第25話 2/2殺人事件

「さて、パーティもお終いだ。ハロウィンカーニバルに行く前に黒兎君、ワトソンさん、賭けの確認に行くよ」


「オウヨ、 ホラ ワトソン モ ハヤクシロ」


「どうしても行くのか? 嫌な予感がするんだが」

 渋々という感じでワトソン君が言った。



「ダメだよ、ワトソンさんは立ち会いです。賭けにインチキがないようにね」


「ホール ヲ アケタゾ ハヤクシロ、30ビョウ デ トジル」


「はーい。じゃあホームズさん、また後で」


 黒兎に続くモリアーティに引っ張られ、ワトソン君は背中で魔除けの“指でクロス”(*注)を作っていた。



 私も嫌な予感がした。モリアーティの奴、良い子とは程遠いじゃないか!



 ◇



「あれ?ここ教会の裏だよ、棺は教会の中なのに。黒兎君また間違えたの?」


「ワルイ。 ホール ハ アケルト、ツギマデ シバラク ヤスミ ガ イル」


「仕方無いな。教会の合鍵を取ってくるか――あれ? サーカスのトレーラーが止まってる。あれはピエロだ!」 


 三人は慌てて隠れた。 


「多分、棺のそばで寝ずの番をしてるんだろう。万が一死人が生き返った時のために24時間は死体に付き添うという法律があって、今も慣例化しているから。首を切り落とされてたら、生き返る可能性はないんだけどね」



 ワトソンがそういうと、モリアーティが頭を抱えた。


「困ったな、ちょっとのぞいて帰るってわけにいかなくなったよ」


「マテ アイツ カエル ミタイ ダゾ、 トレーラー ニ ノッタ」


 エンジンがかかる音がして、トレーラーはサーカスの方に帰っていった。


「ピエロは鍵かけてなかった。戻ってくる前にさっさと調べちゃおう」

 三人は教会に素早く潜り込んで、棺を開けた。


「失礼します、やっぱり死んでも美人だなー。

 首に巻いてあるのは、四葉のクローバーで編んだ花輪だ。

 いつもショーのラストでお客さんに配ってたやつ。

 ピエロこれを作って届けに来たんだ、きっと」


「なんでもいいから、早く調べて帰ろう」


 ワトソン君の言葉に、モリアーティはブロンド娘の髪を一本抜いて、携帯のライトで確認した。


「付け根は黒だ。染めてたから僕の勝ちだよ、黒兎君」


「ナニ イッテル、 ゼンシン ノ ケガ オナジ イロ トハ カギランゾ。 ウサギ ハ シロクロ チャシロ ミケ モイル。ゼンシン ノ ケヲ カクニン スルマデ ワカルモンカ」


「え! そんな考え有りなの」

 モリアーティが絶句した。



「待て黒兎、人間は兎や猫と違って体毛の色は全身同じなんだ。あ、こらスカートに潜ってナニをする。死者に対する冒瀆だ、恥を知れー!」

 ワトソンが叫んだ。



「ホラミロ、 ツケネマデ ゼンブ ブロンド ダ。オレノ カチ!」


 黒兎が、意気揚々と爪に挟んだ短い縮毛は、携帯のライトの中で確かに全て金色に輝いていた。


「「え?」」

 今度はワトソンと、モリアーティが同時に絶句した。



「まさか!」

 ワトソンは慌ててシロツメクサの首飾りを外して首を確認した。



「どういうことだ、首が離れたままだ。頭の方には縫い合わせた針の跡がある。多分葬儀会社がやったんだろう。しかし、首から下の切断面には縫い合わせた跡がない。おまけに首から上は、死後硬直があるのに、下の方は死後硬直が解けてる(*注2)。首より前に死んでいたんだ」


「そ、それってつまり……上と下が別人ってことじゃないの?」


「そうだ、時間の経過から考えて多分下半身だけ入れ替わったんだ。と言うことはどこかにもう一組、上下が別人の死体があるってことになる!」




「おい、そこでナニをしてる!」

 開いたドアから、パトロールの警官が覗いた。話し声が外に漏れていたのだ。


「マズイ ニゲルゾ! ギリギリ ホール ヲ アケルノ ガ マニアッタ」

 黒兎があわてて床に開けたホールに飛び込み、モリアーティが続く。


「待ってくれ!」  

 慌てたワトソンが、棺に躓いて転んだ。


「ワトソンさん、早く!」

 モリアーティの押し殺した声が叫ぶ。


「ダメダ! モウ アナ ガ トジル」

 二人は、穴に吸い込まれ――



 ◇



 --ポーチにいた私の上に落ちてきて、私とテーブルと椅子をなぎ倒した。


「黒兎、上から落ちてくるのだけはやめろ!」



「モリアーティ君!どうしたの」

 物音に驚いて、ハロウィンカーニバルに出かけようとしていた五代目とビオラが、ポーチに飛び出してきた。



「おい、ワトソン君はどこに行った?」


「スマン、 オイテ キタ」

 私が聞くと、黒兎がオロオロして答えた。


「パトロール警官に見つかって……多分、不法侵入で捕まったと思う」

 モリアーティが泣きそうな顔で答えた。とんでもないハロウィンの夜だった。


 *******


(*注1)指でクロス。人差し指と中指を絡めて指で表す十字架。魔除けの意味がある。エラリー・クイーンがバーナビー・ロスの名義で発表した名作「Xの悲劇」は、この指の形から付けられたタイトル。  

     

(*注2)死後硬直は通常死後3時間程で下顎から始まり、上から下へ全身へと広がる。12〜24時間が硬直のピークで、その後解け始める。

 筋肉量が多いほど強く現れるので、女性より男性、老人より若者に現れる。急死の場合強く硬直が現れやすい。









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