第110話 その頃のアメリカ その一
──アメリカ、ホワイトハウス。
「……状況は、いかがでしょうか?」
「絶望的さ。件のモンスター、情報ではマイシュウッドだったかな? その端末と思われる個体が新たに三体。しかもその全てが最初の個体と同等のサイズと来ている」
「……被害は?」
「幸いなことに、人的被害は現状ゼロだ。三体とも山間部に出現してくれたのは運が良かった。スクランブルも掛かっている。近い内に三体とも討伐できるだろう。……そうだよなウィリアムズ?」
「ええ、大統領。私が保証いたします」
「国防長官のキミがそう言ってくれるなら安心だ。……クソッタレな状況だが、一服するぐらいの余裕はできた」
……ああ、本当に。可能ならば今すぐにでも全てを投げ出して、葉巻を咥えてウィスキーを呷りたいよ。
どうしてこうなった。神は何故これほどの試練を私に、いや我が国に与えたもうたのだ。
ほんの少し前までは順風満帆だった。五十ちょうどで大統領に就任し、些細なトラブルを乗り越えながら地盤を固め、経済の安定に注力した。
特筆した何かがあるわけではないが、歴代大統領と比べても劣ることはない。言ってしまえば、無難な大統領であったと思う。
私自身、次もこの席に座れたらと願いつつも、多分それは難しいだろうなと内心では自覚している。それでも諦めることは困難で、半ば惰性で二期目を目指して政治に邁進していたのだ。
「いやはや。貴国には本当に感謝している。日本の諺では、『勝って兜の緒を締めよ』だったかな? あの情報がなければ、我が国は致命的な反撃を食らっていたことだろう」
ありがたい限りだ。お礼として唾をくれてやりたい。八つ当たりなのは承知しているが、そっちの国民、いや問題児のせいで私の大統領生活は滅茶苦茶だ。
彗星の如く現れた超級の探索者。それはまだ良い。実力こそ頭一つ、いや二つか三つは抜きん出ているが、似たような者は我が国にもいる。他国も同様だろう。
だがVTuberって正気か日本。私も詳しいわけではないが、つまるところコメディアンの亜種だろう? 国家機密に匹敵する人材を見世物にするとか、流石にクールがすぎるぞ。いや確かにクールジャパンと謳っていた時期もあったが。
しかも一切管理されてないだろアレ。ダンジョンの奥の情報ぐらいならまだ許せる。むしろ感謝したい。日本としては堪ったものじゃないだろうが、確度の高い情報をノーリスクで得られるのはありがたい。
だがダンジョンそのものの謎とかはオープンにするんじゃない! 国家機密として秘せ! それかせめて諸外国に根回ししろ! その上で然るべき場所から発信しろ!
世界の真理を個人のチャンネルで暴露するな! 国際情勢が一気に荒れたんだぞ!? あの瞬間の私の絶望が分かるか!? 世界大戦を回避するためにどれだけ我々が奔走した、いや奔走していると思ってるんだ!?
そしてその報酬がコレか! 未だに大火に繋がる火種が燻っている中で、祖国が滅亡の危機だと!? ふざけるなよクソッタレ! テキサスは私の妻の故郷なんだぞ!?
「……ところで大使。これはちょっとした確認、極めて基礎的な認識の擦り合わせなのだがな」
「な、何でしょうか? フィリップ大統領」
「大使とは、接受国に対する外交面においての国の代表だ。すなわち大使の言葉、意見は派遣国の政府のそれと同等である。これに間違いはないかね?」
「……え、ええ。間違いありません」
「では、その上で訊ねよう。──日本からの戦力の提供、具体的には例の超越者を派遣してくれる予定はあるのかね?」
なあ、どうなんだよ日本。どうなんだよジャパニーズ。散々我が国を、世界を振り回してくれたんだ。迷惑料を頂戴してもバチは当たらないと思うんだが?
