閑話 女神たちの邂逅(天音サイド)

「こっちであってるの? なんかもう景色が現実感なく“未来!!”って感じでど~も落ち着かないのよね~」

「それは私だって同じだよ。アニメは見てても実際に来る事を考えた事なんてないもの」


 私はカグちゃんの呟きに激しく同意する。

 アニメとか漫画の世界に行ってみたいと思って事は何度もあるけど、実際に来れる何て考える事はそうは無い。

 私の場合は夢次君お得意の『明晰夢』で体験する事は可能ではあったけど、最近は色々あって一緒に夢で遊ぶ事が少なかったしな~。

 そろそろまた一緒に夢の世界を冒険したいね。


「で、夢次が言ってた最初にヒロインが辿る逃走経路ってこの先であってんの?」

「……そのはずだけどね」


 私たちは今、事前に夢次君にレクチャーされた『ヒロイン』が辿るはずのルートをトレースしている。

 ヒロイン『カムイ・アリス』は大学の爆破テロ事件から月面都市を隠れながら逃げ回っっていて、最初は捕縛すれば金になると考えた主人公と遭遇する流れだと聞いたけど……私はハッキリ言ってあのアニメを最初から見ていれば良かったと思う。

 何故ならヒロインのルートを詳しく聞いた事で、思いっきりネタバレになってしまったからだ!

 むむ~……今度まとめて録画した全話を夢次君に見せて貰おうと思ってたのに……。

 ポテチとコーラで一緒に、とか邪な事考えていたからダメなのかな?

 そんな事を考えていると、カグちゃんが不意に真剣な顔で聞いてくる。

 

「ねえアマッち……この私たちが入り込んだ夢、これの元になった犯人を私たちは探っていて……その犯人で一番怪しいのが今のところカムちょん、『神威愛梨』なのよね?」

「そうね……夢次君の予測は……」

「でも……な~んか腑に落ちないのよね~。私はそのアニメをさっき夢次から触りしか聞いてないけどさ……ここがアイツが望んだ夢だとしたらさ……ヒロイン何かになりたがると思う?」


 カグちゃんの疑惑に満ちた表情に、どうやら彼女も私と同じような疑念を抱いていた事を確信した。


「あ~~はは…………やっぱりカグちゃんもそう思うよね……」


 私たちは顔を引きつらせて頷きあう……らしくないな……と。


 私たちの親友、神威愛梨は面白そうと思ったらわき目も降らずに一直線、夢の世界でアニメが体感できるなんて聞けば迷わず飛びつく事は間違いないと思う。

 それこそ市内全土を巻き込む事になっても……だ。

 これで他人に実害が及ぶとなればブレーキにもなったかもしれないけど、現実世界では夢遊状態で一応の体裁が整わされていて……そんな免罪符があった日には間違いなく実行するだろうとは思う。

 ただ、それでも付き合いの長い私たちには違和感があった。

 

「仮にこの夢を作っているのがカムちょんだとして……アイツが主人公に守られる系のヒロインをやりたがる図がど~しても浮かばないんだよな~」

「そうよね~、このアニメのヒロインは後方で支援するタイプだもの……」


 コレがヒロインも主人公と一緒に戦う系のヤツなら分かるんだけど、カムちゃんは私以上にこのアニメをしっかりと視聴していて、良く知っている。

 見た目とは裏腹に仲間と一緒に盛り上がって参加したい、盛り上がりたいタイプのあの娘がヒロイン?

 状況証拠でメインキャラが怪しいと夢次君は思ったみたいだけど、考えれば考えるほどこの夢をカムちゃんの物と考えるのは~~~と思ってしまう。


「ところで、もう一つ気になった事があるんだけど……」

「え? まだ何かあったの?」


 私には気が付かなかった何かをカグちゃんは気が付いたのだろうか?

