第44話 あと何分?

「わかった、なんとか時間を稼ごう。もう少しで着くぞ」


 その時、先頭を走っていた黒ウサギが止まった。

「マズイ。ホームズ、ベツノヤツ ノ ニオイガ スル。フタリ ダ」


 一歩遅かった。五代目がシフリン親子に捕まって椅子に縛り付けられていた。


 五代目と同い年くらいの太りまくったチビと、そっくりな顔のちょび髭のチビ親父が後ろで、ピョンピョン飛び跳ねている。

 二人揃って、膝から下の長さが異様に長い。あれがシークレットシューズというものか。脱いだら六回はズボンの裾を折らなくちゃ歩けないだろうな。


「ンフフ、これで逃げられないわ。三日たったから今度こそ、私たち背が高くなれるわよー、僕ちゃんジュニア

 何故か親父はオネェ言葉だった。


 若い方が五代目を殴ろうとしているが、何故か空振りばかりしている。

「くそっ、いくら殴っても、傷一つ付かねえ、こっちの手が痛くなるだけだ」

 Jr.がぼやく。殴る手が寸前でことごとく五代目を外れて、そばにある椅子や壁にぶつかるのだ。


「あせんないで、こっちには人質がいるんだから。傷はつけられないけど、掴むだけならできるから逃さないわよー」


 そういうと、そういうと、ちょび髭親父は椅子にぐるぐる巻きにされた五代目を、椅子ごと窓から外に迫り出させる。

 下は隣のビルの取り壊し工事中で、無人のベルトコンベアが石を運んでローラーの中に入っていく。ガリガリと石の砕ける音が、ここまで聞こえる。あそこに落とす気だ。


「ほーらほら。早くお友達が助けに来ないと、ローラーでもっと背が伸びちゃうよー」


「ホームズさん。10時33分まで、あいつらの気を引くのを手伝って――カバーよ開け」

 吸気穴のカバーが弾け飛び、モリアーティが飛び降り、元のサイズに戻る。私たちも続いた。


「五代目、助けに来たぞ」

 モリアーティの言葉に五代目が叫ぶ。


「来ちゃダメ、こいつら銃を持ってる」

 Jr.が五代目の顔にパンチを入れようとするが、また外れる。バランスを崩して、五代目が今にも窓から外に落ちそうになった。


「やめてー」

 五代目に駆け寄ろうとするビオラを、マザーとサリーさんとB・Bが必死に抑えていた。


「兎娘、携帯を見るんだ。10時33分になったら教えろ、モリアーティが必ず五代目を守る」

 私が耳元で囁くと、やっと暴れるのをやめた。

 涙ぐんだ目で必死に携帯を握りしめている。


「へん。傷はつけられないけどな、突き落とす事ならできるんだぞ。『誰も傷つけられない』つまり人間にはって事だ。でも、重力とか地面は人間じゃないからねー。キヒヒ」

 ちょびひげ親父が、椅子の足を持って、ユラユラと揺らす。


「お前、確か自分には力が使えないんだったよな。ほら、跪けよ」

 バン! Jr.はモリアーティの右足を銃で撃った。


「ぐっ!」

 思わず傷を押さえて膝をつくモリアーティ。


「お前の口さえ使えりゃ、願いは叶う。足なんていらないんだよ。何なら逃げられないように、両手両足ぶっ潰したって良いんだからよ」


 こいつら人間じゃない――。


 その時、B・Bが飛び出すと、モリアーティの前に両手を広げて立ち塞がった。


「ちょっと、何すんのよ。いやー、撃たないで。死にたくないー」

 必死に叫ぶアイリーン。いや、だから君はもう死んでるんだって……。


「何だ、こいつ」

 微動だにしない首から下と、騒ぎまくる首から上。さすがのシフリン親子も気味が悪いのかドン引きしている。うまいぞ、もう少し時間を稼いでくれ。


「あと11分」

 兎娘の声が小さく聞こえた


 廊下の方が騒がしくなった。

 まずい、銃声で人が集まって来た。何人かこっちに向かって走ってくる。

 先頭の男が叫んだ。

「誰だ! 部外……」


 黒兎が叫んだ

slow downモットオソク、 コレデ 10プン カセゲル」


 走って来た奴らの動きが、とてつもないスローモーションになった。

「……し……ゃ……が …………い………る…………ぞ」



「フン、素手の相手に銃を向けて威張り散らす。相変わらずの最低野郎め。お前なんか生きてる資格なしだ。俺はお前と違って良い子に生まれてよかったよ」


 そうだモリアーティ、しゃべって時間を作ってくれ。あと8分。


「人殺しのくせに、偉そうに語ってんじゃねーよ」


「は? 何の事さ」


「調べたんだぜ、お前の事。お前六歳の時、親父が死んだろ。その時、人殺したんだってな。

 ショベルカーに言霊で命令して、すぱーんと首跳ねちまったそうじゃないか」


「えっ」

 驚くモリアーティ。五代目と目があった。


「嘘だよね……」

 五代目が怯えたような声で聞いた。


「サリーお祖母ちゃん、本当なの?」

 モリアーティがサリーさんを振り向いた。


「お前は悪くない、お父さんの仇を討ったんだよ」

 サリーさんが、辛そうに下を向く。


「そっか、はは……人殺し。俺、もう悪い子だったんだ……生きてる資格ないじゃん」


「その通り。コイツだってお前のせいでこんな目にあってんのよね。いい子になるなんて笑わせる。これからは私達の願いを叶える事で、一生罪滅ぼしさせてやるからねーヒヒヒ」

 ちょび髭親父が勝ち誇って笑う。


「……それも嫌だな」

 そういうと、モリアーティは撃たれた足を引きずって、窓に向かって歩きだした。


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