第14話 ホールに引き摺り込まれて

 しかし、このままでは兎娘があまりにも哀れじゃないか。


「そんなにフィフが好きなら、人間になったらどうだい。フェアリー・ゴッド・マザーなら兎を人間に出来るだろう? シンデレラ物語の中で、野鼠をカボチャの馬車の御者に変えたり、トカゲを召使いに変えたりしてたんだから」


 私がそう言うと、マザーは困ったような顔をした。


「たしかに出来るけど、あれは短時間の魔法なのよ。一生人間になる方法もあるにはあるの。とても古い愛の魔法で、人間の男の子が、変わらぬ愛を誓ってプロポーズしてくれたら、妖精の女の子は人間になれる。でも、失敗したら命を失うのよ。そんな危険なことをビオラちゃんに勧めたくなかったのよ」


「アンデルセンの『人魚姫』(*注1)と同じか。だがこのままじゃ兎娘は一生泣きっぱなしだ。フィフは『人間の女の子だったら、お嫁さんにしたかった』と言っていた。勝算はあると思う。『五代目じゃなければ死ぬ』といってるんだ。兎娘には命を賭ける覚悟があるのではないかな」


「ビオラちゃん、やってみる?」

 私の言葉を受けて、マザーは兎娘に聞いた。


「ヤル。 ビオラ フィフ ト ケツコン シタイ」


「ちょっとまて! 兎が嫁になるだと? 子供はどうなる、まともに人間が生まれるのか?」


 ワトソン君が血相を変えた。医者として遺伝を心配しているようだ。

 

「あら、大丈夫よ。ちゃんと人間が生まれるわ。ただお嫁さんの元が蛇だったりしたら(*注2)、時々鱗がついた子供が生まれた事もあったけど、ほんのちょっとよ」


「冗談じゃない、ジョン・ワトソンの六代目が兎唇としん(*注3)になったらどうしてくれるんだ。そんな結婚絶対に許さないぞ!」

 ワトソン君が血相を変えて叫んだ。


「そんなの、生まれてみなくちゃわからないわよ。神様の決めることですもの」


「女は黙ってろ!おかしな遺伝が入ると、末代まで続くんだぞ。これは僕の家の血筋の問題だ、医者として見過ごせるか」


 ワトソン君の剣幕に、マザーがこう言った。


「じゃあ、こうしたらどう? 五代目が、人間に化けたビオラちゃんをちゃんと見分けられたら、結婚を許す。だめだったら御破算。

 愛があるなら見分けがつくはずよ。

 兎穴を掘って、五代目のいる2019年のアメリカに行って試しましょうよ。

 あ、でも17歳じゃ、まだ結婚できる年齢に達してないから、試すならちゃんと成人して責任が取れる大学卒業の年、2023年がいい。

 ズルの無いように、ワトソンさんも私達と一緒に行って見極めればいいじゃない。行くなら、ハロウィンがいいわね。みんな仮装してるから、この服のままでも怪しまれないもの」


 マザーがニンマリ笑った。これで満足してくれたようだ。


「問題が解決したようなので、私はこれで失敬する。じゃあな兎娘、上手く行くといいな」

 私はコートと帽子をとり、ドアを開けた。


「ちょっと待った! 君も来てくれ」

 ワトソン君が、私のコートを掴んで引き留めた。


「何故だ? 女性は君の専門領域だ。私に出来ることはなにもないぞ、ワトソン君」


「頼むよ、マザーは苦手なんだ。ひとりにしないでくれ」  

 小さな声で、ワトソン君が頼んできた。


「私だってマザーは苦手なんだ、一刻も早く帰りたいんだよ」


 私が小さな声で答えていると、それを聞きつけたマザーは、


「言い出しっぺはホームズさんだもの、責任とって見届けてくれないと困るわぁ」と、何故かドヤ顔で言った。


「そうよね、遺伝の危機ですものね」

 何故か奥方まですごい迫力で睨んでいる。


「ワガハイ モ イクゾ。ソイツノ ツラ オガマ ナイト ナットク イカーン!」黒兎まで叫び出した。


 なんでみんなで私に責任を押し付けるんだ。

 女も、結婚も、遺伝も、私の苦手な分野なのに!


「ゼン ハ イソゲ スグ イコウ。 メスノ アナホリジャ ジカンガ カカル。 データー クレレバ、 ワガハイ ナラ イッシュンダ。 ハニー アタマダセ ハヤク」


 黒兎が、いいとこ見せようと、鼻息荒くフンフン言ってる。


「デモ……」

 兎娘が、そばに寄るのを躊躇していると、


「だいじょうぶ、私がしっかり抑えてるから」

 ロープを持ったマザーに言われて、仕方なく頭を出した兎娘に、黒兎が頭をくっつける。


「エヘへ イイニオイー♪」


  瞬時に、兎娘の後ろ回し蹴りが黒兎にダブルで炸裂した。

  黒い毛が大量に宙を飛ぶ。

   

「ギャァ!」


 黒兎が悲鳴をあげた。兎娘は、嫌悪で全身の毛を逆立てていた。

 禿げるなあれは……。



 *******

(*注1)ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805―1875)デンマークの童話作家。「人魚姫」はその代表作。人間の王子を好きになった人魚姫は、魔女に頼んで、自分の声と引き換えに人間にしてもらう。

「もし王子が他の女性と結婚したら、お前は海の泡になって消えてしまう」と言われたのに。口が聞けない姫は、王子に愛を伝えることができない。やがて王子は他の女性を妻に選び、姫は海の泡となって消えてしまう。


(*注2)蛇のお嫁さんメリジューヌ。フランスの異類婚姻譚。生まれた子供に鱗があった。

 

(*注3)上唇の中央が先天的に縦に裂けていること。三口(みつくち)とも言

 う。



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