第31話 正直者の嘘つき、万歳!

  一昨日の夜、B・Bは赤ちゃんができたらしいと喜んで電話してきたんです。これを機に、本当の自分に戻って、世間に公表するんだとも言ってました。


 なのに次の日には、ショーの事故で死んだと連絡が入る、今日が葬儀だと聞いてきてみれば、こんな有様……。

 でも息子は、チャーリーは『姉さんを殺してしまった』と言ったんですね、そしてそれは事故だった。なら、少なくともB・Bを殺したのはチャーリーではありません。何故なら、チャーリーは絶対に嘘をつけない人間だからなんです」



「絶対に嘘をつけない? どういうことですか」


 私の問いに、彼は首に巻いていたマフラーを外して言った。


「私の首を見ていて下さい。私は嘘がつけます」

 そう言った途端、ピエロのお父さんの首に黒い首輪のような一本の太い線が現れた。


「見たでしょう。チャン家の血を引く男は、嘘をつくと皆この呪いの線が出る。絶対に嘘をつくことができない。私の祖先は、仙人を目指して修行した、力のある道士でしたが、ある時同じ道を志す仲間を呪い、その呪いを跳ね返されてこうなったそうです。


『呪いは子々孫々まで続く。だがもし、生まれ変わった私が体に触れるなら、呪いは解かれるだろう』跳ね返した呪いについてそう言い残してその男は去って行きました。


 それ以来、チャン家の男は今日まで嘘がつけずに、地べたを這いずるように生きてきたのです」


「でも、それって正直ってことなんだから、いい事なんじゃないの?」

 モリアーティがそう言うと、ピエロのお父さんは怒りだした。


「あなたね、全く嘘をつけないということがどういうことかわかりますか? 今の世の中、相手を貶めたり自分が得をするためにつく嘘がほとんどですが、相手を思いやる嘘だってあるんです。

 目の前に『自分はブスだ』と言って泣いている女の子が居ても『そんなことないよ』と言えない。嘘になるからです。それにもし嘘を言い続けようとすると、遂には首がしまって声が出なくなる。本当のことを言うか、黙っているしかないんです。

 小さな嘘は社会で生きていくための大事な技術なんです。それを奪われたチャン家の男たちは、いつも妻や家族の女達に庇ってもらってなんとか生きてきたんです。


 息子のチャーリーも、いつも姉のアイリーンに助けてもらっていました。

 チャーリーが姉のアイリーンを殺したと言ったのなら、それは本当のことです。

 でも、妻のB・Bを殺したとは言ってない、だから息子はやっていません。絶対に」


 ピエロのお父さんは、膝の上の両手を握りしめて言いきった。


「ごめんなさい。俺、軽率なこと言って」

 モリアーティが跪いて謝り、ピエロのお父さんの手を取った。途端に――


「おい、首の黒い印が消え出したぞ!」

 私が叫んでいる間にも、黒い線はみるみる薄くなり、完全に消えてしまった。


「ほ、本当に?」

 ピエロのお父さんは仰天した。


「本当よ、もう一回嘘言ってみて」

 アリス嬢が急いでバックから鏡を出して見せながら言った。


「私は嘘がつけます」

 黒い線は現れなかった。


「モリアーティ、確かお祖母さんがお前のことを『仙人の修行をしていた強い道士のうまれかわりだ』と言ってたな。このことじゃないのか?」


「あ、ありがとうございます。これでチャン家の男達は救われます。どうか息子にも触って呪いを解いてやってください」

 お父さんがモリアーティの手を取り、今度は嬉し泣きした。


「ああ、やっと嘘がつける。これで本当にやりたかった研究が出来ます。だって、何をしてるか怪しまれても、いくらでも嘘ついて誤魔化せるんですから。

 実は私の祖先は、中国ゾンビのキョンシー研究の高名な道士で、秘伝書とかたくさん残してくれたんです。一時期あの西太后にも仕えていたそうですよ。

 そうだ、娘をキョンシーにして生き返らせよう。私が癌で死んでもキョンシーになって生き返ればいいんだー」


 病人とは思えない軽やかなステップで、彼は踊りだした。



「あ、あのMrチャン。それ本気で言ってるの?」

 アリス嬢の顔がひきつっている。


「もちろん嘘ですよ。私、一度でいいから堂々と大嘘言ってみたかったんです!」


 ピタッとポーズを決め、笑顔でピエロ父さんの踊りは終わった。

 ほんとに癌なのか?


「今までは正直者だったけど、今の一言で確かに嘘つきになれたと思うわ」

 アリス嬢が呆れたように言った。


 一方、モリアーティは新たにわかった自分の変な能力に、ただ困惑していた。


「あーあ。アイリーンが本物のB・Bで、結婚してただけでもショックなのに、なんなのこの展開。

 ……そういえばB・Bのマネージャーの事件、その後どうなったんだろ。

 死因とか、わかったのかな」


 モリアーティは携帯でネットニュースを開いた。


「あれ! 昼に死体で発見されたB・Bのマネージャーが、ベティの結婚をネタに強請りをしていた証拠が出たぁ? 

 警察が殺人容疑でB・Bに逮捕状を出して探してるよ」


「そんな、じゃあ娘は……」


 喜びから一転、ピエロのお父さんは倒れて意識を失い、そのまま病院に搬送された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る