第33話 図書館にて

 図書館に到着し、入館。

 装飾が華美な二階建ての建物の中は、中央が吹き抜けになっていた。

「ここが、ものがたり図書館……」

「娯楽系の本が多いんだとよ」

 もっと大きな図書館が第二都区にあるらしいが、向こうは歴史・文化系の本が多く、研究者御用達といった感じだそうなので、ここで問題ないだろう。

「なんだか涼しい」

「ああ、寒いくらいじゃねえか?」

 冷んやりとした空気が体中に染み渡る。おそらく魔氷石によって空調設定が管理されているのだ。

「それで……子供の作り方を書いてある本はどこにあるのだろう」

「どうだろうな。『教育』のコーナーあたりかもな。あと、あんまり外で子供の作り方とか言うな」

「……? まあ、これからは気をつける。ではとりあえず、探しに行こう」

「あー、オレは適当に他のところ見てるから、レイン一人で行ってこいよ」

「……わかった。後で、貸し出しカウンターの前に集合しよう」

 言うが否や、よほど気になるのか早足で探索に行くレイン。

 作り方を知って、どういう反応すんだろ。気まずいなぁ……。

 ともあれ、先のことは後で考えるとして。

 個人的に気になっていた『生物』のコーナーに向かう。

 ……お、あったあった。

 『冒険者必携! 異形(ヴァリア)大図鑑』。

 異形(ヴァリア)を生物扱いしていいのかは知らないが、冒険者登録の際に持っておいて損はないとギルド職員からオススメされたのだ。

 その後、書店を見に行ったら思っていた三倍の値段だったので(一冊一万二〇〇〇ヴェン。現在五巻まで発売中)、泣く泣く諦めたけれど。

 ピーター・マウスのような悲劇をちょっとでも回避するためには、やはり知識を身につけておくことが重要だ。

 ……もっとも、いざ『子供の作り方』という本を持ってきたとして、それを一冊だけ彼女に貸し出し申請に行かせるのは避けたかったという意味合いの方が強いかもしれないが。

 とりあえず一巻だけを手に持ち、カウンター前でレインを待つ。

 ……一〇分は経っただろうか。二冊の本を持って、レインが帰ってきた。

「目当てのもんはあったか」

「うん、これ。『実録 赤ちゃんの作り方』だって」

「実録⁉︎ お前、もう中読んだのか⁉︎」

 なんだその危ねえタイトル!

