第112話 その頃のアメリカ その三

「……あー、済まないが大使。私も同盟国の文化は把握しているが、それでも疎いのだ。いわゆる『忖度』だったかな? それを期待されても困る。ましてや今は非常時。要求を推測する時間も惜しい」

「承知しております。あくまでこれは、彼の言葉を大まかに伝えたにすぎません。要求の詳細については、彼を担当する者が話し合って詰めております」

「ああ、そうか。それは良かった。……本当にな」


 思わず深い溜息が零れる。『覚悟を示せ』、『誠意を見せろ』とだけ伝えられてたら、今度こそ怒鳴り散らしていたかもしれない。

 いや、交渉の手段としては認めるがな? 相手の選択肢を潰し、その上で自分から選ばせることは有効だ。後々の立ち回りで有利を取れる。

 だが今はそれに付き合っている暇はないのだ。既に我々には要求を受け入れるしか選択肢がない。なら迂遠な言い回しではなく、単刀直入に伝えてほしい。


「とりあえず、交渉の余地があることが判明したのは大きいか。足掛かりのない状況よりかはずっと良い」

「ええ。それにこの回答によって、彼のスタンスも推し量ることができます。あくまである程度ですが」

「ほう? ならば、日本政府の見解を教えてくれ」

「彼は軽率に動くことを避けている。ですが同時に、自分が動く理由を求めているのですよ、大統領」

「……なるほど?」


 ふむ。言われてみれば、確かに納得のいく分析ではある……か?

 条件、特に前者のハードさは、自らが動くことに対する忌避感の表れのように見える。だが後者はかなり解釈の余地がある。具体的な内容を一切示さないことは、『要求』ではなく『問いかけ』に重きを置いているとも受け取れる。

 いや、そもそもだ。自ら交渉のテーブルに乗ること自体が、ある種の意欲の表れだ。先に指針となる言葉を提示していることからも、それは窺える。


「こう言ってしまうとアレですが、先入観に囚われすぎかと。積極的に主張していないだけで、協力的な姿勢は一応最初から見せているのです。でなければ、モンスターの情報提供もしないでしょう」

「……うぅむ」


 感情面ではふざけるなと否定したいところだが、嫌な説得力があるのも事実である。

 彼の人間性からして、拒絶する気なら容赦なく切り捨てるだろうし、こちらの譲歩を狙うならもっと素っ気ない態度を見せるだろう。

 向き合う姿勢を見せているだけマシと言われる時点で、彼に対する評価が如実に現れているのだが……。いや、それでも事態が事態なのだ。協力する気があるのなら、もっと積極的な姿勢を見せてくれと思わずにはいられない。


「いや待て。そもそもだ、大使。消極的でも協力の姿勢を見せていたのなら、何故わざわざ交渉を我々に回したんだ? 日本政府の方で話を付けてくれれば、このような話し合いなど必要なかっただろう」

「そこがポイントなのです、大統領。その点に、彼が積極的に動くことを避けている理由がある」

「どういうことかね?」

「条件を個々に分析していきましょう。まず第一の条件、『アメリカの崩壊が避けられない場合』です。これはつまり、彼自身がアメリカに滅んでほしくないと考えているのでしょう」

「……まあ、そうだろうな。我が国の影響力は多岐に渡る。それが土台から崩れた時の混乱は、正直想像したくない」


 ステイツは世界の警察だ。国際社会の秩序を守っている我々の力が失われた場合、間違いなく世界大戦は起きるだろう。

 それを抜きにしても、日々の生活に影響が出るのは確実だ。物価高はもちろん、原料不足などで日用品の入手が困難になる可能性も十分考えられる。


「彼自身、配信活動に精を出しております。それこそ、趣味と判断して良いぐらいには。アメリカが崩壊すれば、ネット環境にも大きな影響が出る。そう考えると、やはり内心では介入したいと考えている可能性が高い」

「となると、カリフォルニア州が一つのラインと見るべきか……」


 あそこにはあの会社の本社がある。実際はサーバー含め、ステイツの各地に重要施設は点在しているのだが、彼がそこまで考えているかは微妙なところだ。

 本社さえ無事なら良し、なんて考えてても不思議ではあるまい。


「……はぁ。余計なことを考えずに、とっとと介入してくれれば助かるのだがね」

「まあ、それはそうですね。……ただ失礼を承知で述べさせていただきますと、そちらから要請を出す前に声を上げられても、対応に困ったのではないですか? 彼の場合、日本政府を通さずネットで発信するでしょうし」

「……ううむ。それについては否定できん」


 我が国は軍事力でも世界一位を誇っている。つまり相応の面子がある。

 応援要請は、自国のみの力では対処できないと認めるに等しい。一種の敗北宣言と言っても良いだろう。

 ある程度事態を正確に把握できている現状ならともかく、そうでなければ外部からの戦力派遣を受け入れるのは難しい。

 政治的なシナリオとして最悪だったのは、彼が即座に声を上げていた場合だ。状況的には、間違いなく我々は検討すると言ってお茶を濁していた。

 その状態で今と同じ規模の被害が出てみろ。間違いなく現政権は吹っ飛ぶぞ。それどころか、物理的にも月の裏側を見る羽目になってもおかしくない。

 史上最悪の大統領として、私の名前は歴史に刻まれていただろう。その確信がある。……いや、彼がへそを曲げた場合、史上最悪ではなく最後の大統領と呼ばれることになっていたかもしれないがな。