 しかし私の予想は強烈に裏切られる。


「うん、今だから聞いておくけど……夢次とはどこまで行ったの?」

「ブフォ!?」


 今までの真剣な表情を崩さずに、私にとってはとんでもない事を聞いて来た。


「ど、どこまでって……何の……」

「あ~まっち~? この期に及んでお惚けは無しにしような~。自分から行っちゃうくらいなのにさ~」

「にゃ!? にゃにを!?」


 ニヤニヤ笑いで肩を組んでくるカグちゃんが聞きたがっている事が何なのか……さすがにそれを察せられない程私も最早純情では無いけど……。

 何もこんな時に聞いてこなくても……。

 でもだんまりで済ませてくれる程この娘が甘くはない事を私は知っている。

 諦めて溜息を吐いた私は全身の血が頭に上ってくるのを実感しながら声を絞り出す。


「…………廃ビルでカグちゃんが見たとこまで……だよ」

「ほほう……つまりはあのの~こ~な所までが現在の到達点であると。あのの~こ~な世間一般的ににはディー……」

「もういいでしょ! 連呼しないで! 正式名称で言わないで!!」


 あ~も~~~~顔から火が出る!!

 思い出すだけでも恥ずかしいのにこのいじめっ子は~~~~。

 だけど完全に真実を話したと言うのにカグちゃんは何故か微妙に納得の行っていない雰囲気を漂わせ始める……なんというか、まだ納得していないと言うような?

 ……何だろう……嫌な予感がする。


「なあアマッち、自分のパーソナルスペースが結構シビアだって気が付いてるか?」

「……え?」


 私はカグちゃんの突然の話題にちょっと面食らってしまう。

 パーソナルスペース……確か他人に対して許容できる距離感の事……だったっけ?

 入られて不快に思う人とそうでない人がいるとか……。


「こうしてアマッちと密着できるのは女子同士であっても私とカムちょんくらいで、男子に至っては大分距離が離れているじゃない?」

「え~……あ~まあね……」


 言われると確かに自覚はある。

 私は学校でも親しみやすいと評される事は多いけど、結構人付き合いはえり好みする方ではある。

 親しくしたくない人とは関わらないし、喜怒哀楽の感情も出さない。

 だからこそ嫌がられていないと勘違いして寄ってくる輩もいるワケだけど……確かにその手の連中を私は影も踏ませない距離を保つし、視界にも入れたくない。


「だけど、夢次に至ってはスペースが最早無いよね?」

「う…………」


 そりゃあ……あんなところを見られてしまったのに距離も何もないだろう。

 ハッキリ言えば夢次君に関しては、何故かそれが当たり前としか思っていなかった。

 疎遠になっていた時期は後ろめたさがあって努めて視界に入れないようにしてしまっていたのに、今はその反動なのかいつでも見ていたいし、傍にいたいと思ってしまう。


 ……ヤバイ……私ってこんなに自分勝手な重い女だったかしら?


「別に私はその事自体は悪いとは思わないよ? アイツは私にとっても恩人だし、何よりどっからどう見てもアマッちを大事にするヤツだろうしさ……」

「そ、そかな?」

「ええ、それこそどこぞのイケメン気取りの自称彼氏よりね……」


 引き合いに出したヤツが誰なのかは予想が付くけど無視、今は親友が夢次君を褒めてくれている事の方が大事だ。

 

「たださ……距離の詰め方がど~も極端な気がしてたのよね~」

「…………ん?」


 そんな事を言いつつカグちゃんは自分の手の中に何やら色々な物を出現させ始めた。

 ナイフ、ケータイ、オタマ、ホウキ……何の脈略もない思いついた物を出しては消しているとばかりに。


「何してるの?」

「いや……凄いもんだよね、この『明晰夢』ってさ……こんな風に考えるだけで色んな事が出来ちゃうんだから」

「う、うん……」

「現実ではキスまで……それは納得してあげよう。でもさ……君らは夢の中ではどこまでいっちゃったのかな~?」

「!!!!???」


 私はその質問に思わず絶句してしまった。

 何て事を聞くのかなカグちゃん!? 言えるワケないでしょそんなの!!

