某月刊誌 2006年4月号掲載「林間学校集団ヒステリー事件の真相」

 関西の名門私立R中学校は、2002年に報道された林間学校での集団ヒステリー事件で全国区の知名度となった。生徒をはじめ多くの目撃者が証言したその内容は常識では考えられないものだったのである。

 怪奇事件として多くのメディアを騒がせつつも集団ヒステリーが原因として一応の解決を迎えたこの事件、当時同中学2年生であり、林間学校で事件を目の当たりにしたというAさんに独占インタビューを敢行。以下がその全文である。


******


 ニュースでは集団ヒステリーだとか散々言われてましたけど、あれは絶対そんなのじゃないです。私も友達も、なんだったら先生も一緒に見てましたから。

 もう4年前になるんですね。当時のクラスメイトと集まってもいまだにこの話はタブーみたいになっちゃってます。ひとが死んじゃってますから。


 私が通ってた私立中学は2年生になると林間学校みたいな感じで泊まりでの野外活動をするんですよ。先輩たちは、岡山のほうに行ってたらしいんですけど、私の代から行先が変わって、●●●●●にある、保養所っていうんですかね?――そんなところになったんです。ああ、知ってますよね。ニュースでもよく映ってたし。

 なんでも最近できたばっかりらしくて、すごくきれいな建物でした。学校のそういう行事で使われるとき以外は会社の研修とかでも使われるらしくて、青少年自然の家的なボロい感じじゃなかったから、みんなすごく喜んでました。


 昼はちょっとした登山みたいなウォークラリーと、近くのキャンプ場で飯ごうすいさんして、夜はその保養所の食堂でご飯食べた後はクラス毎に出し物したりして、けっこう楽しかったです。で、多分夜の8時ぐらいだったと思うんですけど、就寝時間まで各部屋で自由時間があったんです。


 その建物は表玄関は国道のほうに面してて開けてるんですけど、宿泊部屋は山に面した奥側にあったんですね。4人1部屋で、窓を開けるとちょっとした狭いベランダがあって、目の前はもう山に続く真っ暗な林。林に面した部屋はどれも同じ構造で、それが2階建てになってました。そんな感じなので自由時間は隣の部屋の子とベランダ越しにお話してる子もいました。男子は大声で上の階のベランダにいる子と伝言ゲームしたりしてましたね。

 私はそのとき部屋で仲良しの子とトランプしてたんですけど、ベランダのほうが騒がしくてなってきて。気になってベランダに出てる子に声かけてみると「変な声がする」っていうんですね。「えー。怖いねー」なんて言いながらわたしたちもベランダに出ました。

 もうその頃には各部屋のベランダにみんなぎゅうぎゅうになって身を乗り出してて、上の階のベランダからも「え? 何?」とか「聞こえる?」とか声が聞こえてきました。

 確かによく耳を澄ませてみると林の奥のほうから聞こえてくるんです。


「おーい」


 助けてほしい感じじゃなくて、呼びかけてるみたいに一定間隔で聞こえてくるんです。多分男のひとの声でした。

 で、他のクラスのやんちゃな感じの男子が、よせばいいのにふざけて「おーい おーい!」って返事したんです。じゃあまた、「おーい」って。それに返事するみたいにしてその男子が「おーい おーい!」って叫んで仲間とゲラゲラ笑ってるんですよね。

 そんなこと何回か続けてると、誰かが「なんか、近づいてきてない?」って。

 確かに、最初は聞こえるか聞こえないかぐらいだったのがもう今ははっきりと聞こえるぐらいになってたんです。でも、光は各部屋の電灯の明かりぐらいでしたから、ベランダから見える林なんて本当に数メートルぐらいで。ただ、感覚的には昼であれば確実に見えてるだろうって距離には近づいてきてる感じがありました。

