英雄の唄②
そして、藤堂直継は覚醒した。
見覚えのない天井。朦朧とした意識をそのままにゆっくりと身を起こす。
家具の殆どない簡素な部屋、ベッド、机、椅子。肩、腕、体幹。重要部分を守護する勇者の鎧が擦り合い、かしゃりと音を立てる。
状況判断もそのままに、汗で張り付いた前髪に指で触れる。その指は微かに震えていた。
夢を見ていた。恐ろしい夢だ。だが、内容は何一つ覚えていない。
ベッドから足を下ろし、立ち上がる。足に力が入らず大きくふらつくが、何とか転ばずにたちあがれた。
ずきん、と。頭に奔る頭痛を抑えるように額に手の平を当て、藤堂は一人小さく呟いた。
「ここは……」
時間と共に、少しずつ昨晩の光景が蘇ってくる。
自分は森の中にいたはずだ。
少しでも被害を減らすために。悪魔を討伐するために。
勝てる可能性は少なかった。が、自分には聖剣が、勇者の使った装備がある。立ち向かわねばならなかった。藤堂直継は勝利できる確率の大小で立ち向かうか否かを決めたりはしない。今までも、これからも。正義の顕現とは、そういうものではないのだ。
森の中。その奥底で発生した光。初めて見る――魔族に、それと戦っていた仮面の男。
今は何時だろうか。部屋に時計はないが、眠っていた時間は短くはないだろう。
寝かされていたベッド、部屋には特徴がなかったが、ここがヴェールの森の中ではない事は理解できていた。
――そうだ、リミスとアリアは……?
室内には自分以外に人はいない。記憶は、突如発生した衝撃の波で途切れていた。全身がばらばらになりそうな衝撃。手足を軽く動かすが、勇者の鎧が軽減してくれたのか、ダメージは残っておらず、身体に異常はない。唯一ある痛みは、頭の奥底で波打つように発生している頭痛だけだ。
敵に捕まった……? いや、ならば拘束くらいされていなければおかしい……はず。
指にはアイテムを異空間に収納できる魔道具がはまったままだ。側には剣がなかったが、その内部に収納されている事が、装備者である藤堂にはわかった。
扉の外から足音が聞こえる。いや、それは見知った気配だった。
鍵が開けられる音がして、木の扉がゆっくりと開く。
「ヘリオス……さん……」
「お目覚めですか、藤堂さん」
前回会った時と同じように、穏やかな、しかし油断のならない笑顔を浮かべ、ヘリオス・エンデルが訳知り顔で頷いた。
§§§
「ヘリオスさんが居るという事は……ここは教会か」
「ええ、ヴェール村の教会の一室です。藤堂さん、貴方は……闇の眷属との戦いに巻き込まれ、意識を失ったのです」
「そう……か……他のみんなは?」
「全員無事です。怪我なども特にありません」
状況を聞きながら、ヘリオスについて歩く。
全員が無事だという言葉を聞いて、藤堂は安心したように息を吐いた。
何が起こったのかも理解できない。突然全身を襲った衝撃。高性能な鎧を持ち、パーティ内では最もレベルが高い藤堂ならばともかく、アリアやリミスならば致命的なダメージを受けてもおかしくない。そう思っていた。そう思わざるをえないくらいに、凄まじい衝撃だったのだ。
案内された一室には既にリミスとアリア、グレシャがそろっていた。ようやく、日常に戻った気がして、藤堂の肩のちからが少しだけ抜ける。アリアもリミスも、着替えたのか部屋着になっていた。
「ナオ殿、ご無事でしたか」
「……ああ。気分は悪いけど、大丈夫、問題……ないよ」
「ナオだけ目を覚まさないから凄い心配したんだから……」
詰め寄ってくるリミスに、藤堂は弱々しく笑みを浮かべる。
「ああ……ごめんごめん。悪い夢を……見ていたみたいだ」
「……大丈夫? 酷い顔だけど」
「大丈夫。何の夢を見ていたのかももう……覚えていないから」
心配そうな表情をするリミスに答える。実際に、気分は良くないが起きた直後程ではない。
ヘリオスが水差しからコップに水をつぎ、藤堂に渡す。喉はからからに乾いていた。それを飲み終えるのを待って、ヘリオスが口を開いた。
「……さて、藤堂さんが眼を覚ましたので状況をご説明しましょう。と言っても、状況は単純です。貴方がたは闇の眷属――黒き血の民との戦いに巻き込まれ、気絶した所をここに運ばれました。記憶は?」
「……ある」
アリアとリミスの方に視線を向ける。それに応えるように、二人も小さく頷いた。
グレシャの方に視線を向ける。元竜の少女は顔を上げる事も無く、椅子の上でぶらぶらと足を揺らしていた。
「介抱に当たり、装備や、キャンプにあった道具は全て藤堂さん、貴方の魔道具に入れてあります。……藤堂さんの着ている鎧だけ、脱がせられなかったらしくそのまま寝かせる事になりましたが……」
「……ああ。この鎧は、僕にしか着脱出来ないんだ」
聖鎧フリードは強い加護のあるものにしか扱えないという特性をもつ。リミスは勿論、アリアにも装備出来ない勇者の鎧だ。
藤堂の言葉に、ヘリオスが大きく頷いた。
「外傷などは多少ありましたが、全て治療済みです。痛みなどはありませんか?」
「……ああ、ありがとう。大丈夫、ちゃんと動くよ。痛みもない」
全滅したら教会に戻るのだろうか?
