第4話 幼少期編4 変質

 生まれてから1年は過ぎただろうか。

 僕は立って歩くことができるようになっていた。

 今は昼時。太陽の光が差し込む自室で、僕は天井を見上げていた。

 目に映るのはから見えるようになった光の塊たち。

 僕はそれらを視線で追っていた。

 光は明滅しながら、部屋の窓を通り、外へと消えていく。

 すると今度は、天井から、床から、新たな光が生まれ、ふわふわと宙を舞いだした。

 光の色は様々だった。白い光、緑の光、青の光…。

 白と緑の光が多かったが、様々な色の光はとても綺麗で、思わず見とれた。


 これはなんなのだろう?


 そんな疑問が絶えず、僕の脳裏を駆け巡った。


 、母に魔法を見せてもらったその日から。僕の目には常に色とりどりの光が映るようになった。


 光は日に日にその数を増し、よりはっきりと大きく見えるようになっていった。

 僕は母とそのお付きの給士メイドに、目に見える光がなんなのか赤子なりに伝えてはみたのだが、彼女たちの反応は芳しくなかった。

 どうやら彼女たちに光がみえていないと悟った僕は、光のことを口に出すのをやめた。

 母の魔法を見るときも、今では花火のほうではなく、指を伝う幾何学模様と光に目がいってしまう。

 それほどまでに僕の目に映る光たちは、存在感を増していた。


 そんな風にぼーっとしながら、光を見ていた時だった。

 窓を揺らすほどの風が部屋に入ってきた。

 風は緑の光を大量に連れて、部屋中が緑一色になるほどだった。


「……わぁ」


 思わず声が出た。部屋にいた給士メイドが驚いて窓を閉めたその時。

 いつになく大きな緑光がするりと部屋に入ってきた。これまで見ていた塊がリンゴくらいだとして、今見えているものは大人一人分ほどの大きさがある。それほどに大きさの差があった。


 ――なんだあれ!


 畏れよりも好奇心が勝った。僕はそれをより観察するために近づき、目を凝らした。


 その直後だった。


 両目に激痛が走った。

 それはまるで、鋭利な刃物で目を串刺しにされたような。あるいは、万力で目を押し潰されたような。あるいは無理矢理両目をくりぬかれたような。そんな痛み。


「あああああああっっっ!」


 突然目を押さえて大声を出した僕に、給士メイドがぎょっとしたようにこちらを向いた。

 だけどそれどころではなかった。尋常ではない痛みに耐えかねて、僕はうずくまった。


 ――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!


 あまりの痛みに、意識が遠のいていくのを感じた。


 ――何が起こったんだ?


 その疑問に答えるものはなにもなく。

 ただ、切羽詰まった顔をしたメイドとを最後に。

 僕は意識を手放したのだった。




 ――――――――

 ――――――

 ――――

 ――




 目が覚めた僕の視界に映ったのは、金髪の美しい少女だった。その目は涙に濡れ、心配そうに僕を覗き込んでいる。

 僕の母だ。一目見て、どれほど彼女に心配をかけてしまったかが、僕にはわかった。


「グレイ、わかる? わたしよ」


 安心感のある母の声。僕はコクりと頷いた。

 すでに目の痛みは引いていた。あれほどの激痛が嘘だったかと思うくらいになんともない。むしろ、見える景色の繊細さが増したような気がするほどだった。


 部屋を見渡すと、ここは自室であることが分かった。

 自分を抱く母の姿の他に、いつも部屋で面倒をみてくれる侍女メイドの女性。そして知らない人影が二人いた。青のローブを着込んだ壮年の男性と、白い聖職者のような姿をした比較的若い女性がいた。

 そして変わらずにが宙を浮いている。


 青のローブを着た男性と、白い聖職者のような女性が僕に近づいた。男性が僕に話かける。


「失礼いたします、御曹司」

 

 二人は杖のようなものを取り出すと、母と同じように言葉を諳んじた。


「****、****、******、*******」

「*****、****、******、****」


 知らない言葉の羅列だが聞き覚えがある。母があの光を見せてくれる時に諳んじていたものに似ている。

 言葉を紡ぐ二人に変化が訪れる。二人の体が光に包まれるていく。男性のほうは蒼く、女性は白く。

 それは母が見せてくれる魔法よりもより大きな光だった。

 光は二人の杖の先へと収束し、顔程もある大きな陣を象った。


「********、******」

「*****、******」


 長い詠唱を終えた直後。

 より洗練された光の束が陣より出でた。

 青の光は僕を包み込むようにうねり、輝いた。

 白い光は僕の中、奥底へと潜り込むように体の中へと消えていく。


 ぎょっとして、自分の体を見たが何も変化はなかった。痛みも何も感じない。


「……」

 

 それにしても。

 これは魔法、でいいのだろうか?

 結局のところ、僕はこの光がなんなのか知らない。

 この青のローブの男性と、白い聖職者の女性からあふれた光はなんなのだろう。

 僕の体に消えた光は? あの魔方陣のような幾何学模様は? 僕には何一つわからない。


 ただ、僕が今わかるのは。

 今もなお、宙に舞う大きな緑の光は、二人が出す光とはということ。


 なぜだかわからないが。

 あの緑の光には意思のようなものを感じるのだ。それが、他の光とは決定的に違う。


 二人が杖を下した。どうやら魔法? は終わったらしい。僕からしたら何の変化もないので、二人が何をしたのかよくわかってないのだけれど。

 壮年の男性が神妙に口を開いた。


「御曹司、我々の顔は見えてますかな?」


 僕はこくり、と頷いた。

 男性はふむ、と顎に手を置くと母のほうを向いた。


「コルネリア様、御曹司の体に特に大きな問題はありませぬ。目も見えているようですし、現状私から行える治療などはありませぬ」


 男性がちらりと、白い聖職者の女性に目を向けた。女性が頷く。


わたくしもラーズ殿と同じく、ですわ。グレイズラット様の精神体アニマに大きな問題はありませんでした。わたくしからも、現状行える治療はありません」

「問題はではありますが。視力に問題はないようですから。原因については、我々からはなんとも……」


 ラーズと呼ばれた男性が、困ったように皺を増やした。母は心配そうに僕の目を覗き込んでくる。


「御曹司、本当に目は見えているのですな?」


 男性の言葉に僕は頷く。再三の質問。

 僕の目は、何かおかしくなってしまったのだろうか?

 目に見える景色は倒れる前と何ら変わらないけれど。


「しかし、それにしても……」


 妙齢の男性ラーズが、僕を見て目を細めた。


「かの、王女を見ているかのような明眸めいぼうですな。神が宿ると言われし、黄金色の瞳は実に美麗だ。これが、生まれし時のものならば、なにも言うことは無いのだがのう……」


 彼の言葉がなぜだろう。

 いつまでも、僕の耳に残り続けたのだった。

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