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木下望太郎さん、シャーロックさんありがとう。そして私のトラウマについて。

「読まれないのは作者の罪でなく読者の罪でもない」「削除はしないでください。黄金の一粒との出会いの可能性は残しておいて」の言葉に、ついに降参しました。
 全く書いたこともない小説を書くため、パソコン教室を探すことから始めて6年。投稿する・Webに掲載・100ページ書くの目標をクリア。やりたい事みんなやったので、これで未練なく辞められると思ったのに「3月末で辞める」と口にしたら、「今辞めたら勿体ない」が各方面から飛び出して、どうしよう。
 1月10日いらい、本当に頭がぐちゃぐちゃでした。そのボーッとした頭が「あ、続編書くって約束してたな。やめる前に書くか」と思って弾みで書いてしまったのが「魔法の国のシャーロック・ホームズ」です。そして書き上がった時、こう思ったのです。「よし、これを誰も読んでくれなかったら、それを口実にして辞めちゃえ」
 だめでしたね、どうしよう。
でも、2023年も書き続ける為には、私のトラウマについて説明をしておかないとなりません。私は昔、少女漫画の同人誌にいました。(近況の『絵描いてます・2枚目・3枚目』を見てください)描くのは早かったです。友人がニューヨークを舞台にしたデビュー作を落としそうになった時、32ページの小道具・背景1人で全部、14時間で書いたことあります。
 同人誌の月の会報に、みんなはカット一枚でしたが、私は必ず3枚(美しい・カッコイイ・カワイイ)の三種類の別なタイプの絵を送ってました。編集の人が好きなのを選べるようにサービスです。そうすると編集は、決まって流行の絵を選び、ちょっとチャレンジしたものや、カワイイのは没になります。そしていつも、表紙と裏表紙にされました。年数回、会誌をコミケで並べると、私の描いた表紙の回だけ瞬殺で売れます。姉妹誌からも、表紙依頼が殺到。売り上げがかかっているので手を抜くこともできず、いつのまにか流されて、絵を描くだけの「表紙屋」にされて便利に使われ、ストーリー作品を描く時間を全て奪われて、私の漫画時代はそのまま終わってしまいました。今は肩を筋断裂してしまい、絵は描けません。
 木下望太郎さん、「赤い靴10」の「悲しい成功者」は、私の事でもあるのです。
「ストーリーが描きたかった。投稿したかった。チャレンジすることさえできなかった」その悔しさが、トラウマになり、それを克服するために小説を書き出しました。
そうして遂に「描けなかった、悔しい」を「自由に書けた、楽しい」と、上書きすることに成功。もう充分満足したので終わりのはずだったです。
 カクヨムに来た時、PVと星のシステムを知り、体が硬くなりました。「また他人の眼を気にしなくてはならないのか?」それを「気にするな、お前は好きな物を書くためにきたんだ。目標のクリアだけ考えろ」と、無理やり目を逸らしてきょうまできたのです。私のやり方は、「明確な目標を設定して猪突猛進、何も考えずやり遂げる」です。でも、もしこれ以上書き続けたら、目標設定は「読み手」を意識したものにならざるを得ない。また、周辺圧力に屈して、本当に書きたいものを否定され、書きたくもない「売れ線」を書き続けなくてはならないのか。自分の好みのものだけつまみ食いして、飽きたらポイの読み手に振り回されなくてはならないのか? そう思った途端、心が悲鳴を上げて、トラウマが「削除」を始めたのです。「消えてしまいたい」と。それでも書くのは楽しいし、いくらでも書けるんです。ああ、どうしよう。

 

4件のコメント

  • こんばんは。
    源さんが同人誌時代に経験されて来たことは、本当に酷く辛いものだったと思います。「書きたいものは売れない」「売れなければ書いていけない」それは全ての創作者の永遠の悩みだと思います。
    本当になんなんでしょうね。私も時々叫んでます。

    「自由にやらせろコノヤロー」「競争させんじゃねえバカヤロー」「売れなきゃ価値がねえのかよー」「おかしいだろよそんなのよー」

    私たちは生まれながらに優劣を付けたがる世界の奴隷なんですね。「お金がなきゃ暮らして行けない」が「だから地位を得なくては」になり、自由なはずの創作さえも制限される。
    生き方の指針が物欲と虚栄心なんて狂ってますよ。どうしてもっと「みんなちがってみんないい」「なるようになるさ」と思えないんでしょう!

