第9話 三章 墓場で〜白様の昔話

1. 五つ窪み、涙で池を作る


 綺麗な月夜でした。白様は五つ窪みの生まれた西山の麓のお墓で、似姿の黒様と一緒でした。満月から二日経ったお月様は、少し痩せてきていました。


 白様は、小さなため息を一つ吐きました。

 そんな時、黒様はいつも「どうした」と聞いてくれたのに。

 返事のない寂しさに、白様の中にずっと我慢していた涙が湧いて止まらなくなりました。


「私も死にたい」

 白様がそう思った時、聞き覚えのある、うああん、うああん、と大きな泣き声が近づいてきたのです。


「白様あぁ」

 あふれ出る涙をボタボタ撒き散らし、涙の道を作りながらやって来たのは、五つ窪みでした。

「あらまぁ、どうしたの?」

 五つ窪みの涙のあまりの勢いに驚いて、白様の涙は引っ込んでしまいました。


「僕、悪い子なの。死んだほうが良いのぉ」

 泣きながら話す、五つ窪みのこの二日間のことを聞き、白様は驚くより呆れてしまいました。


「そんで門の煉瓦みんな壊れて、オオジロさん大泣きしちゃって、『俺の仕事がなくなったどうしてくれるんだ』って門番さんも泣いちゃって、僕も泣いちゃったの。で、僕の涙でみんな滑って転んでまた叱られたのぉ」


 白様は遂に笑い出してしまいました。


「笑わないで! 鋼さん、また門の煉瓦弁償するのに、木をいっぱい切らなきゃならないの。北山のみんなも『それでなくても、木が減ってるのに』って言って、渋い顔してるの。

 なのに鋼さん、怒らないで『大丈夫だよ。取り返せるから、もうお休み』って……だけど寝られなくて、僕どうしたらいいか分からないのぉ」


 とうとう、五つ窪みの涙で小さな池ができてしまいました。


「確かにかなり大事ね、でもそれは取り返せることよ。なぜなら“木“も“煉瓦”も物だから。でも命を失ったらお終いなの。

 よく聞いて五つ窪み、あなたがいなかったら十六夜は死んでいた。

 私はあなたが産まれて来てくれて本当によかったと思うわ。それは鋼も同じだと思う。鋼にとって十六夜はとっても大事な人だから。

 だから泣き止んで。このままじゃ世界中が湖になってしまうわよ」


 白様の言葉に、やっと五つ窪みは泣きやみました。

「そっか。十六夜さん、鋼さんのパートナーだものね」


「いいえ、2人はパートナーじゃなくて、名付け親と名づけ子の間柄。パートナーって私の生まれた頃は『冬を越すための組みあわせ』を指していたんだけど今はだいぶ違った使われ方をするようになってしまったわね」


「パートナーって大好きな人同士がなるもんじゃなかったの?」


「それには辛い歴史があるの。長くなるけど聞きたい?」

「聞きたい!」


 それで白様は話し出しました。




 2. 前の時代~白様の昔話


 私の生まれた『前の時代』の頃は、パートナーと言うのは小さなカップと、それを入れることのできる大きなカップの組み合わせを指す言葉だったの。

 冬を越すために、どうしてもそうしなくてはならなかったから。


 私が生まれたばかりで、あなたみたいに怖くて泣いてた時、見つけてくれたのが、昔はみんなに“黒ちゃん“と呼ばれていた、私と同じくらいの小さな黒いカップだった。


「中程さん、こいつ連れてって良い?」

 黒ちゃんは、一緒にいたもう少し大きいカップにそう聞いた。

「無理だよ、僕の大きさじゃ二人は入らない。この子は他のカップを探さないとだめだ」


 中程さんはそう言ったのに、黒ちゃんはがんばってね。

「大丈夫だよ、こいつ小さいもん。こうやって俺が上に乗っかれば、二つでもいけるよ」

 そう言って私の上に、ひょいと乗って見せたの。


 それで、中程さんは私達の上に覆い被さって、隙間ができないか確認した。

 カップ達は昔はそうやって、冷えやすい小さなカップを守って冬を越してたのよ。

 ギリギリ何とかなるのが分かったので、中程さんは「良いよ」と言ってくれた。


「やったー! お前踊るの好きか? あ、お前じゃないか。中程さん、コイツなんて名前にするの?」

「そうだね、白くて綺麗だから“白ちゃん”にしようか」

 そして私は白ちゃんになった。私は今でもこの名前が一番好きよ。



 その頃のカップ達は、夏の間は毎日踊って過ごしてた。

 今は湖になっているところは、お城の踊り場みたいに真ん中がくぼんだ広場になっていて、私と黒ちゃんも、くるくる回って一日中笑って踊って過ごしてた。

 中程さんは見てるだけで、他の大人や生まれたてのカップに、いろいろ聞いて回ってたわ。どうしても知りたいことがあるんだって言ってね。


 あの頃の世界は、木も煙の出る山もなくて、サラサラした砂だけが積もっていた。

 北のほうの砂山が特に大きくて、次が南の山。あなたの生まれた日の沈む西の山が3番目、日が昇る東のほうは風が強く吹いてて、割と平だった。


 あの“砂”と“冬”の意味を知ってたら、私達あんなに幸せに踊ってなんていられなかったでしょうね。


 だから冬を越した大人たちは、今年生まれた“産まれたて”に冬が来るまで、このことを隠していたの。夏だけでも幸せに生きられるようにって……。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る