 そういう意味では、確かに現在の状況はベストではないがベターではある。もちろん政治的な意味であり、決して口に出して良いような内容でもない。

 膨大な人的被害が出ている時点で、我々は既に敗北していることを忘れてはならない。


「だが、既に大義名分は立っている。我が国はドラゴンの特殊性に敗北したのであって、力では決して劣るものではない。そう主張すれば、どの国も何も言えないはずだ」

「それについては同意いたします。地中に根を巡らし、常に成長を続け、その全てが本体となるモンスター。そんなもの、現行の人類では対処のしようがない」

「ああ。そもそも何処まで侵食されているか分かったものではない。恐らく、いや間違いなくダーティーボムでも仕留めきれん。そして殲滅できる確証がない以上、この最後の手段を取ることは不可能だ」


 現地には、未だに要救助者が存在している。状況次第では、そんな彼らを切り捨てることもやむなしだ。……ああ、自分で想定していても悍ましいことこの上ない。

 だが、やらねばならぬ場合もある。しかし、無辜の民を犠牲にするのならば、それに見合う成果を出さねばならぬ。


「……やはり、彼の協力は必要不可欠だな。こうして理由を挙げていけば、嫌というほどに実感してしまう」

「ええ。なればこそ、彼の求めるものを大統領は示す必要があります」

「……覚悟、か。しかしだ、漫然と覚悟と言われてもピンとこない。彼は何を求めている? この状況に介入する意思があるのならば、彼は何を躊躇っているんだ?」

「恐らく、そちらと同じです」

「同じ?」

「ええ。彼が求めているのは、大義名分だと思われます。それを示されたのなら、応えないわけにはいかない。そんな理由を彼は求めているのでしょう」

「……人命救助は、一般的には十分すぎる大義名分だと思うのだが?」


 それとも、我が国の国民は本来なら救うに値しないとでも? そう言っているのならば、今ここであらん限りの罵倒を吐き出すことになるのだが?


「一般的にはそうです。ですが、彼の基準では足りないのでしょう。なにせ彼は、ヒーローではないのですから。積極的に見ず知らずの人々を救うほどの献身性など、はなから備わってなどいないのです」

「それは、そうだろうが……」

「だから『覚悟』なのでしょう。救うために動いたら、彼はヒーローとなってしまう。されてしまう。それを避けるために、相応しい理由を求めているのではないでしょうか?」

「……なるほど」


 自分がヒーローにならないため、か……。まあ、言いたいことは分かる。

 人間は都合良く物事を考える生き物だ。勝手に期待して、応えられなければ裏切られたと騒ぎ立てる。私とて何度も経験した。

 だから、それを避けたいと考えるのも理解できる。一度あれば二度もある。そう考える者も多い。状況が違うのに、勝手に前例として挙げられる。堪ったものではなかろう。

 特に人命が掛かっている場合、それは絶対正義の建前と化す。正義の棍棒を手にした時の民衆の恐ろしさは、知名度がある人間ほど把握している。


「……なんというか、彼は思ってた以上に繊細なのだな」

「それだったら話は早いのですがね……。アレはどちらかと言うと、面倒ごとを避けているだけでしょう。今は配信者としても活動していますし」

「配信者ならば、むしろ人命救助こそ第一とするべきではないのかね?」

「それだけならば、動けない理由はいくらでも提示可能ですから。実際、彼が対応に当たるにしても、協議しなければならない点は多いでしょうし」

「……確かにな」


 正直、その部分はあまり考えたくないな。ドラゴンは仕留めなければならないが、だからと言って……その、アレだ。彼が動画で見せたような規模の戦闘を展開されると、普通に困る。

 場合によっては、それこそダーティーボムに匹敵する被害を生み出しかねないのがな……。ドラゴンによって祖国を滅ぼされるか、戦闘の余波で国土が蹂躙されるかの二択とは。あまりにもままならん。


「長々と語りましたが、彼の示す覚悟の意味は『基準』です。それが日本政府の出した結論であり、我々が間に入らなかった理由でございます」

「……ああ、納得のいく分析だ。参考にさせてもらおう」


 つまるところ、ある程度は言い値で買ってやるから、相応しい値段を付けろということか。

 問題はどれだけの値を付けるか、だな。介入の意思はあると思われる以上、多少なりとも安く買い叩いても乗ってはくるだろう。

 だが油断はできん。許容範囲を見誤れば、間違いなく彼は首を縦には振らん。なにせ第一の条件、セーフティラインは既に提示されている。

 彼の中では、我が国が滅ぶことはない。それは恐らく確定事項。故にこの交渉は、どれだけダメージを抑えられるかが焦点となる。

 重要なのは、彼をその気にさせることだ。モチベーションはそのまま結果に直結する。場合によっては、アフターケアにまで繋がるかもしれない。

 そうなると、やはり安く買い叩く方向は避けるべきだろう。特に今回の交渉では、金銭も物品も役に立たない。値段と表現しているが、相手は『利』など求められていないのだから。

 これはもっと野蛮で、原始的な交渉だ。テーブルに載っているのは、名誉や誇りのような形のないもの。つまるところ、どのようにして面子を立てるかを問われている。

 故に、買い叩くのはナンセンス。それは彼の面子を潰すに等しい。むしろ、最大限の高値を付けることがベスト。


「──専門チームを結成する。今から要望を告げる。該当する技術を持つ機関、企業にコンタクトを取れ。大至急だ!」


 絵図は描いた。あとは演出だ。劇的なまでの演出だ。……さあ、待っていろよクソッタレ。妻の故郷のためだ。お望み通り、貴様の土俵で踊ってやる!




ーーー

あとがき

大統領視点はさっさと終わらせたかったのでゲリラ投稿。

ちなみに本文の内容は、山主と玉木の会話内容、及びテンションを元にした分析です。

これがどこまで正しいかは本人次第。

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