第1話 渡部玲奈と本田仁の場合 2

(本編の前にお知らせです。

間違えて書き直し前の古いデータでアップしていたので、一旦削除して、1と2をアップし直してます。

話の内容は変わりありませんが、少し描写が変わってます)



 玲奈と同じ雑誌担当の結城ゆうきと文芸担当の藤沢ふじさわが姿を見せた。何の話をしているんだろう。二人は肩を寄せ合いながら笑っている。

 結城と藤沢は玲奈に気づくと挨拶をして、事務所に入って行った。中の人員が飽和状態になったのか、愛実と本田が出てくる。


 今日の朝番はこれで全員のようだ。日によって人数が増減するのだけれど、雑誌担当から三、四人、文芸や文庫担当から一、二人、返品担当は近藤一人なので、近藤が出勤する日は近藤も朝番だ。

 雑誌は、玲奈、愛実、結城、リーダーの本田の四人で、全員が朝番である。だけど、それぞれに休みの日があるので、常に四人全員が揃うわけではないというところだ。


「結城くんもすぐ来ると思うから、先に行きかけてよっか」


 愛実の言葉に玲奈はうなずき、近くに置いてある台車に向かった。すでに本田が先に行き、前から台車を引いている。

 台車と言っても、幅一メートル、長さ二メートルほどの大きなもので、三方には格子状のポールが囲んでいる。ポールを持って押したり引いたりして動かす。


 台車には返品に回す雑誌が乗せられていて、これを持って倉庫に向かう。戻ってくるときには、この台車に新刊の雑誌を積んで来るのだ。

 玲奈と愛実も後ろから押して、従業員エリアへと向かう。結城は走って追いついてきた。


 倉庫には本日発売の本がすべて届いていた。書籍は昼番の人が検品をするので後回しで、今は雑誌の検品だけ行う。

 雑誌の束をジャンルごとに分け、紙に書かれた入荷数と実際の数があっているか数えていく。


 その間に、近藤と結城が返品の雑誌を返品作業台に移してくれて、検品が終わると空いた台車に新刊の雑誌を積んでいく。といっても、全てではない。

 入荷したのは一ヶ月かけて売る雑誌なので、とりあえずは売り場が埋まる分と事務所に置くストック分を少し持っていくだけだ。残った雑誌は倉庫にしまっていくのだけど、その作業は後回しだ。開店時間の七時が迫っている。


 売り場に戻ると、雑誌担当以外の従業員も全員が台車に集まり、雑誌の束を売り場に持っていく。付録のある雑誌だけはレジ付近に運ぶ。

 そうやって先に雑誌を運んだら、束をくくる紐やビニールをハサミで破って開封し、空いたスペースに並べていく。


 そうこうするうちにシャッターは開けられ、早いことにスーツ姿のビジネスマンが店内に入ってくる。

 藤沢は朝一でレジの仕事があるので、レジの仕事をしながら、手の空いたときに付録付けを手伝ってくれる。

 一通り雑誌を並べたら、他の雑誌担当もワゴン台を作業台代わりにしながら、雑誌に付録を挟んで紐で縛っていく。できた分から、すぐに売り場へ出す。


 レジは混みだし、玲奈や愛実もレジに入る。あっという間に列ができてしまったレジをさばき、ようやく客が途切れた頃に、出勤してきた昼番さんとバトンタッチして休憩だ。

 時刻は九時半。

 休憩は十時半まで一時間だ。この時間に朝ご飯を済ます人が多く、玲奈もコンビニで買ったおにぎりを休憩室で頬ばった。


 休憩が終わると、すぐにレジの仕事が入っている者以外は倉庫に向かう。レジの担当表は事務所に置いてあり、自分の担当の枠でレジに入る。

 今日は愛実が休憩明けすぐにレジ担当となっており、先に戻った。リーダーの本田は発注作業などリーダーだけの仕事があるらしく、倉庫に寄らずに事務所へ戻ってしまった。

 ということで、倉庫には玲奈と結城の二人がいた。


 倉庫の中は壁と扉で簡易に区切られ、そのうちの四つが書店のスペースで、四つのうち一つが雑誌に割り当てられている。そこに仕舞っている雑誌のうち、次の発売間近になっている雑誌の余剰分は返品に回し、今日届いた雑誌を中に片付ける。

