第63話 結局そんな運命

「だけど本音で言うと、彼女とか欲しいよな」

「そなの?」

「まあ彼女と言うより嫁さんか……。いいなあ、帰ってきたらご飯とか風呂とか準備してあってさ。お風呂ですか、ご飯ですかそれとも……とかな」

「ごめんね。ボクが小さいばっかりに」

 神楽がションボリしてしまったものだから亘は慌てた。スマホとさして変わらぬサイズの神楽は、料理や洗濯など家事の手伝いがちょっとできるだけだ。どうやらその辺りを、気にしていたらしい。

「いや、そんなことないぞ。神楽は充分に役立ってるからな。ただちょっとだけ、なんと言うか……家事で楽したかったわけだ。怠け心はいかんな、うん」

「…………」

「ああ学園祭楽しみだな。女子高生に一目ぼれされる可能性は限りなくゼロだが、行動しなければ可能性はゼロのままだからな。頑張っちゃおうかな」

 亘がワザとらしくおどけてみせる。そのおかげもあってか、神楽の表情に明るさが戻った。少し寂しそうではあるが、それでも笑みを浮かべてみせた。

「それ、どっかで聞いたような言葉だよね……でもそんなこと言ってるとさ、ナナちゃんが怒っちゃうとボク思うよ」

「招待した七海に恥をかかせるような真似はしないよう注意しないとな」

「そーゆー意味じゃないんだよね」

「それに下心バレバレだと、モテるものもモテないだろうしな。ここは大人の余裕を持ったニヒルで渋い雰囲気を醸し出して攻めるべきかな」

「マスターときたら、これだから」

 すっかり元の調子となった神楽はヤレヤレ首を振ってみせると、お菓子に手を伸ばしパリポリと食べ出したのだった。


◆◆◆


「ほう、ネットの評判だと上々だな。この地方での名門高校の1つか……ふーん、単に進学率が高い学校というわけでなくて、歴史と伝統のある学校か……」

 ネットで学園祭が行われる星陵学園について調べている。そこに行くための経路を知りたかったこともあるが、どうせ行くならと知りたかったのだ。あとセーラー服についても。

 高校の評判がランキングされたサイトでは、上位に位置しており解説では共学の私立として創立50周年の歴史を誇る進学校とあった。

 そこにリンクされた学園のHPを開いてみる。

 『入学予定のお子様がいるご家庭向け』の紹介を開いてみる。本来なら自分の子供の進学先を調べるために見るものだ。職場の同期の中には、子供が高校受験なんてヤツもいる。それを思うと少しばかり哀しく寂しい。

「……楽しそうだな」

 紹介HPには良いことしか書かれないだろうが、なかなかどうして良さそうな雰囲気が伝わってくるものだ。明るく広々とした敷地や、由緒正しそうな校舎。授業風景や部活動の紹介に写る生徒たちは、明るく楽しそうだった。

 自分とは縁のなかった楽しい学校生活。それを思うと、ますます哀しくなってしまう。

「しかし制服がよく分からんな」

 やはり名門校のせいか、そうしたオマケの制服で生徒を釣る学校ではないのだろう。学園HPにも制服を紹介するようなコーナーはなかった。掲載写真では細部が分からない。

 なんだかんだ言いつつ気になるので調べていると、全国の制服図鑑なるものを発見した。それを見ている本人の言う感想ではないが、一体どんな人がこれを必要とするのか謎だ。

「ほう……これは実にいい……」

 ちゃんとしたセーラー服だ。ブレザーとかファッション化した制服とかでなく、これぞ本物のセーラー服といったものだ。

 これを着た七海の姿を想像すると、グッと滾るものがある。思えば七海と会う時はいつも私服だ。学園祭なら制服姿の七海が見える。それだけでも楽しみだ。


 横から画面を覗く神楽が尋ねてくる。

「ねえマスターも学校行ってたの?」

「そうだな、軽く十年以上昔のことだな。高校となると……二十年近く前か。十年ひと昔と言うが、ふた昔も前か。随分と歳くったな」

「ふーん。マスターってば、よく年齢気にするよね。大体さ、マスターってばレベルアップ効果である程度若返ってると思うし、歳とか気にしなくたっていいんじゃないのさ」

「そうか。なあ、どれぐらい若返ったかな? 1レベルで一年ぐらいか?」

「さ、さあ?」

 あまりの食いつきぶりに神楽は思わず後ずさった。これは藪蛇だったと、慌てて話を変えようとする。

「そんなことよりさ、マスターは学校で何したの? やっぱ戦ってたの?」

「なんでそうなるんだ。お前ときたら、まるで人のことを戦闘狂のように思ってやしないか」

「えっ、だって普段のマスターみてると、そうとしか思えないけど」

「失礼な。いいか、学校というのは自分の知らない知識を身につけるための場所だ。学問を行う場所なんだぞ」

「へー、そうなんだ。じゃあさ、チャラ夫とナナちゃんも学校で学問してるの?」

「そうだな。チャラ夫はどうか知らんが、七海は真面目に勉強をしてるだろうな。ただ学校という場所はだな。勉強するだけでなく、友達と遊びに行ったり……彼女をつくったり……ということをするヤツも中にはいる」