    でも源さん、貴方は同人誌時代に「自分が蔑ろにされる辛さ」「尽くしても報われなかった悲しみ」を感じたからこそ、「本当にやりたかったこと」に気が付いていらっしゃいます。
    今小説を書いているということはきっと、神様が源さんに「自分に挑戦し自分を尊重することを学ぶ」二度目のチャンスをくださったからなんです。
    ここが踏ん張り所ですよ。目標なんて定めず、好きなものを好きなように書いてください。たとえ反応がなくても、木下望太郎さんが昨日おっしゃっていたことが全てだと思います。

    私も作品をゴミだと言われて「消えたい」と思ったことは少なからずありますが、何で私が消えなきゃいけないんですかね。そいつが消えりゃいいんですよ。他人に期待することはそもそも馬鹿らしいことです。
    名誉や人気も、追いかけて、追いかけて、いつまで追いかけりゃいいんですか。光るもの全て金ならず、ただのメッキだってこともあり得ます。売れ線を書くのも毎日更新するのも私にゃ無理ですよ。そういうキャラじゃないんで。

    色々書きましたが、これは私が源さんに教えて頂いたことでもあります。自由への道は険しいですが、頑張りましょう。お互いに決して他人に振り回されない強い自分軸を構築して行きましょう!
  •  先日はぶしつけな文章を書き、申し訳ありません。そのようなことがあったのですね……。
     それにしても、漫画描き時代のお話、個人的には興味深く拝読しました。前に言った『吼えろペン』みたいな世界(笑)。
     それはそれとしまして、すごいと思ったのが、源さんが「三種類のカットを出していた」ということです。手塚治虫先生も漫画を描く際、いつも三つはストーリー案を出して編集者とどれにするか話し合っていた、と聞いたことがあります。

     どちらも、普通はそんなことしません。
     締め切りに間に合うようにパッと一つやっつけでやっておしまいですよ(私だったらそうです)。

     それを、源さんはやっていた。
     きっとすごく実力があり、作業も早く。そして何より、人のことを思って行動する方なのだと思います。
     そうでなければ「編集の方へのサービスで」そんなことできません……(私なら頼まれてもしないな……)。
     
     そして、だからこそ。人の気持ちが見え過ぎて、気にし過ぎてしまうのではないかと思います。
     
     もうここで言っておきます。どうかわがままになって下さい。
     どうしても削除したいっ! というのであれば、どうか他人の声はお気になさらず、削除なさって下さい。

     カクヨムに限らず、こうした小説投稿サイトではどこも閲覧数、評価……そうした数字がついて回るものです。私もまさにそのことで悩んでいたとき、源さんの近況ノートを目にして、他人事と思えず、ついつい口を挟んだ次第です。

     ですが。このことはとりもなおさず、社会が健全であることも示しています。
     たいがいの物事は強制された時点で価値を失います。その中で我々は皆、書きたい奴が書きたいものを書き、読みたい奴が読みたいものをよむことができているのです。書くな、とも読むな、とも、誰にも言われることなく。

     「鹿を狩るな」と獅子に言ったところで詮無く、「肉食って体力つけろ」とリスに言ったところで甲斐はありません。
     それは源さんご自身が誰よりご存知のはずです。
     
     我々は、幸い。誰にも強制されておりません。書くことも読むことも。作者も読者も。
     他人は誰も我々を縛っておりません。
     我々を縛っているのはただ、自分自身の眼差しだけです。自分で置いた石に、自分でつまづいているだけです。
     
     かく言う私も、自分で置いた石にいつも泣かされております。誰だよこんなとこに石置いた奴!
     
