第10話  叶

 大槻の女――ドクリとまた経血が落ちた。

 ナプキンが膨れ上がっているのがわかる。


「なんか、ぐちょぐちょする。もう限界みたい」


「大変、二日目って量が多いのよ。早くナプキン取り替えないと。一緒にトイレに行く?」


「大丈夫、ナプキンの場所も知ってるし、一人でいける」


 漏らしたくない。珠子はあわててトイレに行こうと、廊下に通じる北側の引戸に手をかけた。


 途端に、「カタン」と音を立てて、引戸が開いた。


 一人の女が立っていた。初めて見る顔、

 白い髪、白無垢の花嫁衣装を着ている。帯に差す懐剣は抜かれて、右手に握られていた。


「ひっ」


 珠子は後ずさった。

 それを追うように女は部屋に入ってくる。


「叶様!」


 縁側にいた沙織が叫ぶ。

 パリンと煤ガラスが割れる音がした。


「叶……お母さん?」

 初めてみた戸籍上の母の姿だった。


「お前を産んだのは栄だ、私はお前の姉さん。

 いや違う、お前は私の孫だ。だってお前の父親は冬樹なんだものね」


「やめて! 叶様言わないで。珠子ちゃんはなにも知らないのよ」

 沙織が叫ぶ。


 珠子は、ペタリと後ろに座り込んだ。

腰が抜けていた。ガクガクと膝が震えた。


「お前、逃げようとしたね。だから冬樹は影に殺されたんだ」


 ジリジリと叶は、珠子に迫る、

珠子は腰を抜かしたまま、後ずさる。


「冬彦さんのことがあってから後、私は長らく何もわからなくなってた。

 でも十二年前の夜、誰かに呼ばれた気がして、魂だけが体から抜けて、声の方に歩いていったら冬彦さんがいた。

 冬彦さんは私を離れに連れて行き、ガラス戸から中を見せた。

そこで私の母親が、私の産んだ息子と繋がってたんた。

栄は実の孫のまだ中学生だった冬樹の種を使って、お前を産んだんだ」


 ドクン、珠子の腹が捩れた。

経血が塊になって落ちて、ついに腿の内側から滴った。


「やめて、そんな言い方。栄様はこの家の為に、どうしても三代目の珠子様が必要だったの。霊力の強い娘を産むために仕方なくやったのよ」

 沙織が耳を塞いでそう叫んだ。


「大槻の家のため、この家の人間はそれさえ唱えりゃ何をやってもいいと思ってる。だから私は冬彦さんと逃げたんだ。

 なのに私たちは連れ戻され、栄の命令で冬彦さんは私の目の前で、生き埋めにされて死んだ。栄はそれを見て笑ってたんだ」


「嘘だ! 栄様は、そんな事しない。わたしにも、お兄ちゃんにもいつも優しかったよ」


 珠子は腰が抜け、恐怖で後退りながらそれでも、必死で叫んでいた。


「そうだね、お前は栄にそっくり。母方の、大槻の自慢の跡取りだ。

 わたしのような父親似の鬼っ子は、次の女の跡取りを生む道具としてしか価値が無い。

 なのに私が産んだのは男の冬樹。父も私が生まれる前に、どこかにいった。

それとも、内緒で殺されて栄の御神木の贄になって、埋められたのかもしれないね。冬彦さんみたいに」

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