 自分の学生生活を思い出してきた亘は徐々にトーンダウンした。

 思えば暗い青春時代であった。遊びに行く金もなければ、誘ってくれる友達もない。彼女なんて夢のまた夢の絵空事。結局ただ黙々と家と学校を往復するだけの日々。なんとつまらなかったことか。


 そしてそれは今も同じだ。

 就職して社会に出てからも、同じような生活をしているではないか。職場とアパートを往復するだけで、飲みに誘ってくれる友人もいない。彼女なんて、やっぱり夢のまた夢。

 結局そんな運命なのだろう。学生生活を上手くやれなかった人間が、社会人になったら突然上手くやれるはずがない。

 どよーんとした亘の様子を余所に、神楽は目をキラキラとさせている。

「いいなー。ボクも学校ってのに行ってみたいな、なんだか楽しそう」

「……そうだな、神楽みたいな娘がいたら、きっと楽しい高校生活だろうな。皆の人気者になって、男子から告白されて……ははっ、楽しいだろうな」

「マスター?」

 どよーんとなった亘の様子から、何か拙いことを言ってしまったと気付いた神楽は慌てて話題を変える。何て地雷の多いマスターなのだろうかと、こっそりため息をついた。

「ねえ、こないだレベル17になったでしょ。それで、ボクのスキルポイントも結構貯まってきてるよね。だから何か新しいスキルを取ろうよ」

「ん、確かにな……最近は小さな異界なら苦戦しなくなったが、今後もそんな異界ばかりとは限らないだろうしな」

「だよね !ねぇ、射撃スキルとかあるといいのにね」

「……あっても取らないけどな」

「むーっ!」

 にべもない態度に神楽はふくれっ面をした。

 元気をとりもどした亘は軽く笑いコタツの上にスマホを置いた。神楽が四つん這いになって一緒に覗き込んでくる。目の前でふりふりするお尻にを気にしながら亘はスキルリストを確認した。

 スキルのページを開くと、突撃2P、羽ばたき2P、ピクシー剣技3P、ピクシー格闘技3P、万魔4P、性技5P、雷雲(初級)4P、治癒(中級)4P、範囲治癒(初級)4P、補助(中級)4Pがある。

 そして、スキルポイントは6である。

「そうだな……前にも話したが、万魔や接近戦系は必要ないよな。特に銃装備が手に入ったし、余計に必要ないだろうな」

「ボク、バンバン撃っちゃうよ!」

「ほどほどにしてくれよ。雷雲も全体攻撃系魔法だから必要ない。そうすると、治癒か補助だな……神楽の魔法で全体攻撃があるなら、敵の悪魔が使ってくる可能性もあるよな。だったら範囲治癒とかどうだろう」

「そだね。強い悪魔だと広範囲魔法を使ってくるかもね。でも、そしたら範囲治癒なんて必要ないよ」

「なんでだ」

「だって連発されたらさ、終わりだよね。回復するより先にどんどんダメージ受けちゃってさ」

「怖いことを言うなよ」

 あははっと笑っている神楽に亘は呆れ顔だ。

「まあいいさ、範囲治癒を取得しておこう」

「それでいいの? 例えば補助の強化とかもあるけど」

「そうかもしれないが、補助はAPスキルで今のところは充分だしな。範囲治癒で頼む」

「了ー解!範囲治癒取得!」

 立ち上がった神楽が片手をあげて元気よく宣言すると、一瞬淡い光が全身を包む。これで取得は完了だ。残りはレベル20になった時のためにポイントを温存しておくつもりだ。きっと今よりも性能の高い、そしてポイントも高いスキルが解放されるに違いないだろう。

「さて……」

 亘はチラリと時計に目をやり、軽く手を揉んだ。その様子に、これからどうするつもりか悟った神楽がうな垂れてしまった。

「せっかくさ、今日ぐらいはさ、部屋にいると思ったのにさ……」

「まだ時間もあるしな、ちょっくら異界に行って運動するとしようか」

「ああ、やっぱりだよ。マスターは戦闘狂で間違いないよ」

 それから異界を目指し夜の街を進んでいく亘だが、その胸は遠い昔のように学園祭への期待で心躍らせていたりする。

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