第23話 タバコはポーチで

「一体どんな状況なんだ?」

 私が聞くとモリアーティが説明し出した。


「完全な事故だよ。マジックショーをやってたピエロは、死んだアイリーンの弟で、二人の仲の良さはサーカスのみんなが証言してる。


 あのマジックショー、いつもはライオンを使ったコメディの演目なんだけど、昨日ライオンが悪い肉を食べて吐いちゃって、ショーに出られなくなったんで、急遽演目を替えたんだって。

 ピエロはライオンの世話をしてほとんど寝てなかったのと、急な変更に慌てて準備不足で事故を起こした。死因に不審な点はなかったし、警察も過失致死として処理するから解剖もしないって。


 ピエロは『姉さんを殺してしまった』ってパニック起こすし、お金がなくて、お葬式の費用が工面できないって泣きだすし。

 だから『費用はタダでいい』って言って、すぐ隣の敷地の僕の名義の葬儀社専用の教会と墓地で、明日の葬式の段取りを手配してたんだ。


 ピエロのお父さんに連絡入れたり、警察への対応でこんなに遅くなっちゃった。ごめんよ、せっかく楽しんでもらおうと思ったのに」



「お葬式とお墓をタダで?ずいぶん気前が良いな」

 私がそう言うと、モリアーティがため息をついた。


「だってしょうがないだろ?愛しのアイリーンが死んじゃったのにお墓もないなんて、あんまりじゃない。あーあ『付き合ってください』って今日申し込む予定だったのに」


 どうやらモリアーティのあの能力は、自分には使えないようだ。気の毒に……。



 ◇



「Trick or Treat《トリック オア トリート》――お菓子をくれなきゃ、脅かすぞ」

 秋の日がすっかり落ちて、お化けの仮装をして、お菓子を入れる入れ物と小さなオレンジ色のユニセフの募金箱(*注1)を持った子供達の声が響き渡る時間になった。


 ドアを開けて、お菓子を配り募金するビオラと五代目。二人とも白兎のコスチュームに着替えている。黒兎もぬいぐるみのロボットの格好をして愛嬌を振り撒き、子供に受けている。

 モリアーティに「後でちゃんと賭けの結果を見に行くから」と念を押されて、ご機嫌なのだ。「負ける」と言う発想は黒兎にはないようだ。


 ハロウィンパーティは盛り上がってる。この後7時30分になったら、みんなで近くの高校の裏のグランドで開かれるハロウィンカーニバルに繰り出すらしい。


 私は一人でポーチでタバコを吸っていた。



「ホームズさん、食べないの? 五代目のおばあちゃんのカボチャのパイ、最高だよ」モリアーティがポーチに出てきてそう言った。


「もう一服したら戻る。五代目はタバコにうるさいからな」


「五代目は俺にもタバコやめろって言うんだ、だから五代目の前じゃ吸えなくて。あ、僕にも一本ちょうだい」

 食後の一服か、相変わらずだな。


「言っとくが、安物だぞ」

 私はシガレットケースを開けてタバコを差し出した。


「あ、ほんとにシャグタバコだ。毎回、高級エジプト産ってわけにいかないよね」


 なんだと! 私は思わずモリアーティを見た。


「俺、本当は生まれ変わる前のこと全部覚えてるんだ。お久しぶりです、ホームズさん」


「そうか。五代目は、君のワトソン君になってくれたか?」


「十分すぎるくらい」


「それは良かった。だが五代目が言うように、本当に君は五代目の背を伸ばしたのか?」


「“言霊”のこと?ほんとだよ。エホナラおばあちゃんが言うには、先祖返りだろうって。

 僕の母方の先祖に、中国で仙人の修行をしていた道教のとんでもなく力のある道士が居て、時々子孫に生まれ変わるんだそうですよ。神様ってば生まれ変わりついでに僕のこと乗っけて横着したんだよ、きっと」



「そうなのか? 五代目が、その力のことをすごく気にしていたぞ。君がその力で闇堕ちして、悪の帝王に戻るんじゃないかってね」



「だろうねー。彼、真面目だもの。だから、からかうと面白くて、ついやっちゃうんだよね。でも安心していいよ。俺、悪人だった前の自分が大嫌いなんだ。そうならないために、生まれ変わったんだから」



「やっぱりからかってたのか、そうじゃないかと思ってたが」



「そうだよ。ホームズさんだって、いつも散々ワトソンさんのことからかっていたじゃない。『初歩だよ、ワトソン君』って」



「そんなこと私は言っていないぞ(*注2)。どうもいろんなところで勝手に私の事がでっち上げられているようだな。なんにしても、五代目をあんまりからかうな。気の毒じゃないか」



「よく言うよ。ホームズさんこそ、初代のワトソンさんに無茶苦茶な電報打ったくせに。『ツゴウヨケレバ スグコイ、 ワルクテモ コイ S・H』(*注3)」



「あ、あれは、若気の至りというものだ」



 *******


(*注1)オレンジ色のユニセフ募金箱(Trick or Treat for UNICEF)1950年フィラデルフィアに住む牧師夫妻が「キャンディーと一緒にめぐまれない子供たちのための募金を集めてもらおうと思いつきます。子供たちが牛乳パックで集めた17ドルはユニセフに送られこのプログラムが始まりました。活動は全国に広まり、2015年には17億ドルもの集金があったそうです。


(*注2)「何、初歩さ」と正典「背中の曲がった男」の中で言ってます。「初歩の問題だ」等、何度か「初歩」の言葉は使っていますが、「初歩だよ、ワトソン君」はありません。舞台や映画でいつのまにか定番になりました。


(*注3)正典「這う男」で言ってます。無茶苦茶です。

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