     ともかく、人の都合に縛られてきた源さんだからこそ、自分の都合で行動なさって下さい。
     そして、差し出口ながら申し添えておくと。

     どう選択しても、人間は後悔するものでございます。選ばなかった道の芝生が青く見えるものでございます。
     そしてさらに申し上げれば。削除は一瞬です、簡単です。ですがもしも削除した後、後悔して作品を上げなおしたくなったら。どうしたって、めっちゃメンドくさいです。

     私も他の投稿サイトで、ここと同じものを載せていますが。長編をうっかり一つ消してしまいました。上げなおそうかとも思いましたが「メンドくさっ……そのうちしよ」と思って全く手をつけておりません。

     どちらを選んでも後悔するのであれば――後で削除するのは一瞬ですから――とりあえず、残しておく方が良いかと思います。
     特にこうしたサイトに作品をまとめておくと、自分で読み返すときも便利なので。
     一杯やって判断力を失った脳で「この我が文章の冴え……まさに天才のそれ……!」「ククク……現生人類は未だ我が物語を解するレベルには達していないようだな……哀れなことよ」などと一人悦に入るのも乙なものです。私は週一回ぐらいやってます(他にやることないの?)。
     
     そんなわけで。とりあえず、私が読み終えるまではお待ちいただければ幸甚、幸甚。
  • コメントありがとうございます。2023年4月、自分が何を書いているのか考えた時、何も出てこなかったので、「あ、もういいや。辞めよう」と思ったのに、まさか引き止められるとは思いませんでした。この2日で、辞めるつもりでいたベクトルを180度ひっくり返すのは至難の業でした。今まではアイデアを文字化するので、精一杯。自己満足ならそれで充分でした。でも、それを超える粋になりたいなら、戦う武器が必要になります。漫画同人誌時代の昔話を一つしましょう。同人誌仲間のYが、会報を見て「今月の絵あんまり良くなかった」と言ってきた。私は「そう」と答えました。翌月の会報の絵を見て「今まで描いた中で最高にいい絵だった」と言ってきたので、私が「当然だよ、あなたのために書いたんだから」と答えたので、Yはびっくりして目を白黒させてました。人間にとって「いい絵」というのは「上手い絵」ではなく、「自分好みの絵」なのですよ。これが出来たから、私は表紙屋になれたのです。
     今回これを小説でやってみました。「魔法の国のシャーロックホームズ」は、シャーロックさんのためだけに書いたオーダーメイド作品でした。これがもし、成功したなら大変な武器になります。その人と同じタイプの一定数の人間の支持を得られることが保証されるからです。なにしろ、なれない小説で初めてやったので、ヒヤヒヤものでしたが、どうやら成功したようです。
     これをいろんなパターンでやるためには、多彩な文体の書き分けができないとやれません(絵の作風を変えるのと同じです)今年は、いろんな作家の本を読み漁って、文体の違いについて研究するつもりでいます。
    今年は短編(一万字以内・7〜10日)だけかきます。短くて早いというのも武器の一つです。なぜならコロナと同じで進化が早い。デルタ株が、あっという間にオミクロン株になるのですから。
     それと並行して、削除した「救いのないホラー作品達」を「令和残酷物語」というタイトルで、一つにまとめて再生しようかと思っています。
    ホラー好きの人はこのタイトルを見てみたくなるでしょうし、そうゆうのを見たくない人は、開かないでしょう。ほのぼの作品を見たくて、私のサイトを覗いた人が、うっかり読んでガッカリして、もう他のを読もうという気がしなくなるのを避けるために、削除したのです(まさに他人の目を気にして)でも、あなたの言葉で「そんな作品でも読みたい人もいるかもしれない」と思い直しました。救いのない話でも、一本一本、血を絞るようにして書いたのですから。とりあえず、後一年頑張ってみます。「ホームズ」の後、一日で書いた「霧の中の誕生日」と言う作品をおまけで載せます。一度没にしたけど、やっぱり載せようかと思ってます。