 その頃になるともうみんな、怖い怖いって大騒ぎで。ベランダしめて部屋の中に逃げる子とか、「先生呼んでくる」って言ってる子とか、色んな声が他のベランダから聞こえてました。私ですか? もちろん怖かったんですけど、好奇心のほうが大きくて。私の部屋の子はみんなまだベランダに出てたし、一緒に林のほうを見てました。


 そのとき、隣のベランダの女の子が林に向かって大きめの声で言ったんです。


「どうかしましたか?」


 その子は別のクラスの学級委員長だったんですけど、生徒会にも立候補してたので、私も顔は知ってました。多分その子のことだから、冷やかし目的じゃなくて本当にどういうつもりなのかを確認しようとしてるんだろうなと思いました。

 ほかにベランダに出てた子たちもなんとなく、その子の呼びかけに対しての向こうの返答を待つみたいな雰囲気になって、一気に静かになったのを憶えてます。


「おいでー こっちにおいでー かきがあるよー」


 はっきりした声で、そんなことを言ったんです。でも、なんていうのかな。心がこもってないっていうか、本当に棒読みをしているみたいな感じで。もっというと、日本語の意味をわかってないひとが話してるみたいな。ひとの真似をした動物が話してるみたいな感じでした。

 みんな怖いよりも先にあっけにとられてしまっていたんですが、その女の子がこう聞き返しました。声がちょっと震えてたのを憶えてます。


「どういう意味ですか?」


 この言葉を言い終わらないうちに、声が聞こえはじめました。


「おいでー こっちにおいでー かきがあるよー おいでー こっちにおいでー かきがあるよー おいでー こっちにおいでー かきがあるよー おいでー こっちにおいでー かきがあるよー」


 繰り返しはじめたんです。


 ほかのベランダの誰かが「いやー!」って叫んだのがきっかけで、みんな半狂乱で部屋に戻りはじめました。

 私たちもほとんど泣きながら急いで部屋に戻ろうとしたんですが、急に「おい! 誰だ!」っていう怒鳴り声が聞こえて先生が来たんだと気づきました。私のいる部屋からは角度的に見えませんでしたが、2階のどこかのベランダに先生がいる様子は伝わってきました。そのとき私はもう部屋の中に半身を入れて振り返る格好になってましたが、パッと丸い光が林に当てられたんです。先生が懐中電灯を当てたんだと思います。

 しばらく光はウロウロ林の中を照らしてましたが、そこに一瞬何かが照らされたんです。

 今でもあれが何かはわからないんですが、多分人だったと思います。全部が見えたわけじゃないんです。照らされたのは足元だけでした。異様に白くて大きなはだかの足。靴も履いてなくてはだしでした。すごく大きかったんです。あの足の大きさだと、全身は3メートルぐらいになるんじゃないかな。それが、サッて走っていったんです。


 その後はみんな先生に食堂に集められて、不審者がいるから警察に通報したこと、今夜は絶対にベランダには出ないことを言いつけられて、就寝させられました。でも、けっこうショックを受けた子が多くて、具合が悪くなっちゃった子もいたみたいで。次の日はダム見学に行く予定だったんですけど、取りやめになって前倒しで家に帰ることになりました。

 後で学校からこのことについての説明会があったらしくて、うちのお母さんも行ったんですけど、不審者がいた形跡もなかったそうです。あと、学校帰りとかにマスコミに色々聞かれても答えるなって言われました。


 ここから先は多分学校の生徒しか知らないと思うんですけど、あのあと学級委員長の女の子、ちょっとおかしくなっちゃったんです。授業中急に立ち上がって「山に行きたい」とか叫びだしたりして。学校来なくなっちゃいました。で、そこから何か月かして死んじゃったんです。先生ははっきり説明しませんでしたけど、自殺しちゃったらしいです。学級委員長と同じクラスでお通夜に行った子から聞いたんですけど、棺が完全に閉じてて顔を見られなかったそうです。最後のお別れしたかったのにって悲しんでました。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る