一瞬浮かび掛けたゲーム的な考えを自ら否定する。これは現実だ。例え、レベルという概念が存在し魔法という神秘が存在し、
静かな声で、藤堂がヘリオスを見上げ問いかける。
「一つ、聞きたい事があるんだけど……」
「どうぞ」
「魔族……黒き血の民は……どうなった?」
藤堂の記憶の中では、魔族の方が圧されていたはずだ。あそこから逆転出来るとは思えない。
あの魔族は『負けだ』と言ったのだ。怨嗟と憤怒の混じった声。確かに藤堂にも聞こえていた。が、となると自分の意識を刈り取った衝撃の原因がわからない。
ヘリオスが素っ気ない様子で言った。
「自爆しました」
「……自……爆?」
「ええ。魔族の使う術の中にそういう術があるのです」
自爆。
予想外の言葉に、目を大きく見開き、ヘリオスをじっと見つめる。
「……戦っていた人は?」
「無事です。貴方がたをここまで運んできたのはその方ですよ」
「そう……か。よかった」
ほっと息を吐く藤堂の姿を、ヘリオスが目を細めて見ていた。
「……その人は?」
「……既に村を発ちました。忙しい方ですので」
「そう、か……助けてもらったお礼を言おうと思ったんだけど」
リミスとアリアと藤堂。グレシャは自分で動けたとしても、三人を運ぶのは骨が折れるはずだ。
また、魔族との戦いを邪魔してしまった謝罪もしなくてはならないだろう。
「藤堂さん、貴方がこれからも魔族と戦っていくのであればいずれまた出会う時が来るでしょう。その際に礼を言えばいいでしょう」
ヘリオスの言葉に、真剣な表情で藤堂が一度頷いた。
「ああ……そうするよ」
「土下座すればよろしいかと」
「……土下……座……?」
目を丸くしてヘリオスの方を見る。冗談を言っているような表情ではない。
視線をどこに向けていいかわからず、室内を見回す。以前入った時は様々な悪魔討伐のための道具が置いてあったが、今はもう全て片付けたのは何もない。戦いは終わった、という事なのだろう。
ヘリオスが藤堂たち全員に視線を送る。
「さて、その方から伝言があります」
「……伝……言?」
藤堂の肩が緊張にこわばる。
邪魔をしてしまったのはわかっていた。武器を、メイスを渡した時に感じた空気の変化、何が起こったのかはわからないが、清浄な空気が闇に汚染されるその様子は強烈に藤堂の脳内に刻み込まれている。
武器を渡さなければと思った。あんな事になるとは思わなかった。が、言い訳など出来るわけがない。
「……まぁ、色々と罵詈雑言を言付かっておりますが、その辺はいいでしょう。貴方がたが何故教会に報告した通りに動かなかったかも、既にアリアさんに聞いています。貴方の判断は個人的に尊敬に値しますが、こちらも何も考えていないわけではない。相手がなんであれ、十分攻略に足る戦力は用意されていました。余計な事をする必要はなかった」
「……ああ」
その場にたどり着き、戦闘の光景を見た瞬間に圧倒している事はわかっていた。
その戦闘能力。まだこの世界に来て戦い始めて間もない藤堂にでもわかる。自分よりも遥かにレベルが高いという事が。それでもつい手を出してしまったのは、何か手伝わなくてはという意識が先走ってしまったからだ。結果論で言えば、手を出すべきではなかった。何もするなという言葉に従うべきだった。
行動に、意志に後悔はしていないが反省点はある。
どこか不満気な表情をしているリミスを視線で牽制する。仮にも良かれと起こした行動に対して叱られるのが納得いかないのだろう。だが、行動が裏目に出てしまっている。反論出来るはずもない。
「終わってしまった事は仕方がない。しかし、次から行動を起こす際は……教会に一言頂けると助かります。こちらからもサポートできる事があるかもしれません」
「……プリーストを派遣してくれない癖に」
リミスがぼそりと呟いた言葉に、ヘリオスは笑みで返した。笑みで返し、その事には言及せずに続ける。
「我々は貴方がたの味方です。勿論、我々に神の寵愛を受ける
「ああ……わかったよ」
