第二章 2/2殺人事件・アメリカ&ハロウィン編・モリアーティは困ったちゃん?

第13話 ブラックホール黒兎・珊瑚登場

「あら、ホームズさんいません? さっき入っていかれましたのよ」

 ドアの向こうで、ワトソン君の奥方の声がした。


「ふぇ……うえぇーん」

 同時に、ワトソンJr.が泣き出した。我々の騒ぎに驚いたらしい。


「あなた、どうしたの? Jr.が泣いてるじゃないの!」


「あ、それが、その……」

 ワトソン君が、ドアから手を離し、一歩下がった。


 途端にガチャリと、両開きのドアの片方が開き、奥方が入ってきた。


「よしよし、良い子ね。泣かないの」

 Jr.を抱き上げ、あやしている。


 ドアの向こうにいた、フェアリー・ゴット・マザーが、続いて入って来た。


 ドアを押さえた両手がずるりと下がり、私はドアに頭を力無くあてた。


 ――万事休す、神は私を見放した――


「無駄な抵抗はしないの。女が本気出したら、突破できないドアなんてないのよ。しばらく反省してなさい」


 マザーが、ドヤ顔で言った。

 今度はなんの用なんだ? 頼むから、早く済ませて帰ってくれ。


「そうですよ。せっかく訪ねて来てくださったお客様に、何なんです?

兎のお土産まで持って来てくださったのに」

 Jr.をあやしながら、奥方が怪訝な顔をする。


「あ、この兎は食用じゃなくて――」


「シツレイナ! ブラックホール ヨウセイノ サンゴサマ ヲ タベル ダト」

 マザーのスカートの後ろから、低い、兎特有のイントネーションの声がした。


「イヤー!」

 兎娘がJr.のベッドから飛び出して、私の足に縋りついた。

 なんだ? どうしたんだ?


「あら! 白い兎。え? え? どこから現れたの」

 奥方がびっくりしてJr.を落としそうになった。

 どうやら、奥方にも見えるようになったらしい。


「オオ マイハニー、 ヤット アエタ。サア シソンハンエイノ タメニ コウビ ヲ ワガハイ ト――」


 マザーのスカートの後ろから、ロープでぐるぐる巻にされた黒い兎が飛び出した。目が血走って赤い。

 いや、赤い目は地の色のようだ。交尾だと? こいつ雄なのか。


「イヤー! シンデモ イヤ、フィフ フィフ タスケテ……」

 兎娘が泣き出した。スーツのズボンがびしょ濡れだ。


「お待ち! 嫌がってるじゃないの」

 マザーが兎を縛ったロープを思いっきり引っ張った。


「ナニヲ スルー! オマエハ ワガシュゾクヲ メツボウサセル キカ。 ナンゼンオクコウネン サガシテ ヤツトミツケタ メスナンダゾー」


 ロープで宙吊りにされ、黒兎はジタバタ暴れまくっている。


「それは、あんたの都合。嫌がる女の子を力ずくで手に入れようなんて、このマザーが許しません。

 確かに、男には結婚を申し込む権利があるわ。でも女にも、NO!という権利があるのよ」


 そうか。兎娘は同族を探して、穴を掘って魔法の世界に来たと言っていた。

 五代目の言ったように、ブラックホール兎の妖精は実在して、その雄が雌の兎娘を見つけたのか。

 だが兎娘の好きなのはジョン・ワトソンの五代目。

 それで嫌がって、ここへ逃げて来た様だ。


 兎娘は、泣きじゃくって震えてる。

 確かにあんな迫り方をされては、NOと言いたくもなる、気の毒に。

 ……でも、ズボンに爪を立てるのはやめてくれないか。痛いんだが。


「たとえ種族が絶えようとも、女は嫌なものは嫌なの。ビオラちゃんは他に好きな男性がいるのよ、諦めなさい!」


「イヤダ! ハニー ノ スキナ アイテハ、 ニンゲン ノ オトコ ナンダロ? シソン モ ツクレナイ ケツコン ナンテ イミナイダローガ!」


「あの……さっきからずっと、兎が喋ってる気がするんですけど……」

 奥方がびっくりして、ポカンと口を開けている。無理もない。


「ソレニ サイズノ チイサイ ブラックホールハ、 イツテイノ ジカンガ タツト ジョウハツ スルンダ(*注1)。 シソンモ ノコセズニ ジョウハツ シテ タマルカー。 ゼッタイ アキラメナイ ゾ」


 黒兎はロープを引きちぎろうと必死に暴れているが、魔法のロープは頑丈のようだ。


「そりゃあ、男としては引けないとこだよな。子孫繁栄は男の存在意義なんだから。

 いくら好きでも、五代目は人間なんだ。異種族間で結婚なんて不可能なんだから、兎のお嬢さんも諦めて考え直してくれないもんかね」

 ワトソン君が、男の立場を弁護し出した。


「イヤ。 フィフ ジャナイナラ ビオラ シヌ」

 兎娘が、さらに爪を食い込ませながら言った。……だから痛いって。


「あら。じゃあ、あなたは子孫繁栄のためにアタシと結婚なさったのね。

 女は男の都合に従うのが当然だと? へぇー。

 女は子産みの道具で、男は子孫繁栄の種馬ですか。

 あなたの結婚観ってそんなものだったんですね」


 あ、奥方の目が釣り上がってる。マザーの目も。


「あ、いや、そんなつもりじゃ……」

 ワトソン君が、タジタジとなっている。

 墓穴を掘ったな。


「「男は黙ってなさい! 結婚は愛の問題なのよ」」


 女性たちの、見事にハモった恫喝がワトソン君を叩きのめした。


 *******

(*注1)小型のブラックホールは、時間が経つと消滅するという。ホーキンス博士の理論。





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