第21話 

 だいぶ経ってから、カルテットの一人がノロノロ起き出しました。

「なんて声出すのよ、私たち薄いから、大きな声は堪えるのよ」

「そうよ、弱い子だったら、割れちゃう事だってあるのよ」

「オオジロ様も怒鳴るけど、危なくない高さの声で怒鳴ってるんだから」


 てんでに喋っていたカルテットの一人が、籠目が動かないことに気が付きました。


「ちょっと! 籠目大丈夫なの? 気絶してるわ」

「それでなくても、影が出てるって言うのに! 早く部屋に運んで。籠目は稼ぎ頭なのよ」

「もうー、やっぱり鋼の育て子だからー。注意してよ、危ないなぁ」


 ――やっぱり、鋼の育て子だから――


「ごめんなさい」

 五つ窪みは広場から逃げ出しました。


 薪置き場に走りながら、五つ窪みは必死に涙を堪えていました。

 今泣いたら、薪が濡れて台無しになるからです。我慢しすぎて、またグルグル回りだしてしまい、方向がわからなくなりました。


「危ない、そこは池!」

 声に気づいたときには、五つ窪みはもう薪を抱えたまま、池に落ちていたのです。



 3. お城の池のほとりで


「怪我はない?」

 池のそばの桜の木の陰から現れたのはオオジロでした。


「僕は大丈夫だけど、薪が濡れちゃったぁ……」

 あんなに我慢して泣かなかったのに、また失敗して薪を台無しにしてしまったのでした。


「う……うあーん、うああーん」

 五つ窪みは、とうとう堪えきれずに大声で泣き出しました。


「もう本当に泣き虫ねぇ。動ける? ほら杖につかまって、引っ張るわよ」

 オオジロの杖に取っ手をとられて、五つ窪みはやっと池から這い上がりました。


「怪我はしてないようね。今ちょうど桜の花が散ってて、木の周りも池の上も花びらの絨毯みたいになってるから、池の縁が分かりにくくなって、他のカップも時々落ちるのよ。だから気にしないでいいの。薪は乾かせばまた使えるしね」


 オオジロの言葉に、五つ窪みはやっと泣き止みました。


「それにしても、五つ窪みは桜の花びらがよく似合う。まるで夜桜みたいに綺麗だわ」

 産まれて初めて褒められて、驚いた五つ窪みが自分の体を見ると、濡れた黒い体一面に桜の花びらが張り付いて、綺麗な絵のようになっていました。


「僕、綺麗なの?」


「そうよ。黒って色は地味だけど、他の色を引き立てる色なの。昼間に夜桜が観れて得したわ。私のパートナー名は“桜”なの。“月ちゃん”が私のことをそう呼んでたから」

 オオジロは笑っています、嘘では無いようです。


「ほらそこに薪を出して並べて、乾いたら積むから。薪ってのはもともと小さく切ってから一年置いて、乾燥させて初めてよく燃える。使うのは一年後だから、それまでには絶対乾くから安心していいのよ」


 見ると、オオジロは斧を持っていて、大きな切り株の上には丸太がのっています。五つ窪みが門を壊した時のあの丸太のようです。


「オオジロさん、薪割りしてるの?」


「そう。せっかくの丸太、無駄にするわけにいかないからね。城にはこの硯の斧を使えるほど“浮き”の強いものは私しかいないから。今でこそ踊り子姉さんの頭になってるけど、この城を作る時は、私も手伝ったんだよ。煉瓦の粘土踏んだりしてね」


 粘土踏み、オオジロさんが……そういえば昔はやんちゃしてたって、白様が言ってたっけ。

「で、でもオオジロさん、踊り子さんでしょ? 薄いから危ないんじゃ」


「ああ、産まれたてはまだ知らないのか。踊り子はね、踊るのが好きなだけの子と、踊り子になる以外選択肢のない、薄くて軽い“踊り子質”の子と二種類いるんだよ。

 前者は、私や白様や鋼。北山の火山の熱だけで冬が越せる。後者は、籠目や十六夜やお前を乗り回してたカルテット。この煉瓦の城のペチカがなければ、冬が越せないで割れて死んでしまう。当然、踊り子以外にはなれない。この城は本来そういう子の為にあるんだよ」


「あの、僕、薪割りします。萩さんに教わったからできます。やらせて下さい」

 五つ窪みは慌てて言いました。杖がないと歩けないオオジロに薪割りをさせたくなかったのです。


「そう? じゃ頼もうかな。私も歳だから薪割りはキツイのよね」


「待って、薪が飛ばないようにやりますから」

 五つ窪みは薪を縛ってきた蔓をほどいて、丸太の一番下のほうにグルリと巻きました。


「大きな丸太を割るときは、こうやって丸太の下の方を蔓で固定してから、蔓を切らないように、年輪の真ん中から皮の方へ斧を打ち込むの。続けて薪の周りを回りながら放射状に打ち続けると、最後にはパラって崩れて割れるんだ。薪が飛んでいかないから安全だって、萩さんに教わったの」


「さすがは萩さん。薪割りなんてしたの、硯と一緒にこの城を作って以来だから七十年ぶり、すっかり忘れてた。こういう工夫を見ると、硯を思い出すわ」


「硯さん、西山の墓場で似姿を見ました。真っ黒ですごく厚くて、取っ手もなくて、高台の代わりに突起が四つ下の方についてる、窪みが半分しか無いの不思議な形のカップでした」

 コン、コン、と斧を振って丸太を割りながら、五つ窪みが言いました。


「そりゃあそうだよ、硯はカップじゃないんだから。でも私達と同じに、ちゃんと心もあって喋れたよ。水の中なら踊ることもできた」

 五つ窪みは驚きました。カップ以外の心のある生き物なんて、この世にいると思わなかったのです。





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