「いや、まだ見ていない。立ち読みはマナー違反だから」

「そ、そうか。で、もう一冊はなんだ?」

 これ以上は触れないようにして、もう片方の本が何かを尋ねる。

「これは英雄譚——自分が昔好きだった『仮面の騎士』という作品だ。懐かしかったので、つい手に取ってしまった」

「へえ。タイトルを聞くに、騎士様の物語か。女の子はそういうの好きそうだよな」

「男でもハマる面白さだと思う。人気作だし、すでに一冊借りられていたから危なかった」

「そりゃたしかに人気作だ。まあ、英雄譚は好きだし、レインが読み終わったらオレも読んでいいか?」

「もちろん。むしろ読んでほしい。物語をまた一緒に語り合いたい」

 嬉しそうに勧めてくるレイン。

 ……。

 また、と彼女は言った。

 そういえば、過去のオレも英雄譚が好きだったってアッシュが言ってたな……。

「……っ、すまない。ヒロが困ることを言った」

 物憂げな顔が出てしまったのだろうか。何か察した彼女は謝ってくる。

「いいって、そんなこと。借りるの決まったんなら、とっとと借りてこようぜ」

「そう、しよう。ヒロの本も貸して。私が一緒に借りてくる」

「おう。頼む」

 なんだかなー、と思いつつ。

 ちょっと焦ったような彼女の背中を見送った。


 陽は、頂点に登りきっていない。つまり、昼食にはまだ早い時間帯ということである。

 ようやく慣れてきた涼しい空間から抜け出たオレとレインは、喫茶店に赴き、そのテラスで紅茶を飲みながらくつろいでいた(レインが同僚から割引券をもらったとのこと)。

 特に他の用事があるわけでもないので、すぐに帰ってもよかったのだが、どうせここまで出てきたんなら昼食も食べていこうと相成ったわけだ。

 その昼食までの時間潰しとして、借りてきた本を読んでいるわけだが……。

 正直言って。異形(ヴァリア)の習性なんてものは、欠片も頭に入ってきやしなかった。

 それもそのはず。レインが『例の本』を堂々と目をかっぽじって読んでいるからだ。

 そっちは帰ってからにしようぜというオレの意見は、『気になって仕方がない』というキラッキラに輝かしいレインの瞳に封殺された。

「なるほど……そういう、こと」

 深い口調でレインは言った。

「知りたいことは、わかったか?」

 恐る恐る、尋ねる。

「ああ。まさか性行為によって子供ができるだなんて……少し、ショック」

「お、おう。まあ、人体は複雑だからな。……って、お前そのせ……は知ってたのか?」

「あまりばかにしないで。それぐらいは知っている」

 なんだと……。知識の振れ幅がわからん。

 …………それはそれとして、気になることが、ひとつ。

「じゃあ、その、経験があったりするのか?」

「…………」少し、彼女の口は開いたが、音は発せられない。「……」

「レイン……?」

 無言に、かなり気まずくなる。明らかに余計なこと聞いたな……と後悔していると——。

 くふふっ、とレインは笑った。

「まったく、女の子にそんなことを聞くなんて、ヒロは最低だ」

「……すまん」

「いいよ。教えてあげふ。性行為等の訓練は特別受けてないから、自分に経験はない」

「そう、かよ」

「だいたい自分を見てれば、わかるだろう。……こう見えて恥ずかしいという感情も、ある」

 かすかに目線を逸らすその様には、たしかに恥じらいというものがこもっていて。

「安心した?」

 聞かれ、

「違えよ。ただ……世間知らずのお前が変な男に騙されてなかったか気になっただけだ」

「世間知らずに関しては、あなたに言われたくない」

「うっ……」

 今のオレには、ぐうの音も出ない正論だった。

 どうしようもなくなって、仕方なく手持ち無沙汰に紅茶をすすっていると……、


「——レインちゃん。子供が欲しいの?」


 底抜けに、明るい声。視界に入るは、キューティクルなメイド服。

 件の男の娘森人(エルフ)——レンが、興味津々といった感じでレインの手元を覗き込んでいた……。

「……レンがどうしてここに?」

 大した驚いた様子もなく、レインは尋ねる。

「じゃーん! これだよ、これ! リン姉ちゃんからもらったでしょ?」

 さて、それは喫茶店の割引券だった。

「もらった」と、レイン。

「休みの日だし、僕もお姉ちゃんと一杯飲みに来たんだよ。いや〜、みんな考えることは同じなんだねえ、うん」

「……仲良い姉弟だよな」

 思わず、心の声を漏らしてしまうと、

「そりゃあ、『双子』だからね。・仲の悪い双子なんていないよ・! そ・れ・よ・り・も、君とレインちゃんの仲の方が気になるんだけど⁉︎」

「落ち着け落ち着け」

 相変わらずテンション高えな、こいつ……。

 オレは彼の鼻息が荒さに少し引いてしまう。

 と、レインがちょいちょいっと、

「ねえ。彼女たちとヒロはいつ知り合った?」

「あー、前にちょっとな」

「前? それはいつだ?」

「いつ? えーと、いつだったっけ……って、どうでもいいだろそんなこと」

「どうでもよくない」

「はあ?」

「あ、そうだ! レインちゃん。一回だけでいいからヒロくんを女装させてみていい? 絶対に似合うとかじゃなくて、もう女の子になれると思うからさ!」

「その話は後。で、どうなの? ヒロ」

「お願い、ヒロくん! 一回だけでいいからちょっとその髪を弄らせて——」

 限界が来た。

「だーっ! お前ら、いっぺんに喋るんじゃねえ! オレがそんな器用な人間に見えんのか!」

「うわっ、びっくりした……」「……っ」

 大袈裟なリアクションのレンと、目をパチクリとさせるレイン。

 まずどっちを対処するか瞬間的に思考に入った直後——、

「コラ‼︎ レン、何をしてるんです!」

 聞き覚えがあるけれど、聞き慣れない声が。

 案の定、リンが「姉」の顔をしてズカズカと近づいてきた(プライベートであるはずなのに、彼女もやはりメイド服姿だった)。

「どうして……どうしてあなたは空気を読むということができないんですか?」

「あ、あれ〜? リン姉ちゃん、なんで怒ってるのさ」

「なんでも何もありません! 男女の仲睦まじい空間に第三者が入るなんて言語道断です!」

「別に邪魔したわけじゃ……」

「言い訳無用!」

「う……はい」

 ショボンとするレン。悔しいがとてもいじらしい。

「ごめんなさい、レイン。うちの弟が………………本当に、大事なお話をしているときに邪魔してしまって」

 ……なぜか、リンの目線がレインの手元の本を見た途端固まった気がするが、気にしたらダメだ。

「それは構わない。だが、リンはヒロといつ知り合ったのだ?」

「ええと、確か三週間ほど前に、キサラギさんがお店に挨拶に来てくれたんですよ。その時は直接お話ししてはないんですが……そうですよね、キサラギさん?」

「ああ、そうだった。間違いねえ」

 助け舟に迷わず首肯する。

「わざわざ律儀ですよね。だから、レイン。心配しなくてもお店の女の子とは何もありませんから大丈夫だと思いますよ?」

「そう、……教えてくれて助かった」

「いえいえ」営業スマイルだかなんだかわからないような微笑を浮かべているリンは、「……あ、キサラギさん! アッシュさんによろしく伝えておいてくださいね。いつでも待ってます、って」

「伝えとくよ」

「ありがとうございます! それでは、失礼しますね。ほら、レン。行きましょう」

「わかったよ〜。じゃあ、またね、お二人さん。お幸せに〜!」

 と……、半ば強引に、森人(エルフ)の姉弟は去っていった。

「ほんと、変わった姉弟だぜ……」

 アクの強い知り合いがいると、ほとほと気疲れする。

 一方で、あなた周りには、どうして女が多い……、とレインは呟いていた。

 知らん。少なくともオレのせいじゃねえ。

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