 これがほぼ毎日繰り返されるルーティンの仕事だ。


「じゃ、オレは先に戻ってるわ。返品よろしく」

「えっ」


 返品の雑誌を作業台に運んだところで、結城からそう言われ、思わず声が出た。


「どうした」

「あ、いや」


 返品の仕事を一人で押しつけられたことに驚いたわけだけど、正直に言うわけにもいかない。玲奈は目を泳がせながら、代わりの言葉を探した。

 そして、ふと気づく。返品作業というのは近藤の仕事なのではないのか、と。


「……近藤さんは?」


 休憩後に倉庫に来てから一度も姿を見ていない。周りを見ても、当然ながらそれらしい姿はない。


「返品って近藤さんの仕事ですよね。どこに行ったんでしょう」

「さあな。どこかで休憩してるのか、先に上がったのか」


 結城も辺りを見ながら首を傾げた。


「先に?」

「ああ。近藤さんはオレらと同じ十三時半までの勤務だけど、仕事がなくなったら早く帰ってもいいらしい」

「え、でも、まだ返品ありますよね」


 作業台には、今し方運んだ雑誌と、検品時に売り場に出さずに返品すると決めた書籍が積まれている。

 雑誌以外の売り場の担当者の多くは昼番か夜番なので、まだこれから出される返品本もあるだろう。

 結城が困ったような顔をした。


「うーん、まあそうなんだけど。一旦仕事がなくなったら、暇で帰っちゃうんじゃないかな。この時間にはいつも近藤さんいないんだ」

「そうなんですか」

「ということで、よろしく」

「あっ」


 結城はキラリと光る白い歯を見せてにっこり笑うと、引き留める間もなく早足で倉庫を後にした。

 その背中を見ながら、ため息をついた。


 働きだしてから、ずっとだ。

 愛実は元々、大学生ということで出勤が少なく、レジがなくても結城と玲奈の二人で返品作業となることが多い。


 最初は、仕事を教えてもらいながら一緒に作業をしていたけれど、難しいことではないので一度、二度で覚える。三度目からは一人で任されるようになった。

 一人で任されるということは、わたしが返品の仕事を覚え、教える必要がなくなったということだ。でも、なぜ一人でなんだろう。

 返品作業というのは、体力仕事である。それを女性一人に押しつけるのだ。もしかしてこれは結城が楽をしたいだけじゃないのか、と思うようになった。


 別に早く売り場に戻らなければいけない理由はない。結城にレジの仕事が入ってないことは確認しているし、雑誌の補充だって、そう急ぐ必要はない。売り場に出ていた分がすべて売れてしまった雑誌があったとしても、雑誌担当が不在の間は他の人が事務所から売り場に移すことはできる。


 玲奈は折りたたまれた段ボールを広げると、中に雑誌を詰めていく。付録は雑誌の間から取り出し、段ボールの隙間を埋めるのに使う。

 段ボールの中で雑誌が動くと雑誌を傷めるので、できるだけ隙間なく詰めると、ガムテープで封をする。

 そうやって返品段ボールを三箱作ると、玲奈は持ち上げた。


「重っ」


 返品作業台から近くの返品段ボール置き場に運ぶのだ。本は重いので腰にくる。先ほどの結城の笑顔を思いだすと、ムカムカが募っていく。

 結城は顔だけはいい。


 男性アイドルのような甘いマスクで、書店の女性陣からも人気があり、もりわき書店関西空港店の王子様的存在だ。

 顔のいい男というのは、見てるだけでも目の保養だし、気持ちが楽しくなる。最初は、一緒に働けることが嬉しかった。


 でも、数回一緒に働くと、中身が伴っていないことに気づいてしまう。結城に騒いでいる女性は、直接的には一緒に働いていないせいで、結城の性格まで把握していないのだろう。

 玲奈はもう一箱持ち上げ、「男のくせにっ」と結城への不満をもらしてしまう。


 男女平等とは言っても、実際のところ、男女では体格や筋肉量が違う。こういった体力仕事はどうしても男性の方が向いている。もちろん、玲奈だって仕事なんだから、きちんとやるつもりはある。でも、体力のある男が仕事をエスケープして、体力のない女の玲奈一人でやらされるのはどうかと思う。


 仕事はきちんと教えてくれるし、気さくに話しかけてくれる。普段は決して嫌な人ではないんだ。ただ、たまにずる賢く仕事で楽しようという部分があり、それが続くとさすがに鬱憤がたまってしまう。


 腰に来る重みに堪えながら、玲奈は一歩を踏み出そうとしたところで、いきなり声をかけられた。


「渡部さん、貸して」

「え?」


 作業台は壁際にあり、玲奈は壁に向かって立っていたので、誰かが来たことに気づいてなかった。横を見上げると、本田が手を伸ばしている。肩があたりそうなほど近く、玲奈は驚いた。

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