第22話 

 4. オオジロの昔話~すずり


「硯はね、あの人の“字を書く道具”で、だからあの人の書く字はみんな読めて、私達カップを心配する、あの人の悲しいため息をいつもそばで聞いてたんだって。

 だから、あの人に『僕が言って、カップ達にあなたの名前を伝えます、行かせて下さい』と願い出たんだそうよ。硯には勝算があったの。体の裏側に金であの人の名前が書いてあって、それを読めばいいと思っていたの。

『うまくはいかないだろう』


 あの人は言ったけど、頼み込んで硯はこの世に降りてきたの。

 ところがいざ産まれてみたら、あの人の名前を忘れてしまうわ、怪我をしたカップに出会って、金継ぎをするために、金で書かれたあの人の名前を削って使ってしまうわで、計画はオジャン。

 硯って、頭いいくせにどっか抜けてるのよね。そこが可愛いかったんだけど。

 五つ窪み見てるとアイツの事思い出しちゃったな」


 オオジロは楽しそうに笑っています。五つ窪みは驚きました。怖いとばかり思っていたオオジロが、こんな風に笑えるなんて思わなかったのです。


「でも、硯のおかげで金継ぎの技術がこの世界に伝わって、死ぬカップがすごく減ったの。文字を教えてくれたから、戸籍の記録も残せるようになったし、火山から火をとってきて、松明で夜を安全にしたり、鉄の作り方を教えてくれて、斧や鋸ができて木を切れるようになった。

 そしてその頃増えだした、冬を越せずに死んでいく“踊り子の質”のカップを救うために煉瓦を焼いて、ペチカのお城を作り出した。木を無駄にするからって反対する人達もいたから、北山から離れた南の山の麓で、一人でコツコツ作り続けてたの。


 白様は、踊り子の質の子たちは、体が薄くて軽くて、まるでタンポポの綿毛みたいに“浮く”ことができることに気づいたから、踊りを見せて冬の薪を手に入れることにしたの。


 私が生まれたのは、その年の夏。

 白様に踊りを習ってたけど、飽きちゃって一人で遊びに出て、湖で熱くなった黒い体を冷やしている硯を見たの。


 ほら、水に入ると光が曲がって、体が半分位に短く見えるでしょ? だから硯が平べったいのに気づかなくて、半分しか窪みの無い、変わったカップだと思って『半分お月様だー』って言って、水をすくって入れちゃったの。意味もわからずにね。

 後で白様にバレて散々叱られて『硯は踊り子たちのために大事な仕事をしてるんだから、邪魔をしてはいけません』と言われた。


 反省した私は、次の日から硯を手伝いだした。あの頃はどこも壊れてなかったから、すごい力持ちだったのよ。木をどんどん切って、薪を作って、煉瓦を焼いて、雪の降る前には、踊り子たちが全員入れる煉瓦のペチカの城が完成した。


 硯は門の大きさを私が入れるように、わざわざ測って大きく作ってくれた。

『君だって踊り子だもの入っておくれ』と言われた。

 でも、煉瓦のペチカを作っている間に、踊り子達が何人も生まれて、私が入ったら、その子たちが入れなくなってしまったの。


『私は北山で大丈夫だから』と言ったら、

『でも僕は君に入って欲しくて、これを作ったんだ。お願いだオオジロ、冬が明けて大人になったら、僕のパートナーになってくれないか? 二人であの人の名前を見つけよう』って申し込まれた。

 でも私は、パートナーって白様と黒様みたいに、一緒に踊れる人じゃないとダメなんだと思っていたの。硯のこと好きだったけど……


『だって硯は踊れないもの。私パートナーは一緒に踊れる人がいい』

 といってしまった。

『そうだね。ゴメン、今の忘れて』

 その時の硯の悲しそうな声を聞いたとき、心が半分潰れたような気がして、霙の降り出した中、怖くて全速力で北山に帰って、うずくまって震えてたの。


 白様が様子が変なのに気づいてくれて、硯の申し出のことを話したら

『硯ったら、生まれて三ヶ月にもならない子供に、意味が分かるわけないじゃないの!』

 そう言って、怒りだしたわ。


『明日になったら、一緒に硯に会いに行きましょう。硯を私が叱ってあげます。パートナーの申し込みは、冬を越した大人にしか許されていないの。悪いのは硯の方よ、お前じゃない』

 慌てた私が『でも、ひどく叱らないで。硯が可哀想よ』って言うと、『あら、そうなの? ふうん……まあいいわ。明日が楽しみね。』そう言うって笑った。


 でも、次の日から休みなく、七日七晩、雪は降り続けて全く止まなかった。止んだ時には、もうお城に行くのは誰が見ても無理な程、雪が深く降り積もってしまってたの。


 私悔やんでねえ。

『きっと硯は、私が硯のこと嫌いなんだと思ってる……もう許してくれない』

 白様は、そんな事ないと言ってくれたけど、心が砕けちゃって、蹲って泣いてばかりいた。




 5. もう一度逢いたい


 その頃踊ったのが『もう一度逢いたい』よ。五つ窪みはまだ見たことないと思うけど、北山では火山の温泉池そばに踊り場があるの。夏は閉鎖されてるけど、あそこで冬の暖かい日に、松明の灯りでみんなで踊る事が時々あるの。


 私、白様に励まされて踊り出したんだけど、長い間蹲ってたし、涙で体が重くてうまく踊れなくて、初めは物凄いゆっくりした踊りだった。

 でもだんだん心が熱く高まって、体が勝手に動き出して、回転は早く、さらに早く、涙は渦巻いて天に向かって飛び散った。最後に空っぽになった私は、まるで踊り子の質の子みたいに、取っ手で回転して宙に舞っていた。


 白様が『最高の踊りよ、もう何も教える事はない』と言ってくれた。


 踊った後でなぜか私は、硯は必ず待っててくれると確信してた。新しい夏が来たらもう大人、硯のパートナーになるんだと心が決まったから。





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