    「貴様、私に何を飲ませた!」
    そう叫ぶと、知らない大男はベランダにいたお隣のお爺ちゃんをナイフで刺した。
    「キャーッ」
    私は持っていたマーガレットの花束と、お爺ちゃんにあげる手作りスコーンを落として、シスターの所へ逃げた。お爺ちゃんは死んでしまった。とても霧の濃い朝だった。
    警察が来て、お爺ちゃんの家を黄色いテープでグルグル巻きにして、誰も近づけなくした。
    写真を撮ったり、歩きまわって忙しくする警官達を、私はシスターに縋り付きながら、修道院の孤児仲間達と見ていた。
    優しいお爺ちゃんだった。お金持ちで、私達孤児たちの、あしながおじさんだった。
    わたしとお爺ちゃんはぐうぜん誕生日が同じで、今日がその日だった。一緒にお祝いする約束をしていたのだ。シスターに手伝ってもらって、生まれて初めて焼いたスコーンを、庭に咲いてたマーガレットと一緒に届けようとしたのに、食べてもらえなかった。
    「お爺ちゃんは、知らない大男に刺されたの」
    と訴える私に、警察は怪訝な顔でこう言った。
    「お嬢ちゃん、お爺さんは自殺したんだよ。遺書もあったし、ナイフの指紋もお爺さんのものだった。家中調べたけど、お爺さんの指紋しかなかった。お嬢ちゃん、お爺さんの死体を見てビックリしすぎて、なにか勘違いしたんだよ」
    「だって、見たんだもの。嘘じゃない」
    シスターは泣きじゃくる私を抱きしめて頭を撫でてくれた。
    「悲しいけど、いつかはみんな神様のところに行くの。お誕生日と死んだ日が同じだったとしても、それはお爺さんの運命なのよ。遅くなったけどバニッシュ、6歳の誕生日おめでとう。さあ、みんなでスコーンを食べましょう」
     
