第40話 キョンシー2/2

「えー、モリアーティさんを助けるのに、何かの役に立つんじゃないかと思って、そのぉ娘のアイリーンをキョンシーにして生き返らせてみたら成功しまして。

 で、中華マフィアのほうは、この子を使ってボスを脅して始末をつけたんです。」


 ピエロのお父さんが困ったように頭を掻いている。



「生き返らせた?しかしアレは嘘だとあなたが……」



「いやー慣れない嘘より、ちょっとだけ盛る方が言いやすかったもんですから。

 それが生き返ってみたらとんでもないことになってまして。

 そのー、首から上と下が違ったまま生き返っちまったんです。

 埋葬する時、葬儀会社の方にちゃんと連絡がいってなかったみたいで」



 何ですと?



「つまり首から下の体は、B・Bなんです。だからキスして、抱きしめようとすると……」


 ドックが触れようとすると、アイリーンの体は、サッと身を引いた。


「こうやって逃げちまうんです。嫁のB・Bは大層真面目で、夫であるわたしの息子のチャーリー以外の男には、絶対体に触れさせなかったんですよ」


 ピエロのお父さんは困り果てていた。



 もういやだ! 私は科学を信じる20世紀人だ。歩き回る死体には、心臓に杭を打ち込んでおとなしくさせてくれー。



「アイリーンと僕は、本気で愛し合ってて、結婚するはずだったんです。彼女が死んで、せめて彼女のお父さんに、何かしてあげられないかと思って会いに行ったら、彼女がいるじゃないですか!喜んで抱きしめたらいきなり殴られて」



「それでその湿布ですか……」



「首から上はアイリーンだから、言葉も考え方も、私への愛も前と変わりません。でも体に触れようとすると、逃げるんです。これはもはや拷問です。お願いです、ホームズさんなんとかしてください」


 

「ちょっと待ってくれ、私はモリアーティと五代目が誘拐されたと聞いてここに来たんだ。人間が行方不明になれば、行方を突き止めるのは私の仕事だ。

 しかし、アンデッドと恋の病は私の仕事じゃない。


 私の探偵業は、常識を組織化した上に成り立つんです。本来正しい判断というものは、厳正なる科学と論理であるべきなんだ。

 なのに、なんでユークリッド幾何学の第五定理に、ホラーと恋愛を持ち込んだようなこの状況を私に押し付けるんです。

 こんな常識が崩壊してるような状況で、私に期待されたって、何もできませんぞ!」



「えーだって、ホームズさんは難しい事件の最後のかけこみ場所じゃないの。なんとかしてよー」

 マザーが泣きつく。



「ソウダゾ ホームズ、ナントカ シロ。 オマエ ハ テンサイ ダ、 アラユル コンナンヲ カイケツ デキルンダロー」



 黒兎~、お前がノックした時に気づくべきだった。前回の事件といい、お前はやっぱり最悪の海燕だ。(*注) 



「そうよ。あなた探偵なんでしょ、助けてよ。こいつったら、私がテレビ見てたらいきなり消しちゃうし、ピザ食べようとしても、食べさせてくれないのよ」

 アイリーンが喚く。



 ノートを取ると、B・Bがサインペンで何か書き出した。

『エロドラマばっかり見るからよ。それに食べ過ぎは太るわ』



「もう死んでるのよ、太るわけないじゃん!」

 B・Bが書いた。『便秘になる。トイレで出すのは私よ』



 B・Bは、さらに書き続けた。


『チャーリーに会わせてください。首から上のアイリーンへの愛の権利は確かにドックにある。でも首から下の私への愛の権利は、チャーリーにあります。話がしたいの』


「何が話よ。喋れないくせに」


 B・Bの左手が、アイリーンの頬を思いっきりつねった。

「やめて、顔が壊れちゃうー」



 メチャクチャだった。 



「ドックの、顔の広さは凄いの。これを解決してくれたら、モリアーティと五代目を探すの手伝ってくれるって。何の手がかりもなくて困ってるのよ、だから……」

 とマザー。



「お願いホームズさん、巻き込まれた五代目が心配なの」と兎娘。



「ソウダゾ。 オレノ ミライ ノ ヨメ ノ シコミ モ シテナイ ノニ キエラレチャ コマ――ギャアァ!」


 黒い毛が飛び散る。兎娘のバックドロップが炸裂したのだ。下品だぞ、黒兎……。



「あー。とりあえず、アイリーンさんのことを先に片付けましょう。

 ピエロはまだ出所してないんだな。

 黒兎、刑務所に行って、内緒でピエロを連れてきてくれないか?

 あとは当人たちと話し合いで決めるしかあるまい。


 一番良いのは首をちゃんと元通りにして、二つのお墓に納める事です。

 アンデッドなどと言うのは人としてあるべき姿ではありませんからな」



 ◇



 やがて黒ウサギに連れられたピエロがやってきた。

 ピエロに縋り付くB・Bの体。

「ちょっと、弟とべったりってのも気持ち悪いんだけど」

 首から上のアイリーンが顔を背けて困っている。


 なのに、ピエロは黙って立っているだけだった。



「ごめんよB・B。僕、サーカス団長のお嬢さんのアリスさんと、出所したら結婚する約束をしてしまったんだ。だって君は死んだと思っていたから……」



 B・Bの体が黙って離れ、手がノートに字を書く。



「『私たちは、墓に帰らなければならない』? 何言ってんのよ、せっかく生き返ったのに!」


 *******

(*注)イギリスでは海燕は暴風の前に現れるので、不吉の前兆とされている。

「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」から。

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