「……」
「どうした大使。是非とも答えて欲しいのだが。ああ、まだ正式に発表できる段階ではないのかな? ならば心配無用だ。この会談はシークレットだからね。この場に立ち会っている者たちも、私が胸を張って信用できる高官たちさ。……おっと。これは大使を相手にわざわざ語るまでもないことだったね」
「……」
「HAHAHA。慎重なのは良いことだ。不用意な発言は祖国の国益を損なう危険がある。『雄弁は銀、沈黙は金』と言えば理解できるかな?」
「……」
「だが、もう一度言おう。心配無用だ。確かにこの場にいる者たちは……まあ、多少仲良くない間柄の者もいる。少なくとも、和やかにホームパーティをする姿は想像できないぐらいにはね。上司の私としても、頭が痛い限りだ」
「「「HAHAHA!」」」
「おいコラ笑うな! こんな時だけ仲良くなるな! それができるなら普段からしろ! ……と、失礼した」
「……い、いえ」
「ともかくだ。この中には険悪な者たちもいるが、それでも彼らは皆優秀なんだ。つまりな、時と場合は考えることができるんだ。少なくともこの崖っぷちの状況で、国益を損なうような背信行為はしないと断言できる」
「……」
「だから遠慮なく喋ってほしい。なに、重大な国家機密を漏らせと言ってるわけではないんだ。直ぐに公になる公式見解を、少しばかり先に耳打ちしてくれと言っているだけだ。……できるだろう?」
と言うか、やれ。そろそろ時間が惜しくなってきた。ここまで丁寧にガイドしてやったんだから、そろそろ喋れ。だんまり決め込むな。
この場においては雄弁も沈黙も不要なんだよ。必要なのは、然るべき情報を正確かつ迅速に伝えることだ。
頼むぞ大使。それができないのなら私は、我が国はキミを信用できなくなってしまう。有事において意思決定を伝えられない外交官など、路傍の小石と変わらないのだから。
「──失礼いたしました。言い訳がましく聞こえるでしょうが、大統領に伝えるには勇気がいる内容だったので」
「……ほう? それはつまり、彼の派遣は断ると? そういうことで良いのかな?」
思わず拳を握り締める。ふざけるなと叫んでしまいそうになった。
我が国の状況は致命的だ。崖っぷちだ。日本から与えられた情報が正しければ、下手をすれば一年もせずにステイツは滅びる。
植物と菌の性質を兼ね備えるドラゴン。街を破壊する力を持った個体を、恐らく無尽蔵に展開できる最凶の群体型モンスター。
だが真に恐ろしいのは、端末の強さではない。正直なところ、端末一体一体の強さはそこまでではない。
完全な不意打ちだったが故に、最初こそ甚大な被害が出てしまったが、現在では問題なく対応できると報告が上がっている。
戦闘機による爆撃、または我が国が抱える探索者、その中でも特殊戦力として秘された特一級の実力者たちが当たれば、特に苦労なく倒すことはできる。
──だが倒しきることはできない。それこそが敵の本領。無尽蔵の物量こそが真の脅威。
「なあ大使。キミは、貴国は状況を理解しているのか? 我が国の危機は、そのまま日本の危機に。いや国際社会そのものの危機に直結するのだぞ?」
ただでさえ、何処ぞの問題児のお陰で世界大戦の火種が燻ってる状態なんだが? そんな中で、世界の警察である我が国が崩れたらどうなると思う?
なんならアレだぞ? この状況ですら大分不味いぞ? 今この瞬間に事態を解決できたとしても、対応を誤れば一気に大戦の火が燃え広がるぞ?
「それを全て理解した上で、貴国は彼の派遣を断ると? そう言いたいのかな? 貴国は、同盟国が滅びる光景を笑って観戦するつもりか?」
「否でございます。我が国は、彼の派遣を阻むつもりは一切ございません」
「ほう? それはなによりだ。……では、何故伝えづらいと口ごもったのかな? 私を安心させるために、できれば理由を教えて欲しいのだが」
「……それは彼が民間人であり、日本政府の管理下にないからでございます。我々は彼に協力を仰ぐことはできても、強制することはできないのです」
「何度も言うが、世界の危機だぞ? それを分かって言ってるのかな?」
「……世界の危機を憂う人間が、世界の危機を引き起こすわけがないではありませんか」
「──なるほど。これは一本取られたよ」
HAHAHA。その通りだよまったくもって自明だなこの野郎殺すぞイエローモンキーども……!!
ーーー
あとがき
アメリカ→山主のやらかしで振り回され続けたので、内心ブチ切れ。今回の件は協力するよなさせてくださいだよなオラはよ答えんかいテメェこの野郎。
日本→政治的にも人情的にも協力したいし、しなきゃヤバい。でも山主に命令するのは無理。逆にへそ曲げられかねないので板挟み。
山主→配信用のサムネ作ってる
ちなみにアメリカ側が日本の大使にガッツリ圧掛けてますが、これまでのアレコレ的に残当オブ残当です。
日米関係が対等なのか上下あるかは、まあ敢えてお茶を濁しますが。それを抜きにしても日本側のやらかしがヤバすぎるんで。
アメリカ視点で見ると、日本がいきなり世界大戦の火種生み出した挙句、国内政治も引っ掻き回してくれやがるし。それでいて国際的な立ち位置的に、自分たちが舵取りする羽目になるのは必至で、実際現在進行形でそうなっている。
そこに泣きっ面に蜂とばかりでドラゴン襲来。んで、亡国の危機。そりゃ手伝えってなるよねと。ましてや余裕で解決できるであろう戦力抱えてんだから。
完全に打つ手がないって状況ならまた態度も違うでしょうが、同盟国にアテがあり、直近でどデカい借りもあるので、強気で取り立てに来て当然です。日本側も状況理解しているので、断る選択肢がないですし。
まあ、一番のキーパーソンに断る選択肢がある時点でアレなんですが。
てことで、次回もアメリカサイド。大統領の苦労は続くよ。
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