第3話 日蝕
《ルビを入力…》 冬樹が祠で使う蝋燭とライターで、顕微鏡用の小さな板硝子に蝋燭の炎を近づける。蝋燭から黒い煙が立ち、ガラスが暗く煤けてて行く。
「二○○四年の部分日蝕の時に、日蝕グラスが手に入らなくてさ。
学校の実験室の顕微鏡のガラスを盗んで、久保村と二人で作ったんだ。
今回は金環蝕だけど、皆既日蝕の時は完全に夜になって、星まで見えるんだよ」
「でも金環蝕と皆既日蝕ってどう違うの?」
「良いかい、こういう事なんだ」
冬樹は枝を拾うと、地面に図を描き出した。
「地球の周囲を回る月が、地球と太陽の間に入って太陽を隠す。それが日蝕。
月の影が太陽を食べたように見えるから、そういうんだ。
太陽は、本当は月よりうんと大きいけど遠くにあるから、地球から見ると、月と大体おんなじ五円玉の穴と同じ位に見える。
だけど地球が太陽を回るときの動きは、円じゃなく楕円だから……」
「わかった、場所によって距離が変わるんだ」
「正解。太陽の見かけの大きさは、微妙に変わる。
月の方が太陽より大きいと、皆既日蝕。太陽は完全に隠れて夜になる。
太陽の方が月より大きいと、金環蝕。太陽光のリングが残るからそう呼ばれる。Q.E.D.証明終了」
「さすが元天文サークル」
珠子は拍手をした。
「あ……変なこと思い出した。久保村のやつ医学部だろ?
ドイツ語専攻してたんだけど、ドイツ語って名詞に男と女があるんだって。
例えば太陽はsohne《ゾネ》で女性。月はmond《モーンド》で男性。
家と子供は中性なんだとさ」
「女の人が太陽なんだ。普通は月だよね」
「でも太古の昔には、太陽は女の人だったんだよ。天照大御神とか卑弥呼とか。 明治の思想家、平塚雷鳥はこう言って嘆いている。
『原始女性は実に太陽であった、今は女性は月である。他によって生き、他の光によって輝く』
もっとも今でも大槻の家は女が太陽だ。その日陰者の男の月が、太陽を喰う。面白いよ日蝕は」
冬樹は寂しげに笑った。
久保村くんが、初めてこの家に遊びに来た時、長い長いつぎはぎの渡り廊下を、病院の家の子らしく「まるでへその緒みたいだな。離れが胎盤で、母屋の胎児に御神木のパワーが流れているんだ」と言ったそうだ。
後で「神域には、大槻家以外の人を入れてはいけません」て栄様にすごく叱られたらしい。
それからは久保村くんとは外で会うようになり、ついでに珠子も誘われるようになった。
天文サークルメンバーの仲良し三人組。久保村くんと、沙織さんと、お兄ちゃんと、おまけの珠子。
ダブルデートだと言っていたけど、沙織さんが好きだったのはお兄ちゃんだった。
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