頷き、その言葉を記憶に刻みつける。確かに、行動は尚早だったのかもしれない。一言連絡してから森にはいってもよかったはずだ。それが出来なかったのは……藤堂の中に教会に対する不信感があったから、なのかもしれない。
その様子に三度頷き、ヘリオスが本題に入る。
「さて、ここから先は質問です。藤堂さん」
「質……問?」
「ええ……初めて見る魔族は……如何でしたか?」
「初めて見る……魔族……」
真剣なその言葉に、藤堂は昨夜の光景を思い出した。
人の形を取り、しかしひと目見た瞬間に人ではないと確信出来た黒き血の民の姿。視界に入った瞬間に空気が変わった、世界が塗り替わったかのように錯覚した。心臓の鼓動が早くなり脳裏に絶望が過ぎった。何故自分と同じ人の姿をしているのかがわからなかった。
邪悪。感じ取った。実感した。人類の天敵の意味を。例え地に伏せてさえ微塵も同情がわかず、ただ脳が警戒を促す。地に伏してさえ、殴られ顔を腫らしている、その瞬間でさえ、安心出来ない。
あれは敵だ。わかる。僕はあれを……殺さねばならない。
その表情を読み取り、長きに渡り魔族と戦ってきた神父は続けた。
「あれが魔族です、藤堂さん。貴方が討伐しなくてはならないのは……あれよりも何十倍も強い者、この世界の人間では勝てない魔王です」
「あれよりも……何十倍も強い……」
想像すら出来なかった。魔族は強かった。その何十倍も強い敵。
その光景を見た瞬間、空気に飲まれた。身体はまともに動かず、しかし視線を外す事ができなかった。
邪悪と秩序。光と闇のぶつかり合い。今まで、昨晩まで、藤堂は自らが敗北する事など考えていなかったが、目の前で繰り広げられた戦闘はその意志を覆すものだった。藤堂には――その殆どが理解できなかった。理解は出来なかったが、肌で感じられた。魔族の強さを。そして、それを圧倒する仮面の男の強さ。
召喚され、勇者として魔王を討伐する事を求められた時、藤堂は何故この世界の人間で倒せないのか疑問だったが、その戦闘を見た今ではその理由がわかる。人の天敵という意味が。
そして、それと相対せねばならないという重責が実感出来る。
藤堂が顔をあげる。ヘリオスの方を見上げる。
「強かった……本当に強かったんだ。あの魔族も……そして、それと戦っていた仮面を被った男も……」
「そうでしょう」
「僕ではきっと、今あの魔族に出会ったら……敵わない。多分、僕の剣ならば防御は切り裂ける。でも、一太刀与えるイメージがわかない。僕には……その攻撃が全く見えていなかった。対処方法のイメージもわかない」
移動速度。攻撃速度。無数に発生した闇の矢も、血の剣も、巨大な蝙蝠に化け飛来するその速度も、その一つ一つが自分に取って未知の光景だった。
強いと思っていた。強くなったと思っていた。この世界に君臨する神々の加護、八霊三神の加護を持つ勇者。城で受けた一時の訓練でその才能を認められ、前代勇者の装備すら預けられた。
グレシャと出会った夜に受けた姿無き殺意だけではない、実像のある圧倒的な敵。
藤堂直継が勝利をイメージできない魔族。と、それを一方的に打ち砕いた男。思い出すだけで緊張のせいか、心臓が強く鼓動するのを感じる。
魔王はこの世界の人間では敵わない。故に、藤堂は最終的にはその男を超えなくてはならない。
考えただけで……手が、身体が震えてくる。
「僕は……勝てるのか?」
「藤堂さん」
思わず口から出たその問いに、ヘリオスが問いかける。
「貴方にその意志は残っていますか?」
意志。その問いに藤堂は目を見開いた。
実力が足りなかった。経験が足りなかった。知識が足りなかった。ずっと、何もかもが足りていなかった。だがしかし、意志だけは目的だけは見失ったことはない。それは藤堂直継のプライド。
今更考えるまでもない。絶望的な敵と戦うのは初めてではない。
「ヘリオスさん。僕は召喚される前も世界を変えようと思いました……でも力がなかった」
藤堂はため息をつき、指輪から武器を取り出した。