 ルール無用の夢の中、その主導権を握っている夢次君だって健康的な男子……そういう夢が見たいと思う事はあって当然でしょう。

 特に一番に思い出されるのは異世界での一週間の甘~い生活の夢で……。

 

 そこまで考えて私はハッとして何とか誤魔化そうとするけど……この一瞬の戸惑いでカグちゃんは全てを悟ったように、口元に手を当ててニヤニヤ笑いを強める。


「そっか~~そうなんだ~~。そりゃ~距離何て一瞬で縮まるよね~~」

「ち、違うの!! それは……そんな事は!!」

「いーのいーの、現実じゃないもんね~夢の中だもんね~~優しくしてもらったの?」

「にゃああああああ!!」


 いけない!! このままこの話題を進められたらカグちゃんは沈黙からも正確な情報をくみ取ってしまう!! 誰か助けて!!

 煮えたぎる頭で何者かに救いを求めたその時だった。

 私たちが向かっていた路地裏のビルの扉が勢いよく“バン”と開かれると、中から二人の少年少女が慌てて飛び出してきた。


 状況の変化で会話が途切れた私は助かったと思ったが、その二人は知った顔だった。

 一人は私たちが足跡をたどっていた『ヒロイン』のカムイ・アリスこと『神威愛梨』で、もう一人は主人公の『リュート』である。


「走るぞアリス、立てるか?」

「う、うん……でも……いいの?」

「仕方無いだろ! 俺だってこんな戦争の世の中は真っ平なのは一緒なんだからよ!!」


 そう言いつつ駆け出す……これってもしかして夢次君が言っていた主人公が所属していた傭兵団を裏切ってヒロインを連れ出すシーン!?

 金の為にヒロインを捕縛したのは良いけど、ヒロインから戦争を止める為の理想を聞かされて心を動かされる冒頭の場面……。


「カムちゃ…………わっぷ!?」

「バカ、ストーリーに介入するなって言われてるだろ!?」


 思わず声を掛けそうになった私をカグちゃんが口を塞いで止めてくれた。

 ……そうだった、私たちはストーリーに沿ってこの二人を見逃さないといけないのだ。

 アニメの通りに進めばこの二人は危険な目に合う事は無いはずだし、今追われている身だとしても大丈夫なはず…………。

 私はそう思い直して必死の表情で駆け出す二人を見送る。

 そう……これから彼らが裏切った傭兵団に追われる事になっても私たちは傍観に務めて情報の収集を優先……。

 そう思った次の瞬間……“それら”は二人を追って、同じ扉から出て来た。


「てめえリュート! 裏切るつもりか!?」

「俺たちを裏切ったらどうなるか分かってんのか!? ブチ殺してやる!!」


 口汚く罵りながら出て来たのは重火器を手にして、如何にもな荒くれの格好をしている……自信過剰を体現して、思い通りにならない事は無い。

 女性は装飾品かトレーディングカードくらいにしか思っていない『チャラ男(やつら)』と同じ顔、同じ声をしていて……。

 男が二人に女が二人…………そんな、教室でつい最近まで自分の近くにいた不快な連中と同じ姿形をしている奴らがカムちゃんを追い回して虐めている……。


 そう思った瞬間……私の……いいえ“私たちの”脳内で何かが音を立ててキレた。


「アンタら!! カムちゃんを虐めるとはどういう了見だああ!? 笑えないのは自慢話だけにしとけってのよ!!」

「そのなんちゃってイケメンを本当のイケメンに整形してやろうかあああ!?」


ドガガガガガガガガガガガガガ!!


 私たちは次の瞬間には揃って『ガトリング砲』を手に吠えていた。


「何だお前ら!? 新手の商売敵ギャアアアアアアアアア!!」

「ウオワアアアアアア!? 何だお前ら!? 何にキレてんだ一体!?」

「まってまってよ!? 何よ一体!? キャアアアアアアア!!」





 ストーリーへの介入厳禁……私たちがその言葉を思い出したのは弾を打ち尽くして裏路地に瓦礫の山が築かれた後の事でした……。

 

 てへ……。

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