悠が眠っている日の一幕 『女子会』
「咲良ちゃん。悠くん、起きないの?」
「安定の寝坊」
「あっはは、悠くんらしいねぇ」
悠くんの部屋から戻ってきた咲良ちゃん――細野 咲良――の反応に、私――橘 朱里――は思わず笑ってしまった。
ゆうなん――佐野 祐奈――と楓ちゃん――西川 楓――も呆れたように小さく笑ってるみたい。
うんうん。
安定の寝坊、っていう表現は本当に悠くんには相応しいもんね。
男子のシンくん――赤崎 真治――とショウくん――加藤 昌平――は訓練するって出かけちゃったから、今日は女子会なのだ!
美癒ちゃん――小島 美癒――が趣味だっていうお菓子作りに朝から挑戦してくれてるおかげで、期待は大きい。この世界のお菓子って、ちょっと甘すぎるっていうか、くどい味が多いからあんまり美味しくないから……。
瑞羽ちゃん――佐々木 瑞羽――もそっちを手伝っているから、今ここにいるのは高校に入ってからいつも仲の良い三人だ。
「どうしたの、朱里。なんかにこにこしてるけど」
「えっ、そうかなぁ? でも、うん。ふふふっ、こうしてゆっくりみんなと話せるのって、なんか凄く久しぶりな気がして、嬉しいんだー」
「言われてみればそうね……って、ちょっと楓。目が血走ってるよ……」
「へっ? あ、あぁ、ごめんなさい。朱里の可愛さにちょっと着せたい願望がね」
「何その願望」
ダンジョン組の咲良ちゃんや調合室に閉じ籠もってるゆうなんとは最近あまりゆっくり話せてなかったし、『カエデブランド』の創設者としてこのアルヴァリッドに名を馳せてる楓ちゃんもそれは一緒。
こうやってゆうなんと楓ちゃんが話してる姿とか、咲良ちゃんがぼーっとしてる姿は、なんだかんだで学校以来な気がする。ついつい懐かしくなって、笑顔になっちゃうね。
「できたよー!」
「お待たせ。紅茶も用意するから、誰か手伝って」
「はーい、私やる!」
美癒ちゃんと瑞羽ちゃんの仲良しコンビが、ティーワゴンを押して部屋に入ってきたので、お手伝い。
おぉ、ショートケーキとかミルフィーユとか、なんか本格的なのがいっぱい……!
「えっへへ、作り過ぎちゃった。シュットさん達の分と使用人さんの分も作って渡してあるから、ここにある分は全部食べきっちゃっても大丈夫だけど、これじゃあ余っちゃうかな?」
「美癒、あなたは神か」
「えぇっ!? ど、どうしたの、咲良ちゃん」
「ケーキ……! この世界でこれだけ本格的なケーキに出会えるなんて……!」
「美癒ちゃん、ちょっと拝ませて」
「ちょっ、ちょっと、やめてよぉー! みんなで拝まないで! なんで瑞羽ちゃんまで便乗してるの!」
「え? ほら、ノリって大事かなって」
咲良ちゃんとゆうなん、楓ちゃんが手を合わせて拝み始めたので、私もそれに便乗する。顔を赤くして困る美癒ちゃん可愛いなー。
ようやく配り終わって、私達も席についてみんなでケーキを食べる。
あぁ、甘いの幸せだぁ……。
「み、みんな凄い勢いで食べてるね……。男子の分、残らないかも」
「男子に甘味は不要。是非もない」
「肉食わせとけばいいのよ」
咲良ちゃんと楓ちゃんの言う通りだと思います!
ケーキは私達が全部いただきます!
「あ。でも悠くんって甘いの好きじゃなかったっけ?」
「あー、そういえばそうね」
「そうなの?」
「うん。お昼ごはんに絶対甘い系のパンとか一つは買ってたし」
「ふーん。祐奈も楓も詳しいね」
楓ちゃんから端を発した悠くん情報に、美癒ちゃんと瑞羽ちゃんが目を丸くしてる。咲良ちゃんも私も、悠くんが甘いの好きなのは見てて知ってるだけにうんうん頷いてる。
「ケーキって言えば、悠くんってたまにコンビニケーキお昼休みに食べてたよね」
「あれねー。ああいうの見るとケーキ食べたくなるのよね……。っていうか学校でコンビニケーキ食べるのって悠くんぐらいな気がするよ」
「悠の甘味テロはダイエット女子の敵」
「ホント、ダイエット中にあれ見た時は殺意しか沸かなかったわ……」
懐かしいなぁ。
悠くんのコンビニチョイスはなんか色々おかしかった。
ケーキ以外にもどら焼きとかお饅頭とかシュークリームとか、お菓子っていうよりスイーツ系。
密かに私達の間で、悠くんのお昼の姿で放課後の予定が決まった事もあったっけ。
「えっと、みんなって、悠くんの事が好きなの?」
「私もそれ聞きたかったのよね。悠くん連れて帰ってきた時、ゆうなんも楓も、あかりんもずっと待ってたでしょ? あの傷を見たら分からなくもないけど、いつも以上にみんな必死だったし」
あの日、みんながみんな、ボロボロになって帰ってきた日。
シンくん――赤崎くんの事だけど、この世界で苗字で呼ぶと誤解を招くから、最近みんなお互いにアダ名とかで呼び合ってる。なんか恥ずかしいけど――に背負われて帰ってきた悠くんの姿を見て、私達は思わず息を呑んだ。
酷い怪我、なんて一言で表せるような状態じゃなかった。
