十の話

 李花は未明びめいの後ろを歩いていたはずなのに、いつの間にか横並びになり、気づいたら手をつないでいる。

 未明は、李花の荒れた手を、温かく滑らかで大きな手でつないでくれる。まるで、我が子を愛おしむかのように。

浅谷宿あさやのじゅくに着いたら、薬屋をあたってみよう。軟膏があるといいね」

 未明は李花の荒れた手を気にしている。李花は俯き、一応頷いた。

 手荒れはいつものことだから、李花は気にしていない。未明が気にする必要はないのに。でも、未明の親切心を無碍にすることもできない。出会って日が浅いのに、まるで昔からそうしているかのように李花を大切に扱ってくれる。

 つながれた手が温かくて、温もりを分けてもらえることが嬉しくて、でも申し訳なくて、もう十二だというのにまるで幼子のようで恥ずかしくて、李花は成長の遅い胸に様々な思いを抱えてしまう。



 浅谷宿あさやのじゅくに着くと、未明は早速薬屋を探してくれた。しかし、味噌でも塗れば治る、と相手にされず、追い出されてしまう。

「ちくしょう、あの禿爺はげじじいめ。味噌でも塗った手で頭を撫でてやろうか」

 未明が眉をしかめて低い声で毒づく。薬屋本人の前ではなく、昼餉に飯屋で“ほうとう”を食べながら。

 本城宿ほんじょうのじゅくで言われた“口が悪い”とはこのことなのか、と李花は受け入れた。

 浅谷宿のほうとうは、李花が話に聞いたことがあるほうとうと異なっていた。

 太いうどんを野菜と煮込むのは変わらない。味つけは、話に聞いた味噌ではなく、醤油。南瓜かぼちゃはなく、葱がたっぷりとろとろになるまで煮詰められている。本城宿の“つみっこ”とはまた異なる味に、李花は舌鼓を打った。自分は食べられれば気にしない性格だと思っていたが、どうやら多少は気にするようだ。

「おいしい?」

 未明に訊かれれば、李花はこくりと頷く。

 形の整った未明の眉が、穏やかに下がった。そのときだった。

「あのばばあ、男の格好なりをしてやがる。そんなに孫が大切か」

 誰かが嘲笑う声に、未明は肩で反応した。

「違います。きっと、あなた様ではありません」

 李花は声を絞り出す。自分から話しかけるのは慣れない。しかも、未明のことを何とも呼んでいないことに、今気づいた。

「李花は気が利いて優しいね」

 未明は穏やかに微笑み、箸を置き、手を伸ばして李花の頭を撫でる。しかし、体の向きを変え、声の主を目で射る。

「誰だ、婆とか言った奴は!」

 卓を囲んでいた数人が、どよめいた。婆じゃねえのかよ、と誰かが残念そうに言う。そこから、未明と男達が口論になり、未明が勢いづいて吐き捨てた。

「表に出ろ! 相手してやるぜ!」

 どすをきかせた声で、利き手の中指を立てるお下品な仕草をして。

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