手の中に一振りの長剣が顕現する。装飾のない黒い鞘に修められた無骨な剣だ。勇者の証、前代勇者が振るい数多の魔物を屠った聖なる剣。それを鞘から抜く。選ばれし者のみが扱えるとされる剣は、藤堂の手の平にしっくりと馴染んでいた。
如何なる金属で作られているのか、青白く輝く美しい刃が藤堂の横顔を映す。
聖剣、エクスの刃は担い手の意志そのものである。それが輝き光を放っているその事実こそが藤堂の意志が何一つ変わっていない証だった。
手の震えは既に収まっている。
「でも、今は振るえる力がある。まだ足りないかもしれない。でも、勝つ。相手がなんであれ、例え僕よりも遥かに強かったとしても。僕は……この世界を救うためにここにいる」
「そうですか。やはり、心配なかったようですね……」
感嘆したようにヘリオスが呟いた。自分よりも遥かに強い魔族と相対しまだ意志を保っていられる人間は多くない。
少なくとも、意志という面に置いては、この勇者は並外れている。実力さえ付けばあらゆる障害を打ち砕く勇者となれるだろう。
ヘリオスが藤堂から視線を外した。
「藤堂さん、貴方は人間の限界レベルが何レベルか知っていますか?」
「限界……レベル?」
アリアとリミスの方に視線を向けるが、二人は首を小さく横に振った。
レベルは上がれば上がる程に上がりにくくなってくる。普通は限界なんて意識しない。
「ご存知ないようですね。これはアズ・グリード神聖教内部で知れ渡っている一つの説なのですが、人間の限界レベルは……100だと言われています」
「レベル……100……」
藤堂のレベルは現在27である。どれ程の時間を掛ければ100まで上がるのか、全く想像がつかない。
その戸惑いを他所に、ヘリオスが続けた。
「ええ。教会の知っている限り、今この世界でそのレベルにまで達しているのは……たった三人。その三人もまた、正規の手段でレベルを上げたわけではない」
「正規の手段……?」
藤堂の言葉に、ヘリオスが頷く。頷き、そして笑った。
「まずは、そこを目指すとよろしいでしょう。レベル100、八霊三神、誰よりも強い加護を持つ貴方がそこに至る事ができれば……貴方は間違いなく世界最強になれる。必ずや魔王の討伐も出来る事でしょう。藤堂さん」
高く掲げたヘリオスの手の平から白の光が放たれる。その光を、藤堂はただ黙って受けた。
「貴方のレベルは現在27。次のレベルアップまでは後32657の存在力が必要のようです。魔王討伐、ご武運を祈ってます」
§§§
ヘリオスに礼をいい、以前までとっていた宿に戻る。
最後に、ヘリオスは魔族が勇者の存在に感づいたという情報を教えてくれた。時間はない。出来る限り早く次の街に行かなくてはならないが、疲労が既に限界だった。
疲れていた。肉体的ではなく、精神的に。
高く意志を持つ事。正義を貫く事。藤堂の性質は父親が幼い頃から叩き込んだものだ。だが、それは決して疲労しないという事を意味しない。
鎧を脱ぎ、シャワーを浴びる。疲労をお湯と一緒に流し落とし、宿の一室で仲間と向き直った。疲れてはいるが、一刻も早く今後の指針を立てなくてはならない。
「みんな、お疲れ様。僕の行動であんなことになってしまって悪かったね」
「いえ……あれは皆の責任です。そもそも、私も早とちりでした……」
アリアの言葉に藤堂は疲れたような笑みを浮かべ、首を横に振った。
確かに、森に入った発端はアリアの「負けます」発言だったが、決定したのは藤堂である。
そもそも、全ては自分の責任だ。このパーティは他でもない、藤堂直継のパーティなのだから。
もしもアレスが残っていたら止めていただろうか。ふとそんな考えが浮かび、すぐに打ち消す。今更いない者の事を考えても無駄だ。
席につくアリアとリミスの方に視線を向ける。グレシャはどうも元気がないようで、ベッドの上でごろごろしながら足をばたばたとさせていた。もともと、グレシャはついでに連れているだけで特に何かを求めているわけでもない。教会においておいて貰えないか頼んでみたが、断られてしまった。