血で赤黒く染まった服は固まってしまっていて、楓ちゃんが服を切って。ゆうなんが作った試作用の上級ポーションをかけながら、血を拭いて、凄惨な傷に思わず目を逸らしてしまった私が聞かされたのは、それでも怪我を負った当時に比べればかなり回復している方だという言葉。思わず目の前が暗くなった。
命が軽い、死が近くにある世界。
私はあの日まで、いまいちそれを理解していなかったんだって、痛感させられた。
「悠くんに感謝はしてるけれど、恋愛感情はないかな」
「他の男子よりも特別視してるのは認めるけれど、恋愛感情じゃないっていうのは確かよね」
「付き合っても変わらなそう」
「あぁ、そだね……」
三人の言い分はすごくよく分かる。
私達は悠くんを恋愛感情で見てはいないし、むしろそれを言うなら……。
「あの子がいたからね……」
「あの猛アタックをナチュラルにスルーしてた」
「何それ? もしかして、前に言ってた一年の時の話?」
「そうそう。悠くんが初めてみんなに知られた日!」
「え? え? どういうこと?」
そういえば、そうだっけ。
私も、咲良ちゃんもゆうなんも楓ちゃんも。
私達はあの日まで――――高槻 悠という少年を、認識すらしていなかった。
「ほら、悠くんってもともとあまり周りとは喋ろうとしなかったし、自己主張するようなタイプでもなかったから、同じクラスにいるけど名前しか知らない、って感じだったんだよね」
「背景の一部っていうのかな? まだ夏になる前だったし、同じクラスでも話さない人って多くてね。悠くんの場合、それが顕著だったっていうか」
「なんか今もそんな感じじゃない?」
「去年からクラスが同じだった子は、誰もそういう風には見てないよ。みんな悠くんを知ってる」
悠くんはいつも寝てばかりだった。
すごく眠そうに学校に来ては、時間があればすぐ寝ちゃう。
私は橘、彼は高槻。
席が隣で、もしも授業中に寝てたならかえって目立ったりもしてたのに、何故か授業中だけはちゃんと起きてた。
だから余計に目立たない、本当に背景の一部のような存在だった――と思う。
だから私達にとって、あの日が鮮烈過ぎた。
――「あはは、教師面してるゲスの発言なんて聞くに堪えないものですけど、ここまでくるといっそ笑えてきますね」。
誰もが予想だにしていなかったタイミング。
静まり返る中で初めて聞いた、彼の授業の応答以外での声。
ただ噛みつくような言葉でもなく、まるで「尻尾を出したな」とでも言いたげに微笑を浮かべて、小さな身体なのに逆らえないような空気を放ちながら唖然とする程に強烈な一言を放った。
あの日、あのクラスにいた誰もが、初めて悠くんを認識した。
「――朱里、どしたの?」
「ふぇっ!? あ、うん、ごめんごめん。ちょっと考え事してただけ」
ついついケーキを食べる手を止めて、ぼーっと当時の事を思い出してしまっていたせいで、みんながこっちを見ていた。
そんな中、咲良ちゃんが容赦なく爆弾を落とした。
「エルナさんと悠の関係が怪しい」
しん、と水を打ったような静けさが広がった。
い、言われてみればエルナさん、悠くんと一緒にいる時だけはなんか柔らかい笑顔を浮かべてるっていうか……、いつものキリッとした感じとは、ちょっと違うんだよね。
王都に向かう前まで、ずっと悠くんについていようとしてたし……。
まぁそれはみんなで交代して世話をするって話になったけど。
「まさか悠くん、年上が好き……!?」
「あ、ありえなくもない、かも……。だって、学校の子とかあまり相手にしなそうな感じがしてたし……!」
「あの見た目で年上好きとか……」
「背の低さと顔の感じだと、もうちょっと天真爛漫で「おねーさん♪」とか呼んでくれる金髪癖っ毛とかのキャラ枠ね……。ああいうキャラ、意外と女遊びに慣れてる腹黒が多いのよね……」
「え、ちょっと楓、キャラ枠とか意外と詳しいのね……」
「はっ!?」
なんだかおかしな方向に飛び火してしまった。
その後は結局、いつもの恋バナだったり好みの話だったりっていうお喋りをするだけで気が付いたら夕飯の時間になっちゃって、ケーキを食べ過ぎた事を私達は後悔するはめになってしまった。
ちなみに、帰ってきたシンくんとショウくんはケーキを食べ損ねて少し残念そうだった。
◆
「――っていう話があったんだけど、悠くんって年上好きなの?」
「……僕が生死の境を彷徨ってる間にずいぶんと盛り上がってたんだね……。しかもなんでそんな話題から僕が年上好きっていう話題になったのさ……」
外出禁止を受けている悠くんと、アシュリーさんの予定と合わせるからあまり動かない私は、最近こうしてよくお喋りをしてる。
なので、とりあえずそこんところについて訊いてみたんだけど、反応を見る感じだとなんだか違うような気がする。
「だって悠くん、私達の事とか恋愛対象っていうか、そもそも異性としてあんまり意識してなくない?」
「あはは、気のせいじゃないかな」
「本音は?」
「うん、特には」
「やっぱり!」
それはそれで、ちょっと女の子としてはなんとも複雑な気分になるって事を、知っておいた方がいいと思う。
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