2 お嫁さんみたいだね

 東条桜子。


 品行方正、頭脳明晰、スポーツ万能。


 長所を上げれば枚挙にいとまがない。


 おまけに、顔立ちは素晴らしい美少女だ。


 黒髪のロングヘアーも相まって、まるで漫画の中から出てきたような、そんな輝かしさを持つ美少女。


 おまけに人柄もよく。


 男女問わずに愛される学園の人気者だ。


「ちょっと、春日くん。ネクタイが曲がっているわよ?」


 今日も今日とて、東条はとなりの席から俺のことを厳しい眼差しで見つめて来る。


「す、すまん」


「全くもう、こっちを向きなさい」


 俺は言われて東条の方に振り向く。


 すると、彼女は俺の制服のネクタイをきゅっきゅと手直しした。


「はい、これで良いわよ」


「あ、ああ。サンキュ」


「全く、これくらい自分でちゃんとしなさいよ」


 俺たちがそんな会話をしていると、


「何々、桜子ちゃん。何かお嫁さんみたいだよ」


 クラスの女子がニヤケながら言う。


「へっ? そ、そんなことないわよ」


 東条は誤魔化すように微笑む。


「良いなぁ~。俺も桜お嬢に嫁さんしてもらいたいぜ」


「俺も~」


「ちょっと、みんなしてからかわないで」


 東条は完璧な人気者スマイルでみんなを和ませていた。




      ◇




 そして、昼休み。


 俺は前と同じ校庭の片隅のベンチに座っていた。


「お待たせ、春日くん」


 東条がやって来た。


「おう。ていうか、腹ペコなんだけど」


「ちょっと、待ちなさいよ」


 東条は半ばため息を漏らしながら俺の隣に座る。


 ベンチの上に可愛らしい包みのモノを置くと、それを解いた。


 パカッとふたを開けると……


「うわ、すごいな」


 そこには色とりどりのおかずが入っていた。


 ごはんには桜色のふりかけがほどこされている。


「どうぞ、召し上がれ」


「あ、いただきます……」


 俺はおずおずと食べ始める。


 東条も自分の分の弁当を食べ始めた。


「お味はどうかしら?」


「うん……美味いよ」


「今の間はなに?」


「いや、本当に美味いって。ビックリしたんだよ」


「そう、ありがとう」


「けど、二人分も作って大変だったろ? メシ代払うから」


 俺はサイフから小銭を出そうとする。


「良いの、これは私が好きでやっていることだから」


「でもさ……」


「花嫁修業だから、気にしないで」


 東条はニコリと笑って言う。


 いや、大いに気にするのですが……


 ふと、桜の花びらが肩に落ちた。


「あ、桜がきれいだな」


 俺が言うと、


「へっ?」


 ふいに、東条が頬を赤らめる。


「どうした?」


「あ、ごめんなさい。私の名前も桜子だから、つい……」


「あ、ああ」


 俺は指先で頬をかく。


「お前もきれいだぞ」


「はぅ!」


 東条は胸を撃ち抜かれたように呻いた。


 そして、ガクリとうなだれる。


「……か、春日くん……私を殺す気?」


「いやいや、そんなつもりなんて……」


「気を付けなさい。好きな男のセリフ一つ一つが、女にとっては凶器なんだから」


「迂闊に喋れないな。じゃあいっそのこと、俺もお前に毒舌してみるか」


 俺はコホンと咳払いして。


「いつも偉そうな口を利いてるんじゃねえよ、エリート女」


「うぅ……」


 東条がじわりと涙を浮かべる。


「ごめんなさい、私、好きな人に素直になれなくて……」


「わぁ、ごめん! 嘘だから!」


「本当に? 私のこと嫌いじゃない?」


「嫌いじゃないよ」


「じゃあ、好き?」


 問われて、俺は「うっ」と呻く。


「好きじゃないんだ……」


「いやいや、好きだよ。愛してる」


「えへへ。未来の旦那さまに褒められちゃった」


 くそ、こいつ。


 マジで可愛いな。


 ていうか、こうしてまじまじと見ると、意外と胸もあるし。


 もっとスレンダーなイメージだったから。


「気になるの、私の胸?」


「あっ、いや……」


「まだダーメ♡」


 東条は胸を両手で隠して言う。


「あ、ハハハ」


 とりあえず、俺は笑っておいた。






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