六章・祈りと暗闇


 厳格な雰囲気の内装に、ステンドグラスが輝く。ステンドグラスは四英雄を描いている。剣士ローズ、魔術師ジルコニア、僧侶ムーン、狩人ジェイド。いつもどこかしらで目にする並びだ。

 右往左往する一行に、白い服に身を纏ったシスターがたずねてくれた。


「教会は初めてですか?」


 緊張からか、皆「はい」と各々ばらばらに答える。シスターが「うふふ」と笑う。


「大きい教会ですが、あまり作法はないので、のんびりしていってくださいね。皆様に女神セレスのご加護があらんことを…」


 四英雄のステンドグラスが囲む中央に石こうで出来た巨大な女神セレスの像が祭られている。


「セレス様…」


 ルビィは像を見上げると呟いた。

 目をつむり、祈りをささげる。

 特に声が聞こえたり…ということはもちろんないが、祈ると心がすっとする。


 みんなもあちこち見回り、自由に過ごしていた。


「聞いてみたけど、ダイヤの痕跡は特になさそうよ」


 パールがルビィにそっと伝える。

 その瞬間、突如シスター達の悲鳴が聞こえる。


「来たわね、ルビィ…」


 暗闇の魔法を手にずんずんと進んできたのはどう見ても黒い服を纏ったダイヤだった。


「ダイヤさん!! いったい何を!?」


 アメジストが叫ぶ。


「ウーブラ!!」


 ドンっと手の平にためた黒い球を打ち出す。

 ルビィが攻撃を前転でかわすと、ドカンと音がしてセレスの像が崩れ落ち、壁に大穴が空く。ステンドグラスはすべて粉々に割れた。ガシャーンとガラスの落ちる音がして、ぶわっと風が吹き込む。


「その魔法は…魔族の暗闇魔法……一体、あなたは……」


 アメジストが疑問を口にする。

 トパーズが弓を構える。


「人じゃないのか…」


 ダイヤは「そうよ!」と高笑いする。


「私は半魔族、魔族と人間族の混血…全部、思い出したの。……ルビィ! あなたを殺すためにセレスティナに送られた事をね! 私はダイヤ・モンド・グラナティス! お父様は、あなたと対立する魔王オニキス・グラナティス!!」


 ダイヤは更に細かく暗闇魔法を打ち出す。

「そんな…」ルビィが口にすると、ダイヤはにやりとして言った。


「たぶん気づいていると思うけど、ここに導くことでみんなをわざと砂漠を通過させた。あのサソリ型の魔物を襲わせたのも私」


 ダイヤは体をふわりと浮き上がらせると、禍々しいオーラを纏い始める。


「ディスぺランス・ティアーズ!!」


 ダイヤがそう呪文を唱えると、周囲が真っ暗になる。


「いけません、これは──」


 アメジストの言葉が響いて、全員が暗闇に囚われる。


 ──


「この不吉な黒髪が!!」


 周囲から「出ていけ!!」の言葉の嵐が飛ぶ。

 パールはうずくまって、耳を塞いだ。


「やめて!! あたしは……」



 変わり者扱いされていたサードニクス。

 銀髪だった髪の毛が徐々に黒髪に変わる自分の姿が鏡に映っている。


「お前は妖精族ではない!」


 そう言い切られ、ぐっと言葉を飲み込む。



 悲鳴が響く。

 トパーズをかばって目の前で魔物に殺される父親の姿が再生される。


「父さん!!」


 自分が未熟だったばかりに、殺されてしまった父親。何度も手を伸ばすが、届かない。



 ルビィの心はあの時の真っ黒な想いで満ちていた。


 ──私だけじゃないと思っていたのに…


 ──親友だと思っていたのに…


 ──許せない。



 憎悪、過去の消したい記憶、孤独がみんなを包んでいた。

 ダイヤの笑い声が聞こえる。



 アメジストは誰よりも賢かった。

 飛び級に次ぐ飛び級で、友達という友達はいない。

 ついこの間までの、孤独に忙しくする日々を思い出していた。


 自責の念に囚われる。


 彼女をこんなに変えてしまったのは自分だ──

 あの時、リミッターを外したために彼女はああなってしまった。


 僕のせいだ。



「みんな、死んじゃえ!!」


 苦しそうなダイヤの声が聞こえ、アメジストが一番にはっとする。


「これは闇の涙の魔法」


 苦しまないで──

 お願いだから。


「ダイヤさん…僕は……あなたのことが……」


 一緒に本屋巡りをした。

 学びの話しで盛り上がり、ちょっと転びそうになるおっちょこちょいな君を僕が支えた。それは、とても楽しく。今までにない体験だった。


 友達?