テーブルの上にルークス王国内の地図を広げる。
藤堂はヘリオスから話を聞いている間に考えていた事を話した。
「次の目標地点だけど……ゴーレム・バレーじゃなくてアリアの言っていたユーティス大墳墓にしようと思う」
「……なぜですか?」
その提案を初めに出したのはアリアだが、村長から却下されたはずだ。様子はやや不自然だったが。述べられた理由は納得に値するものだった。
リミスも、初めて聞く話にやや不満気な表情で藤堂を見た。屋内で火属性の精霊魔術は危険。大墳墓を次のフィールドとするとなると、火の精霊しか使えないリミスにとって再び消化不良の戦いが続く事にる。
二人の顔を交互に確認し、続ける。
「
「プリーストを仲間にする……ため?」
「ああ……」
藤堂が音を立てて地図を叩く。その表情には疲れが残っていたが漆黒の眼は静かに輝いていた。
黒き血の民の操った特殊能力は、まだヴェールの森で低レベルの魔物しか狩った事のない藤堂の見たことのないもので、それと相対する僧侶の姿もまた、初めてみる類のもの。
新しい知識、経験は指針となる。
「魔族を実際に眼で見てわかったんだよ……このパーティには
「はぁ……まぁ、そうですね……」
常識中の常識だ。傭兵のパーティはまず
当たり前の事を今更言い始める藤堂にアリアが訝しげな表情を見せる。
「もともとは、僕がある程度カバーしようと思っていた。ヒールも結界も、神力こそまだ低くともある程度は使えるから……」
「……回復なら最悪ポーションを買い込めばいけますからね……」
それは、既に一度パーティ内で話し合った内容だ。レベルアップを優先する。実際に探してみたが、プリーストはいつ見つかるともわからない。アリアとリミスの生家のバックアップさえあれば、貴重な回復薬もある程度数を揃えられる。
リミスが眉根を寄せて、藤堂に尋ねた。
「……それで、今更何がいいたいのよ? ナオが言ったんじゃない、プリーストは後回しにするって」
「それじゃダメなんだ! 僕はわかった……僕には足りないものがある」
「何よ?」
藤堂は大きく頷き、その言葉を出した。
「『
藤堂の瞼の裏に焼き付いていたのは、仮面の男が放った無数の光の矢。魔族の放った闇の矢を全て崩す流星のような光景だ。闇を祓う光の矢、だ。
その光景こそ、魔族との絶望的な力量差に見いだせる唯一の希望。
若干興奮した様子で、パーティメンバーに言う。
「あの力は間違いなく今後の戦いで必要になる。手に入れるならば、早い方がいい」
「……まぁ、確かにないよりはある方がいいのは間違いありませんが……」
藤堂が何に触発されてそんな事を言い出したのか、アリアにはよくわかった。図らずも、その一戦を同じように見ていたアリアにも引きつけられるものがあったからだ。。
『
「ユーティス大墳墓はアンデッドの蔓延る場、
藤堂の言葉に、アリアとリミスがゆっくりと顔を見合わせた。
言っている内容は間違いではないし、理屈はそれなりに通っている。もともと、ゴーレム・バレーを次の目標にしたのは村長から薦められたから、レベル上げの効率がいいと言われたからで、特にそこに拘っているわけではない。勿論、村長の言った問題点はあるが、それを上回るメリットがあるのならば、リーダーの藤堂がそう決定するのならば、アリアは従うつもりだった。
「ゴーレム・バレーよりも経験値効率が劣るが、プリーストを仲間に入れることができたならば……問題があったのならばゴーレム・バレーに移動してもいい」
「なるほど……確かに、大墳墓にはプリーストが大勢いるでしょう。あそこは神聖術のみで戦える数少ない地ですから」
攻撃力の乏しいプリーストのレベルを上げられる格好の地だ。仲間のプリーストのレベルを上げるためにあえてそこを訪れる傭兵パーティも数多いと聞く。
「……ですが幾つか問題が」
「問題? 何?」
首を傾げる藤堂に、アリアが言った。
「ええ。ナオ殿はあの光の矢を見て退魔術を手に入れようとしているのだと推察されますが……それは恐らく不可能です」