     あれから10年が過ぎた。今日はわたしの16歳の誕生日。わたしは、またマーガレットを花束にして、お隣に向かっている。
    亡くなったお爺さんは、あの家以外の全財産を、シスターの修道院に寄付してくれた。おかげで私達孤児は、なに不自由なく皆元気に育って15歳になるとここを巣立って行った。わたしは見習いシスターとして残り、子供達の世話をしていた。
    あの家はおじいさんの甥御さんが、時々別荘として使っている。おじいさんそっくりな、ほっそりとした、優しい人だ。おじいさんと同じ産婦人科医をやっていて、来るたびに、子供達にお土産を持って来てくれる。驚くのは、この人の誕生日もお爺さんと同じ、つまり私と同じ日なのだ。
    「そのせいかな、叔父さんとは妙に気があってね。可愛がってもらったよ」
    そう言って笑う笑顔が、本当にそっくりだった。いつの間にか、誕生日はおじさんの家で一緒に過ごすのが習慣になっていた。私はもう、ケーキが焼けるようになっていた。
     16歳の誕生日の日、一人の大きな男が訪ねてきた。ここのOBで、寄付をしにきたと言う。お爺さんの遺産が尽きてきて、この頃シスターは金策に苦労していたから、ありがたかった。だから油断したのだ。私はその男にレイプされた。
    子供が産まれると分かった時、死のうとした。でもシスターに止められた。
    「だめよ、赤ちゃんに罪はないの。ここでみんなと一緒に育てましょう」
    同意するしかなかった。臨月になっても、子供は出て来なかった。なんと前例のない2ヶ月以上も遅れての出産となり、女の子が生まれた。また……私とおんなじ誕生日だった。
     その頃から、私の体に異変が起き出した。お乳が出ないだけでなく、どんどんと痩せて生理も止まり、イライラして物に当たるようになったのだ。
    心配した、隣のおじさんが詳しく調べてみると大変なことがわかった。私の体から女性ホルモンが消え、男性ホルモンが増大していると言うのだ。
    変化は止まらず、驚いたことに、骨格まで太くなり、男性生殖器まで生えて、一年立たずに、私は完全な男性になってしまっていた。こんな例は一度もないと、彼も驚いていた。
    男になってしまっては、修道院にいつまでもいるわけにはいかない。私は、シスターに赤ん坊を預けて、二年遅れで、外の世界へと巣立つこととなった。幸い私は美しく、時代はそう言う男を求めていた。モデルから始めて、アイドル、俳優へと、ステップアップして、ついにハリウッドからも、声がかかるようになっていた。
    33歳の誕生日は、私が主演のローマ時代の軍人の映画のクランクアップの日だった。この日焼けしてムキムキに作り上げた体を見て、私がもと女だなどと、思うやつは誰もいないだろう。スタッフ一同で祝ってくれて、監督は次の映画の契約金を、バースデイプレゼントとして、気前よく小切手で払ってくれた。かなりの額だった。
    それを見た時、シスターと娘のことを思い出した。シスターはいつも爪に火をともすようにして、子供達のためにやりくりしていた。あれきり、一度も二人に会っていない。
    不意に懐かしさが溢れ出し、娘に会いたくなった。この姿では母とは名乗れないが、孤児たちのOBのフリをして、せめてこれを寄付しよう。
    パーティが終わった夕暮れ、私は車を走らせた。霧が濃くなっていた。
    修道院に着いた頃には、すっかり遅くなった。みんな寝てしまったのだろう、修道院は真っ暗だった。台所に灯がついているのを見つけて、裏口に回ると女の子が、一人出てきた。
     一目でわかった、私の娘だ!マーガレットの花束と、ケーキの箱を抱えている。
    「もしかして、ノーワンさん?今日、同じ誕生日のOBの方もお招きしたと、先生から聞いてます。初めまして、一緒に誕生日を祝えるなんて嬉しいです」
    みると、隣の家に灯りがついていた。そうだ、隣の産科医も私と同じ誕生日だった。
    「先生は急患が入って少し遅れるから、先にやっててくれと言ってました。どうぞお入りください」
    そんな約束はしていなかった。だが、娘といられる理由ができた。後で間違いだったと謝ればいい。そう思って、娘の後をついて隣の家に入った。
    ケーキを切り、用意してあった食事を食べた。乾杯ようのシャンペンだけは、一緒に飲もうと、医者の帰りを待つことにした。話が弾み、楽しい時間があっという間に過ぎた。
    12時少し前、電話が鳴った。
    「あら、先生!ええはい、わかりました。ノーボデイさん、先生これから帰るけど、乾杯だけは、誕生日のうちにしたいから、シャンパン開けて三人で『お誕生日おめでとう』を言いましょうって。お付き合いしてくださいます?」
    娘がグラスを出し、私がシャンペンを開けた。だから、その中に何かが入っているなんて、疑いもしなかった。
    「お誕生日おめでとう」
    三人同時にそう言うと、私は、シャンパンを飲み干した。途端に世界が真っ暗になった。
     気がつくと、娘が気を失って倒れていた。殴られ、服を引き裂かれ、レイプされて。
    「おい、大丈夫か」
    「触らないで、悪魔!」
    目を開けた娘はそう叫ぶと、外へ逃げ出した。
     私は、下半身何もつけていなかった。私は、実の娘をレイプしてしまったのだ。
    頭が割れるように痛く、世界がぐるぐる回っている。おかしい、普通じゃない。
    電話の受話器は外れたままだ。あの医者にきかれた?慌てて受話器を戻す。シャンパンの瓶が割れて落ちていた。そうだ、シャンパン、あれに何か入っていたんだ。これは、罠だ!
    外はもう朝、濃い霧が出ていた。ベランダの方から泣いている娘と、慰めるシスターの声。
    「手元にピルがなくて。後で届けるから」と言う男の声もした。
    帰ってゆく2人に、後ろ姿の痩せた男が手を振っている。
    男はため息をついて椅子に座った。この家の主人だ。あいつが私にあの酒を飲ませたのだ!
    カッとなって、果物ナイフを掴むと私はベランダに走った。
    「貴様、私に何を飲ませた!」
    叫ぶと同時に、男の脇腹をさしていた。男が振り返る。その顔はあのお隣の優しいお爺ちゃん。そして、年老いた私の顔だった! 男は黙って倒れた。
    「キャーッ」
    マーガレットの花が飛び散り、取り落とした袋からスコーンが転がる。そこに、悲鳴をあげて霧の中の修道院へと逃げていく6歳の私がいた。
    「待って、待ってくれ」

