第4話  史上最悪な騎士のディープなキス(3)


「あらためて、僕はジョイセント・エニセイア です。この第五軍で中隊長をしています。ジョイと呼んでください。」

イケメンさんはそう言ってニッコリ笑ってくれた。


つややかな銀の髪は少しくせっ毛で端整な顔立ちだ。

少したれ目ぎみの緑の瞳が彼の優しい雰囲気にピッタリでモテそうだなと思う。



「お嬢さんのお名前は?」

「ルシャです。」

「いやー。イチ大佐の顔を殴った女の子を初めて見ましたよ。勇気がありますねー!」


イケメンは楽しそうに笑いながら、特大のマグカップにいれた紅茶を持ってきてくれた。通された部屋は食堂のようで、大きなテーブルとたくさんの椅子がある。


ランチの時間らしく、大勢の騎士たちがスパイシーな香りの肉の炒め物をガツガツ食べていた。

部外者が珍しいのだろうか、コワモテな騎士達にジロジロ見られるとまた怖くなってくる。


花のような香りがする紅茶を一口飲むと、ようやく少し落ち着きを取り戻した。

そしてやっぱり早く逃げなきゃと思う。

お金より自分が大切だ。


「あのっ、私、そろそろ失礼しま……。」と言いかけた時、あの筋肉ムキムキ男が食堂に入って来た。


猫背な感じでポケットに手を突っ込んでドスドス歩いてくる。

すると驚いたことに、そこにいた屈強な男たち全員が立ち上がり、

「お疲れ様です!」と大声をそろえた。


「おー。」


低く短く答えた男は私の正面にドスッと座った。さっきは全裸だったけど、今は上に黒いタンクトップと下に軍服らしきカーキ色の汚いズボンを着ている。


腰に見たことがない剣をさしていた。この筋肉ダルマには不似合いな細身の剣で、長短二振りを左にさしていた。切っ先が緩く弧を描いている。



自然な仕草でイケメンが差し出した紅茶をすする。

「酒ねーの?」


「基地内禁酒にしたの大佐でしょー。」


「うー?そうだったか?。」


「もう忘れたんですかー?」


「ほんでこのガキなんなんだ?」


「いやいや、聞きたいのは僕の方ですよ。かわいそうに。泣いてましたよ。」


他の隊員に聞かれても良いものなんだろうか?

なぜか私の方が心配するくらい普通に二人は話している。


まともに見ていなかった筋肉モリモリ男をよく見てみる。

年はやっぱり30歳すぎくらい。短く刈り上げた黒髪は寝癖がつきっぱなし、みるからにだらしない。清潔感ナシ。


眉間にシワを寄せてこっちをにらんでいる黒い瞳は、この辺りでは珍しい。

けっこうな大男で、タンクトップからのぞいている腕や胸の筋肉は、日焼けしてひき締まっていた。


ワイルド系だ。魔法騎士には見えない。ぜっんぜん見えない!


貴族の魔法騎士が大通りを凱旋する姿を見かけたことがあったけど、線が細くて綺麗でカッコ良かった。こんな肉弾派オジサンじゃなかった。

嘘でしょ!?



「俺、娼館で寝てるって勘違いしてたんだよな。朝、目が覚めてもう一発って思ってたらちょうど手の届くところにコイツがいてさ、サービスいいなぁこの娼館って思ったのになぁ。」


サービス!?酷い事しておいて、何言ってんのこの人!

と思いつつも、ともかく逃げ出す算段をする。

早くここを出たい!


「オマエ、何でオレの部屋に勝手に入ったんだ?」


「あーそれについては、ジング爺さんに聞きました。


取り立て人がわんさか来て、いちいち対応するの面倒だって言ったら、


『取り立て人には自分の部屋から勝手に持って行かせろ!』


と大佐に指示されたそうです。」


「そーだっけ?どーりで部屋に毛布も何もないはずだ。俺、洗濯物にくるまって寝てた。」


「もー。ホントにしっかりして下さいよー。」

イケメンさんが呆れている。

やれやれという顔もイケてる。


「お金さえ回収させてもらえれば、もう結構ですから、200万ギルお支払い下さい。」


「オレ金ないわ。ってか俺の財布をしばらく見てないんだがジョイ、オマエ知らね?」


「僕はそもそも大佐のお財布を見たことないです。」


「おかしいなぁ。俺って高給取りのはずなんだけどなぁ。」


「ボッタクられてるんですよー。娼館と女の子と賭博屋にー。」


「ひでーなぁ。俺マジで国のために命懸けて働いてるのにさ。」


「お金の管理はちゃんとして下さいよー。借金五億ギルくらいあるでしょ?」


「マジか!?やべーな。」


「ヤバイっすよ。」


「おいガキ!ということでさ、今、金ねーわ。来月の給料日に取りに来いや。」

そう言って立ち上がろうとする筋肉痴漢露出狂男に、私は無性に腹が立ってきた。


娼館の女の人に間違われ、押し倒され、酒とタバコ臭いディープなキスもされ、その上お金も回収出来ず、恐ろしいモノを見せられ、来月また来い!?


なんなんだこのオジサンは!?

私の怒りが爆発した。

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