「……何故?」
「ナオ殿はこの世界に来て間もないので知らないと思いますが……昨晩魔族と戦っていた男は間違いなく退魔の専門家です」
アリアが説明を続ける。武家の一門だけあって、魔物狩りというものについてもある程度の教育を受けていた。その中には
「退魔の専門家は基本的に教会に所属しています。あのランクの
「? プリーストなら誰でも使えるんじゃないの?」
「基本的にプリーストは
「……なんで?」
「……退魔術を修めるのに時間を掛けて回復や補助を疎かにするよりも、他のメンバー剣や魔法で倒したほうが手っ取り早く安定しているからです」
アリアの言葉を、藤堂が眉を顰め、アレスから退魔術を習わなかった理由を思い出した。確かに言っていた。優先度は低い、と。とりあえずは覚える必要はない、と。
ヴェールの森では大きなダメージは受けなかったので実感がないが、確かに戦闘中に怪我をする事が多くなれば退魔術など使っている暇もないだろう。
だが、そんな事で引くのならば最初から口に出してなどいない。
「……全く使えないって事はないなら、僕が教えてもらえば――」
「そこでもう一つの問題が……」
アリアが深くため息をつく。言うべきか言うべきでないか迷い、結局その言葉を口にした。
黙っていてもいい事はない。どうせいつかは知る事でもある。
「神聖術は……普通、
「……は? ……僕は……教えて貰ったけど?」
予想外の言葉に、藤堂が目を丸くする。
やっぱり知らなかったか……。
それは、傭兵ならば誰しもが知っている情報である。皆が一度は考える事だからだ。
「教義で決まっているらしく……まぁ、傭兵の間では教会の利権だとかもっぱらの噂ですが、それを口に出す者はいませんね」
「僕は教えて貰ったけど?」
苦々しい表情でアリアが首を振る。
「……あれはアレスがおかしいのです。奴は……魔物も食べれば刃物も使ってましたから。どちらもアズ・グリード神聖教で制限されているはずなのに……」
本当の敬虔な
その表情から本当の事を言っているのだと感じ取り、しかし藤堂が尋ねる。
「……
「……そこまではわかりませんが……可能性は高くないかと。何しろ、教会は融通が効かない所がありますから」
確かに、教えてくれる可能性もなくはない。だが、そうであるのならば、魔王討伐の旅に出発する前に教えてくれていないとおかしいのではないだろうか。回復魔法を使えるのと使えないのとでは生存率が大きく違うのだから。
アリアはアズ・グリードの信徒だが、そこまで教会に詳しいわけではない。なんとも言えなかった。そもそも、国境を持たない教会には機密主義のきらいがある。
アリアの言葉に深刻そうな表情で藤堂が考えこむ。それを慰めるように、アリアが続けた。
「まぁ……どちらにせよ、僧侶は必要です。大墳墓に先に行くという案は悪く無いかもしれません。な、リミス」
「……まぁ、私はどっちでもいいけど……」
方針については基本興味なさげなリミスが、足をバタバタさせているグレシャを眺めながら何気なく言った。
「でも……
「!?」
リミスの言葉に、アリアは本気で目の前の少女の神経を疑った。一方的に追い出した相手に教えを乞うとは……並の心臓でできることではない。
藤堂も同じ意見なのだろう。テーブルに肘をつき、落ち着かなさそうに髪を掻き上げる。
「無理だよ。一方的に出て行って貰ったんだ。今更どの顔をして頼めばいいんだ」
「私はプリーストを融通して欲しいって頼んだけど」
「……リミス、君、凄いね。僕なんかよりよっぽど勇者だよ。マジかー」
出会ったとは聞いていたが、まさかそんな事まで頼んでいたとは。
魔物に立ち向かう事はできても、魔族と戦う勇気はあっても、藤堂には出来ない事である。
「頼んで見るだけならタダだと思うけど……」
「無理だ。僕には無理だ……僕は彼に男はいらないって言ったんだよ!?」
テーブルに上半身を伏せ、ばんばんと力なくテーブルを叩く。
とても勇者には見えないその様を見て、リミスが目を丸くした。
