッタ。オオジロガ アレヲオドツタモノニ ナンデモ ノゾムモノヲ アタエルト イッタカラ。イザヨイハ ハガネガ ホシカッタ。カゴメモ イザヨイガ ホシイ。モウオドレナイ ノニ』


「鋼は狡いのよ、誰だって湖で生まれて凍えて死にかけた時、助けてくれた相手なら好きになるわ。まして一冬、北山で体の中に入れて温めて、守って育ててくれた相手ならね。

 名付け親はそんなことしちゃいけないのに、アイツは違法な行為で十六夜を誘惑したのよ」


『ソウシナケレバ イザヨイハ シンデイタ。モウユキハ フリダシテ イテ シロニ トドケルノハ ムリダッタ。ダカラ マエノジダイノ フユゴシヲ ヤルシカ ナカッタ。

 ハガネ イガイニ イザヨイヲ イレラレル オオキナ カップ ガ ナカッタ。“ワタシガ ムリニタノンダ ノ”シロサマ ガ イッテタ。ハガネハ ナヅケオヤニ サカラエナカッタ ダケ』

「十六夜は私の名付け親なの、私のなんだから! あんな人殺しになんてふさわしくない」


『アレハジコ。 ソレニ イザヨイハ ハガネノ コロシタ ウマレタテノ イキナオシ。 フタリハ ウマレルマエ カラ ツナガッテ イル。 カゴメハ カテナイ』


「十六夜は踊り子よ、踊り子の私といるのが運命なのよ!」


『カゴメノ ウソツキ ウソツキ……』


 お城の部屋の窓から見る月はますます痩せて、もう丸かった姿を偲ぶのは難しくなっていました。




 2. お払い箱


 心が重い……うまく舞えるだろうか?あれから三日も寝込んでしまい、籠目は高台を引きずるようにして広場に向かっているのでした。


「でも、踊らなきゃ。私は踊り子なんだもの」

 広間のドアを開けると、カルテット達が最上段で騒いでいます。また五つ窪みが通りかかったようです。


「あら、籠目、起きていいの?」

 カルテットの言葉に、五つ窪みは、慌てて逃げ出しました。

「五つ窪みちゃんさよならー、満月にはきてねー」

「薪いっぱいお願いねー」


「何よ、みんなで大騒ぎして。あんなみっともないクロンボのどこが良いのよ」

「クロンボじゃなくて、五つ窪み。だってあの子真面目で良い子なのよ。籠目に『只見はお断り』って言われたから、薪運びでここ通る行き帰り、オオジロ様の昔のベール借りて、被って見ないようにしてんの。そこまでしなくてもいいのにね」


「それにこないだ門を壊した丸太も、オオジロ様の代わりに全部割ってくれて、煉瓦用の粘土踏みもしてくれたの。一人で十人分働いてたわ」

「だけど粘土で、高台とられて、転けそうになって、オオジロ様が杖で止めたの。キャハハ」


「ひょっとしてあんたたち、それ見てたの?私が動けないで苦しんでる時に、元気なあんた達は練習もしないで遊んでたのね」

 籠目の心は煮えくり返っていました。


「なによう、ちょっとだけよぉ。練習だって真面目にしたわ」

「籠目がいない分、うんと練習時間あったもん。五つ窪みちゃんきっと、沢山薪を払ってくれるわよ。あーあ今日でもう、煉瓦の弁償の薪運びおしまいかあ、つまんないの」

「そうよねー。もう一回乗せてもらいたかったよねー」

「みんな狡いよ、私まだ乗せて貰ってないのに」


 何なの?みんなで五つ窪みのことばっかり……籠目は無性に腹が立ってきました。


「みんな出てってよ、私が練習するんだから」

「だって、籠目は今月は休ませるってオオジロ様が言ってたよ」

「休ませる? じゃあ最後の踊りは誰がやるのよ」

「鋼さんだって。十六夜さんが今日意識が戻ったから、世話は荻さんに任せてやっと仕事に戻れるって、五つ窪みちゃんが喜んでた」


「鋼ですって!」

 私から十六夜を奪っただけでなく、踊り子のトリまで奪うなんて!

 籠目はオオジロを探して駆け出しました。


「籠目、まだ走っちゃだめよー」

 カルテットが慌てて後を追いました。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る