第487話 無為転変(バーデン)
アデルたちとアーロフの一行はバーデンの町のラーベル教の教会へと向かっていた。そこはバーデン城の近くにあり、周辺には大勢のカザラス兵が集結している。町の住民も多くが避難してきており、通りを埋め尽くすように人の群れがあった。すっかり暗くなった夜空の下、人々は手にした松明の光で赤く照らされていた。
カザラス兵たちは近付いてくるアデルたちの姿を見てどよめく。
「お、おい、あれがまさか神竜なのか?」
「美女に化けて男を惑わすと聞いていたが……」
「でもやたら子供が多いぞ。そういう趣味の奴が多いのか?」
カザラス兵たちが口々に噂を口にした。
「静まれ! これより俺を殺害しようとした容疑でラーベル教会の捜索を行う。お前たちは待機していろ」
アーロフが呼びかけると、カザラス兵たちに動揺が広がる。
「アーロフ様を?」
「だからって神聖な教会に……?」
「そもそもなんで神竜と一緒にいるんだ?」
カザラス兵たちは基本的にラーベル教徒であり、アーロフの言葉に抵抗があるようだった。
「お待ちください」
その時、騒ぎを聞きつけたのか教会の中から十人程の神官衣を来た男たちが姿を現す。
「ワルターか……」
アーロフはその先頭に立っている男を睨んだ。その男はワルター、アーロフと一緒に軍艦でバーデンにやってきたラーベル教の司祭だった。
「ずいぶん成金な感じの人だな……」
アデルはワルターが身に着けている多くの装飾品を見て呟いた。
「気を付けろ。あれは魔石のようじゃ」
「魔石!?」
ピーコの警告にアデルは驚く。
「ま、魔石って古代魔法文明でしか作れないんじゃないの?」
「ちんけなものなら誰でも作れるじゃろ。実際、大した量の魔力は込められていないようじゃ」
確かにワルターが身に着けている宝石類が放つ魔力は微弱で、アデルも言われてようやく気が付いた程度だ。
名前:ワルター
所属:ラーベル教会
指揮 65
武力 42
智謀 73
内政 70
魔力 64
(本人の魔力もめちゃくちゃ高いぞ……!?)
ワルターの能力値にアデルは驚いた。
「ちょうどいい。これより教会を捜索する。お前の身柄も取り押さえさせてもらうぞ」
「ふっ、ご冗談を……」
アーロフの言葉をワルターは鼻で笑い飛ばした。
「それはこちらのセリフです。アーロフ様……いや、アーロフ。反逆罪で貴様を捕らえさせてもらう!」
ワルターは勝ち誇った様子でアーロフを指さす。
「……なんだと?」
「魔物や神竜と手を組み、帝国に仇なそうとしていることは明白! 見よ、皆の者! 今の仲睦まじい様子を見ればどちらが正義かは一目瞭然であろう!」
ワルターは大声でカザラス兵や住民に訴えかけた。
「馬鹿馬鹿しい。あの魔物を送り込んで俺を殺そうとしたのは貴様らだ。俺が帝国を裏切ったというなら、攻撃の手を止めずにいまごろお前たちは死んでいるはずだ。我々を救ってくださったのはこちらにおわす神竜様方に他ならない!」
アーロフも負けじと怒鳴る。カザラス兵たちは顔を互いに見合わせ、逡巡している様子だった。
「どうした!? この神敵たちを倒せ!」
再びワルターが叫ぶ。するとカザラス兵や住民や意を決したようにアデルたちのほうへ近づいてきた。
「やめろ! 我々に向かってくる者は反逆者と見なし、斬り捨てる!」
アーロフが叫びながら剣を抜くが、人々の歩みは止まらなかった。
「わ、わ、わ! ど、どうしよう!」
アデルはアワアワと慌てふためく。
「ここは我々が引き止めます!」
武器を構えたトビアスが叫ぶ。アーロフの私兵たちがその両脇に並んだ。
「みんな、教会の中へ!」
ラーゲンハルトが教会を指さす。教会は石造りなうえに出入り口が限られており、籠城にはうってつけだった。
「……させるか」
だがその隙にワルターが手で印を組み、呪文を唱えていた。
「
ワルターの言葉とともに、かなり強い魔力が発せられた。アデルは思わず身構える。
「う、ぐわぁぁっ!」
しかし悲鳴を上げ悶絶し始めたのはワルターの周囲にいた神官たちだった。
「へ?」
アデルは唖然と彼らを見る。最初は苦しんでいるだけに見えた彼らの体が神官衣の中で急激に膨れ上がった。
「キモッ……」
デスドラゴンが顔をしかめる。神官たちの身体は救命騎士団のように大きくなり、その顔は空気を淹れられた風船のように膨らんでいる。飛び出そうな目があらぬ方向を向いており、口からはよだれが流れ出ていた。
「な、なんだこれ!?」
その醜悪な姿にアデルが悲鳴にも似た声を上げる。
「おまえたち、後は頼んだぞ! 救命騎士団に使うはずの魔力をお前たちに注ぎ込んだからな!」
ワルターはそう言い残すと教会の中に走り込み、扉を閉ざした。
「見ろ! これが教会の真の姿! 魔物を操るのはラーベル教会も同様なのだ!」
アーロフが近付く人々に向かって叫ぶ。それによって躊躇する者もいたが、多くはそのまま向かって来ていた。
そしてその声に反応したのか、変異した神官の一人が人間離れした跳躍力でアーロフに襲い掛かった。
「くっ!」
アーロフは剣でその一撃を受け止める。だが攻撃は防げたものの、その威力に剣を落としてしまった。
「化け物か!?」
思わず声を上げるアーロフ。神官は素手だ。剣で受け止められれば、普通は攻撃した腕のほうが斬れてしまう。しかし異常に発達した筋肉のせいで硬化しているのか、腕はわずかに切れただけだった。
「アーロフ様!」
トビアスがその神官に切りかかる。
「なっ!?」
鋭い攻撃が神官の方に命中する。だが普通なら人を真っ二つにするほどの一撃も、剣が胸元まで切り裂いたところで止まってしまっていた。
「ぐばぁっ!」
神官が奇声を上げ手を振り上げる。剣を肉に取られてしまったままのトビアスにその攻撃は避けられなかった。トビアスは思わず目を瞑る。
「危ない!」
しかしアデルの声が聞こえたかと思うと、トビアスの顔に熱い液体がかかった。覚悟していた痛みは来ない。目を開けると上半身を失った神官の下半身が、血を噴き上げながら立ち尽くしていた。
「二人とも大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ……」
剣を構えながら問いかけるアデルに、アーロフとトビアスが生返事を返す。
(あれを一撃で切り裂いたのか……?)
アデルが強いという噂は聞いていたが、それを目の当たりにして二人は唖然としていた。
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