    私はナイフを落とすと、小さな私の後を追った。修道院に入ると、礼拝堂にシスターが、跪いて、祈っていた。シスターが振り向いてこっちを見た。
    「バニッシュ、その血はどうしたの」
    言われて初めて気がついた。死んだ私の返り血を浴びて、私の服は血塗れになっていた。
    「シスター助けてください! 人を殺してしまいました。6歳の私に見られてしまったんだ、どうすれば……」
     あれ……6歳の私に見られた? なんで私が二人いるんだ?
    「まだ、告白しなくてはならないことがあるでしょう。あなたは昨夜、娘をレイプしました」
    そうだ。私がレイプされたのは、16歳の誕生日の夜だった。そうして娘が産まれた。
    その後男になって、きのう昔の私そっくりの娘に再会して……違う、昨夜私がレイプした女の子は、16歳の私だったんだ。産まれた娘の父親は、33歳の私。私の殺した男は年老い
    た私……私は未来の私を殺して、それを6歳の私に見られたんだ。みんな私一人に起きた
    事だったんだ。いったいどう言うことなんだ?
    いつの間にか礼拝堂の中が霧に満ちていた。霧は、シスターの体から湧いてきているように見えた。6歳の時に私を慰めてくれたときと少しも変わらない、皺一本ない美しい顔。
    あれから27年も経っているというのに!腹の底から恐怖が湧き上がる。
    「あなたは何ものだ。此処はいったいなんなんだ?」
    「ただの孤児院よ。ここを卒業した皆さんのありがたい寄付で、やっと成り立っている小さなお家。ノウウェア修道院、意味はわかるわね」
    Nowhere.どこにも無い、ムダで、無意味で、実在しない場所。
    「ちょうどよかったわ、あなたの殺したお爺さんのお金が無くなった所なの。寄付をお願いできないかしら。あなたに新しい足長おじさんになってもらいたいの。お願いできるわね」
    やっとわかった。この女は、そうやって何人もの卒業生を食い物にしてきたんだ!
    「嫌だ、死んだって嫌だ」
    私が叫ぶと同時に、隣の部屋から赤ん坊の産声が上がった。
    「ああ、あなたが産まれたわ。死んでも嫌だと言うなら、いま赤ちゃんを殺せばいいわね。だって取り上げたのは、あなた自身。あなたがさっき殺した産科医だもの。簡単よちょっと首を捻るだけ。死産だったと言って終わり。あなた次第よ、バニッシュ・ノーワン」
    Vanish noone〈消える、誰でもないもの〉それが私の名前。この名をもらった時から、もう私の人生は決まっていた。初めから、逃げる術などなかったのだ。
    「これから何をすべきかは、分かっているでしょう?」
    私はポケットから、小切手を出して渡した。
    「いつもご寄付ありがとうございます」
    シスターはおし頂いた。
    私はよろけながら外に出た。いつの間にか霧は晴れ、隣にあったはずの家は消えていた。やるべきことはわかっている。私はこれから大学に入り、産科医にならなくてはならない。金を貯めて、ここにあの家を建てる。そして孤児たちのあしながおじさんとして、遺言書と遺書を書き、金を寄付し続ける。自分が自分を殺しに来る日まで。
    わたしの6歳の誕生日まで……。





  •  正直、心配し過ぎたなと思いました。より正確に言えば、舐めていたのです。私はあなたを。

     「多彩な文体を」「短編に絞って」といった具体的な活動のビジョンまでこの短期間に立ててくるなんて、普通はできません。異常と言ってもいいでしょう。素晴らしい。

     ――自分より上手い人や人気のある人はいくらでもいるし、上を見たらきりがない。創作は地獄だよ――そんな風に言う人もいますが。
     おそらくあなたこそは、地獄にいるべき人間です。私が何も言わなかったとしても、そのうちそこに戻ってきたのではないかと思います。

     水の中で息をする魚のように、地獄の炎の中でしか呼吸のできない生き物もいるのかもしれません――あるいは、私もそうありたいものです。

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