 友達ってこんな感じだろうか?


 よくわからない。でも──


 君が、好きなんだ。


 ぽたりと涙がこぼれる。

 僕は泣き虫だ。


 ──


 その気持ちを足掛かりに、みんなの心に光が灯る。


『目覚めなさい──』


 キィンと音がして、女性の声が響く。

 全員の暗闇の中に光が見える。


 パールの耳にはあの時のサードニクスの声が聞こえた。


「俺はお前の黒髪はみんなと違ってかっこいいし、綺麗だと思うからな!」


 サードニクスは自力で闇を払う。


「俺は…あいつとお揃いのこの黒髪が好きなんだよ!!」


 トパーズが死にかけた時見た夢の二人を思い浮かべる。


「これは…幻だ! 俺は知ってる、笑ってた父さんと…母さんを!」


 4人の黒い霧が晴れ、泣いているダイヤの姿が見える。



 ルビィは少し重症だった。

 みんなが一斉に黒いダイヤの方へ向かって溶けていく。


「ルビィには付いていけないわ」


 パールの声が響く。


「待って!! みんな!! 何でそっちへ行くの!?」


 ─なんで!! 私が魔法を上手く使えないから? ダイヤの方が上手に魔法を使えるから?


『目を覚ますのです! このままではあなたが……』


 見知らぬ女性の声が遠くに聞こえるが、ルビィには届かなかった。


「いかないで──!!」


 叫んでも。

 叫んでも。


 届かない。


 次第に意識が薄れて遠のいていく。


『ルビィ。邪神に負けないように、祈りと希望を持ち続けるのよ』


 お母様…?

 違う。声が全然違う。


 体の力が抜けて、倒れこむ。


「…っかり…しろ……!」


 とぎれとぎれに、トパーズの声がする?


 ──あなたも、ダイヤの方がいいと思っているんでしょう?


 帰ったら言うつもりだった。

 好きだって。

 でも……もう……その必要もないみたい。


 ルビィは真っ暗で静かな空間で独り、うずくまって耳を塞いでしまった。



 ──


 ルビィはすでに深い眠りについていた。


「私、やったわ。お父様……」


 泣きながら震える声でダイヤが呟く。


「ダイヤ! あなた本当にそれでいいの!?」


 パールが叫ぶ。


「仲良くしてたのも、全部。お父様からの命令だったの」


 パールが「うそよ!」と否定する。


「うそじゃない!!」

「だったら、何故泣いているんです?」


 泣き叫ぶダイヤに、優しくアメジストが言いながら、そっと近づいていく。


「……っ」

「苦しいのでしょう?」


 ひざまずいて泣き崩れるダイヤをぎゅっと、アメジストが抱きしめる。

 そっとその手はためらいながら、アメジストの背中にあった。


「ルビィ…ごめんなさい……。私がやったの……。こんなこと……」


 ルビィは何も言わず、ただ眠っていた。


『聞こえますか。若者たちよ』


 崩れ落ちた女神の石こうの像が、ふわりとふわりと砕け散った部品を集め、元の姿に戻る。びっくりしながらも、「誰!?」とパールが反応する。


『私は女神セレス』


 ぽつりと「うそだろ…」とサードニクスが呟く。

 像が誰も何もしていないのに直ったところを見ると、本当の様だ。


『ルビィを、ジルコニアの元へ…。私の力が何とか引き留めている間に──』


 ふっと声が消える。


「ジルコニア様…今はカルナクルス国のクレプ・クルムの塔でご隠居なさっている」


 アメジストが言うと、ダイヤがぽつりとつぶやく。


「そこにルビィを連れて行けば、元に…でも、私は行けない。今更仲間になんて都合が良すぎるよ。それに…」


 アメジストを振りほどいて、ダイヤが立ち上がる。


「記憶が戻った以上、お父様を独りにしてはおけないから」


 ふわりとダイヤの体が浮き上がる。


「私は、お父様と魔国ニゲルに居るから。いつでも殺しに来て」

「ダイヤさん!!」


 しゅんっと音がして、ダイヤが空間に飲み込まれて消えていく。

 しんと静まり返る聖堂に、ただ神々しく女神の石こう像が立っていた。


 

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