第6話 


 2. 十六夜いざよいとの出会い


「十六夜戻ったよ」

「遅かったのね、心配してたのよ」

 洞窟の中からとても綺麗な声がしました。それが十六夜さんでした。


 白くほっそりとした体に、群青の夜の色。丸い大きな月と白い花の散る様の描かれた、とても美しいカップでした。でもその体には、ピシリと一本金色の筋が走っていたのです。

 五つ窪みは、さっきの鋼の話を思い出して、何故だか怖くなりました。


「あら、この子は?」

 見慣れない大きなカップに十六夜は驚いたようです


「今日生まれた子だよ。本当は白様が見つけたんだけど、頼まれて名付け親になったんだ」

「あらあら、それで引き受けたの? 仕方ない人ねえ」

 十六夜はコロコロと笑いました。


 五つ窪みはホッとしました。どうやら歓迎されているようです。


「新しい世界へようこそ。私の名は十六夜。見ての通りの縁欠け者で、何もできないけど、ヨロシクね。あなたの名前は?」


「五つ窪みです。あの、縁欠け者ってなんですか?」


「私みたいな、傷物の割れそこないの事をそう言うの。冬も越せない体を、みんなのお情けで生かしてもらってる厄介者よ。あなたは力があって丈夫そうね、鋼を助けてくれそう。彼の役に立ってあげてね」


「はい、頑張ります! でも僕役に立つのかな……今日もお城の壁壊しちゃって、薪で弁償しなきゃならなくなって」


「壁を壊したぁ? あの煉瓦の壁をなの」


「うん、滑って壁に寄り掛かっただけなんだけど、簡単に突き抜けちゃったんだ」


「すごい破壊力!」

 鋼の言葉に十六夜は笑い出しました。


 とっても明るい二人でした。五つ窪みは、今日初めて楽しい気分になりました。

 この世界は怖いこともあるけど、嬉しいこともあるのです。


「籠目は元気だった?」

 不意に、小さな声で十六夜が鋼に聞きました。


「うん、元気だよ。『もう一度逢いたい』が踊れなくてイライラして、僕に鈴をぶつけてさ。その鈴を踏んづけて五つ窪みが転んじゃったんだ」


「そう、あの子まだ諦めてないの」

 五つ窪みはドキンとしました。十六夜さんの金色の亀裂から、紫色の心が溢れ出したように思ったのです。――気のせいだったのですが。


「さぁ、もう休もう。五つ窪みも疲れたろう? 生まれたての一日としちゃ忙し過ぎた。明日は、薪を作ってお城に届けなきゃならないしね」


 五つ窪みと鋼は、枯葉を敷き詰めたベッドで横になりました。十六夜さんはカゴメの持っていたのと、よく似た布で体を包むと鋼の横に並んで眠りました。

 五つ窪みはそれを見て、十六夜さんも踊り子さんだったのかもしれないと思いました。



 入り口の穴にぽっかり丸い月が昇りました。

「お月様っていくら見てても良くて素敵だな。でもお日様みたいに暖かくないや」


 五つ窪みはお日様が好きでした。暖かいのが好きでした。

 なのにどうしてお日様は見る事ができないのかわかりませんでした。


「明日、白様に聞いてみよう。白様は長く生きてるからきっと知ってる。今頃白様も、黒様の似姿のそばでお月様を見ているのかな」

 そう思ったら、お月様はお日様が悲しんでいる姿のように思えてきました。


 怖いことや辛いこともあるけど、嬉しいこともある。

 この世界は不思議だなぁと思って、五つ窪みは心を閉じて眠ったのです。




 3. 湖と世界の淵


「十六夜、大丈夫か? 今朝は体がいつもより冷たいよ」

 鋼が心配そうに言いました。


「眠れなかったの、日向ぼっこしながらお昼寝すれば温まるわ。私の事は気にしないで木を切りに行って来て。五つ窪みが外でグルグルして待ってるわよ」


「アイツほっといたら、地面に穴が開くな。産まれたてってのは、どうしてああ元気が良いのかね。今朝だって……」


「そう言わないで、五つ窪みは今は薪を作る事しか頭にないの。私の事はいつもの様に切り欠きの萩さんが見てくれてるから、安心して行って来て」


「わかった、何かあったら狼煙で知らせるんだよ。萩さん、お願いします」

 取っ手の半分欠けた古ぼけた割高台のカップに、鋼は取っ手を下げて頼みました。


「この老いぼれが見とるから、行って来いや。産まれたてはみんなで育てるもんじゃが、あれだけでかいと、鋼くらい頑丈でないと相手出来るもんじゃない。大変じゃろが、気張りんしゃい。木の苗に水もやらんといかんじゃろ?」


「はい、このところ日照りが続いてますから……じゃあ行ってくる。なるべく早く帰るから」

 鋼が外に出ると、五つ窪みは自分でグルグルして掘った穴にハマって、動けなくなっていました。


「君は、もうちょっと力の使い方を覚えなきゃいけないね」

 叱られて、五つ窪みはションボリ。


 実は、叱られたのは今日は二回目なのです。

 今朝、お日様が昨日と同じところから昇った時、五つ窪みはもう一度お日様に会えた嬉しさで、山が震えるほど歓声を上げて、北山に住んでいるカップ達を全員叩き起こしてしまったのです。

 カップは体を冷やさない様、空気が温まる頃に起きるものだと知らなかったのです。


 お日様は、もうだいぶ上の方まで昇っています。

 五つ窪みは斧と鋸を持った鋼について、東の森に向かって歩き出しました。

 山を下り、昨日見たキラキラと揺れている丸い大きなものの側に来ました。


「鋼さん、これ何? 誰かの汗か涙なの」

 太陽の光が反射して、金色に輝く湖面を見て、五つ窪みは昨日の踊る籠目を思い出したのです。

 ちょっと触ってみました。


「冷たい!」

 ビックリしました。こんな冷たいものを触ったことがありません。昨日驚いたお墓の“似姿”より、もっともっと冷たいのです。



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