アリアがどこか疲れたようにその様を見下ろす。
「……といっても……その件については正直、私もそろそろ無理があるかと……思っていました」
「……知ってるよ。知ってる」
藤堂がばんばんと現実を叩き潰すようにテーブルを叩く。
気にすることなく、アリアが続ける。
「
「知ってるって言ってるだろ!? くそっ、普通、魔法の鎧なら装備者の体格に自動で装着されるとか、そういう力あってもいいじゃないか! なんで軽さ軽減の魔法はかかってるのにサイズを合わせる魔法がかかってないんだよ。馬鹿じゃないのか!? 僕は勇者として召喚されたはずだろ!?」
「? 何の話?」
一人、わかっていないリミスに、アリアが引きつった苦笑いを零した。
ぴたりと藤堂の動きが止まる。数秒後、観念したようぼそりと呟いた。
「最近……勇者の鎧が――聖鎧フリードが……きついんだ。その、胸が大きくなって……今でもかなり真剣にやばい。このままじゃ近いうちに勇者の鎧が着れなくなる」
「……ぷっ」
吹き出したリミスに、藤堂が涙目で掴みにかかる。
肩を掴み、がくがくと前後に振った。
「やばいよ、リミス。笑い事じゃない。真剣にやばいんだ。今までは何とか誤魔化してきたけど、胸が小さかったから普通に着れてたけど……レベルが上がる毎に……大きくなってる」
「ナオ、やめっ……わ、わかったから……」
「わかってない。わかってないよ、リミス。大体、なんだよ。自分から呼び出しておいて、今までの勇者とは性質が違う。女の
「お、落ち着いて下さい、ナオ殿ッ! 冷静になって、ほら……鍛冶屋で調整してもらうとか……」
「無理だ。無理だよ。神の作ったとされる何の金属で出来ているのかもわからない、ふぁんたじぃな鎧をどこの鍛冶屋が直せるんだよッ!」
「えっと……それは……伝説の鍛冶屋とか……」
「どこにいるんだよッ!」
つっこみを入れ、力尽きたように再びテーブルに伏せる。伏せて、ぼそりと呟いた。
「大体、胸の部分だけ直したら……絶対に女だってバレる。冗談じゃない。せっかく勇者になったのに……王国からも教会からもバレないようにって言われてるのに……僕は……希望なんだ」
アリアが気の毒そうに聖勇者を見て、慰める。
「……ですがナオちゃん。さらしで引き締めるのももう限界です。もう既にかなり苦しいのでは?」
「ナ、ナオちゃんって呼ぶなぁぁぁぁぁ!」
「藤堂ちゃん……あまり無理をするとダメージが入りますが……」
「藤堂ちゃんって呼ぶなッ! ……レベルが上がったから、まだ我慢出来てるんだ」
「でも、レベルが上がったから胸が大きく――」
「ああ、わかってるよッ! わかってるからッ! ああああああああああああああああッ! もうッ! レベルってそういうものじゃないだろ、普通ッ! 今まで全然成長しなかったのに、なんで勇者になったら――」
「存在力を吸収する事により存在が大きくなっているのです」
「いいよッ! わかったよッ! 今更だよ、その情報ッ! 建設的な話をしよう!」
ゆらりと起き上がり、藤堂が鋭い目つきがリミスを見た。正確にはリミスの薄い胸を。
猛禽類のような眼を見て、リミスがびくりと震えた。
「リミス……胸を交換しよう」
「い、いや、無理だから」
「いや、いける。きっといけるよ。頑張ればいけるよ。僕は……負けない」
藤堂の腕が伸びる。リミスが慌てて躱そうとしてひっくり返る。
狭い室内で追いかけっこを始めた二人を見て、アリアは眼を細めため息をついた。
果たしてこれで魔王を討伐出来るのだろうか。
【NAME】藤堂直継
【LV】27
【職業】聖勇者
【性別】女
【能力】
筋力;あまりない
耐久:あまりない
敏捷:そこそこ
魔力:かなり高い
神力:あまりない
意志:かなり高い
運:ゼロ
【装備】
武器:聖剣エクス(軽い。振り回せる)
身体:聖鎧フリード(凄くきつい)
【次のレベルまで後】32657
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