第一章 だが断る

 観音開きの扉を開くと床も白、天上も白、見渡す限り真っ白な空間が現れる。召喚の間はいわゆる異空間であり、神殿内にあるにも関わらず、半径数キロメートルの広大さだった。


 私は扉から十数歩、歩いた位置で立ち止まり、ドレスの胸元から金色のチョークを取り出した。それを使って床に魔法陣を描く。そして召喚する勇者の名前を声高く読み上げた。六回目ともあって我ながら慣れたものである。


 やがて魔法陣から光が溢れ、地上世界から一人の男性が召喚された。


 その男性を見て……私は即座に乱れた金髪を手櫛で整え、背筋を伸ばした。


 ――や、やだ……! すごいカッコイイ……!


 180センチを超える高身長。爽やかな黒髪の下には凛々しいマスク。Tシャツとジーンズという、この世界の人間の平均的な格好ながら全然平均的に見えない。体から発散されるオーラは統一神界の男神並に神々しかった。


 ――ああ、一度でいいからこんな男性と燃えるような恋愛がしてみたいなあ……って、な、何考えてるの、私! 女神と人間との恋愛は禁止なんだから!


 心の中で頭を横に振った。それにしても私に女神の規律を忘れさせてしまう程に、その人間は魅力的だったのだ。


 だが私は気付く。男性は私の顔をジッと見詰めたまま固まっている。当然だ。日常から急に辺り一面真っ白な部屋に呼び出されて、戸惑わない人間などいる筈がない。


 私は女神の威厳を醸し出しつつ、男性に話しかけた。


「初めまして。私はリスタルテ。この統一神界に住む女神です。故あってアナタを地上から、この次元へと召喚しました。いいですか、竜宮院聖哉。アナタこそ異世界『ゲアブランデ』を魔王の魔の手から救う勇者なのです」


 言った後、「フフフ」と微笑む。聖哉はやはり固まったままで私を見詰めている。聞いた話に驚いていると言うよりは、私の姿に見とれているかのようである。


 まぁ自分で言うのも何だが、私は女神。ハッキリ言っていい女である。艶のある美しい金髪に、純白ドレスの胸元から覗く豊満なバスト、引き締まったウエスト、細い脚。この聖哉という男は、今までの人生で見たこともない完璧な女性の美しさに言葉を失っているのだろう……と内心ほくそ笑んでいると聖哉はようやく低い声で言葉を発した。


「いきなり得体の知れない珍妙な者にそんなことを言われてもな」

「!! 『得体の知れない珍妙な者』って私のことですかっ!?」


 素に戻って絶叫してしまう。い、いけない! 威厳! 女神としての威厳を保つのよ!


 私は「コホン」と咳払いをし、冷静に語りかける。


「得体が知れなくはありません。もう一度言います。私は女神。勇者であるアナタを召喚した天上の女神なのですよ」

「女神と言ったな。本当に神ならお前がその何とかいう世界を救えばいいだろう?」

「る、ルールがあるのです。神は人間が人間達の手によって繁栄するように無数の地上世界を作ったのです。だから人間の世界を救うのは人間達自身でないとダメなのです」


 聖哉は大きく溜め息を吐き出す。


「俺に拒否権はないのか?」

「そんなものはありません」


 すると聖哉は汚い物を見るような目を私に向けた。


「虫の良い話だ」


 聖哉のふてぶてしい態度に、私が最初感じた『この人、素敵!』という感情はドンドンと薄まってきた。


 な、何だか変わった子ね。普通、勇者に選ばれたなんて言われたら喜ぶ人が多いのに……。ま、まぁいいわ。いきなり召喚されて内心、焦ってるのね? そんな時はコレよ!


 私は聖哉に、にじり寄り、フランクに話しかける。


「ねえ! まずは『ステータス』と叫んでみて!」


 フフフ! コレよ、コレ、コレ! コレで大抵の日本人はテンションが上がるのよね!


「なぜだ?」

「あ、アレ? 知らないの? 聖哉はあまりゲームとかしないのかしら? まぁいいわ。『ステータス』と叫べば、聖哉の能力が数値化されたものが出てくるのよ! 百聞は一見にしかず! とにかく言ってみて!」


 だが聖哉は、しばしの間を置いた後、こう言った。


「……プロパティ」

「プロパティ!?」

 

 いや私『ステータス』って言ったよね!? なんで『プロパティ』って言ったの!? ってか『プロパティ』って何!? い、意味分かんない!!


 聖哉は目の前に展開されたウインドウを見て、頷いていた。


「ほう。確かに俺しか知り得ない情報が書かれているな。眉唾だったお前の話もこれで少しは信憑性を帯びてきたというものだ」


 ……さっきから女神に向かって失礼なんですけど!?


「と、とにかくプロパティはいいから、ステータスって言ってみて! ね? ね? お願いだから!」


 私の祈るような訴えに、聖哉は渋々「ステータス」と呟いた。すると同じく立体的なウインドウが展開された。今度は私も背後から聖哉のステータスを眺める。


「どう? 分かる? コレって本当にすごいステータスなのよ! 普通の勇者の何倍もの能力値なの! いい? アナタは一億人に一人の逸材! ゲアブランデにいる強大な魔王を倒せるのは竜宮院聖哉! アナタだけなのよ!」


 私は精一杯盛り上げるが、聖哉は全く嬉しそうではない。『心此処にあらず』といった感じで私とは真逆に暗い面持ちで尋ねてくる。


「ちなみにその世界で死んだら俺はどうなる?」

「ず、ずいぶんとネガティブね……。で、でも安心して! 元居た世界に戻るだけよ! ただその後は二度とこの世界には戻って来られないけど……」


「フン」と鼻を鳴らす。何を言っても聞いてもつまらなそうである。


 ここに来て私は薄々分かってきた。きっと、この子は現地に行かないと実感が湧かないタイプなんだわ。だったら……


「聖哉! 説明は後でゆっくりするわ! とにかく一度、行ってみましょう! ゲアブランデに!」


 そして私は早速、呪文を唱え、ゲアブランデへと通じる異界への門を目の前に出現させた。


 門を開きながら聖哉に言う。


「竜宮院聖哉! 私と一緒に行きましょう! ゲアブランデの命運は今や、アナタの手に委ねられたのよ!」

「断る」

「さぁ、一体どんな世界なのかワクワクするわね! ……って、えっ、ちょっと、えっ、えっ、い、今、何て言ったの?」

「断ると言ったのだ。準備もせずにいきなりそんな危険な異世界に行けと言われて行けるか」

「で、でも、アナタのステータスは普通の人に比べて、かなり高いのよ? それに私だってゲアブランデでは人間の姿に変化して、いつもアナタの隣でサポートするわ。だから安心……」

「人間世界のことは人間で解決しろと言っていなかったか? どうせお前など付いてきてもロクなサポートが出来ないのだろう?」

「し、失礼ね! 私は女神よ! 決して死なないし、それにアナタがケガを負った時、治癒魔法で回復させてあげることも出来るのよ!」

「ホラみろ。所詮は裏方。大して世界を救う役には立たないではないか」


 ぐうっ!? 女神に対して何たる態度!! な、殴ってやりたいわ!!


 だが死んだ魚のような濁った目で、聖哉は私を見ていた。


「拒否が出来ないというのならせめて準備をさせろ」

「じ、準備? 準備って一体……?」

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