おば山月記
中埜
おば山月記
帝塚山の李徴は眉目秀麗、世紀の末、若くして名をミスキャンパスに連ね、航空会社のキャンギャルに補せられたが、性、
数年の後、かつては同大学に連ねる
「その声は、李徴お姉さまやない?」袁傪は同年にミスキャンパス予選の第に登り、友人の少なかった李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な袁傪の性格が、
駐輪場からは、暫く返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微かな声が時々洩れるばかりである。ややあって、余所行きのちょっと高い声が答えた。「せや、わたしは帝塚山の李徴や」と。
袁傪は懐かし気に
袁傪は驚きのあまり声を喪う。かつてキャンパスで誰しも目を奪われた美女とは、あまりにも懸け離れていたからである。袁傪は、李徴がどうして今の身となるに至ったかを訊ねた。虎柄の女は次のように語った。
「えらいもんやでホンマに。なんでこないなったんか、わたしかてようわからへん。安うて丈夫で、洗ろても縮めへん見てくれのエエ服を選んどってん。ほら、わたして買い物うまいやんか。ほな段々と派手になっていってな、バランス悪いから髪もパーマ当てるやろ、白髪も出てきたからヘアカラーするやん。そしたら今度は服が地味やねん。わたし首から上はよう出来てるから、てよう言わんわ恥ずかし。またゴージャスな服買うやろ、パーマ当てる、ヘアカラー、それ繰り返しとったら知らん間に、虎の顔のプリントされたポリエステルばっかりになってしもてん」
袁傪は息を飲んで、金糸の虎柄女の語る不気味に聞き入っていた。声は続けて言う。
「聞いてえや、わたしもホンマやったらテレビに出たりグラビアやったりして、頭も回るし口も達者やから文化人みたいになっとったはずやん。あんたもそう思とったやろ袁傪。せやけどさっぱり。そのまま年は取るし、肩こるし腰痛いし乳も垂れる、いや何言わすんなホンマやらしいわ。あ、ちょうどええ、今日の特売一人2個までやから袁傪一緒に来てえな」
袁傪は手を引かれるままに玉出に入り、アホみたいに安いサランラップとオリバーソースを二個ずつ持たされ、レジに並ばされる。成程、安さが第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このサランラップは何処か(非常に微妙な点に於いて)正規品とは思えない。
「いや助かったわー、ラップもソースもなんぼあってもええからね。袁傪いま何やってんの?あ、そう、社長秘書。へぇ……、ええがな……。服かてええもん着とるしね。袁傪も頭良かったし要領ええ子やったからな、あんた気ぃ利く子やったから秘書とかなると思とったで。いや、ホンマやて。わたし?わたしは~……見ての通り、もう半分オバハンや。そのうち完全にオバハンになってまう」
袁傪には既にオバハンとして完成と感ぜられた。李徴はカゴに買い物袋を山盛りの自転車を押し袁傪と歩み、スーパー玉出の正面の道をJR天満駅に構える。
「なんでこないなったんか、わたしかてようわからへんて言うたけど、思い当たることがないわけでもないんやで。若い頃わたし付き合い悪いてよぉ言われてたやん。高飛車や傲慢やて。あれな、恥ずかしかってん。みんなわかってへん。自尊心はあったで?せやな、臆病な自尊心っちゅうか。美貌と才能を信じてオーデションも受けた、自費出版でフォトエッセイも出した。せやけどそれだけ。切磋琢磨せんかったし、平凡なOLにもなられへんかった。人生なにもせんには長いけど、なんかするには短いわ、とか言うてな。臆病な自尊心と、尊大な羞恥心が、わたしをこんな虎柄のオバハンにしてもうた。わたしが悪いんちゃうねん」
漸く
「そろそろ行かんとあかん。テレビ大阪のおとな旅あるき旅が始まるわ。見てる?三田村さんの。あの人感じええわぁ。あ、そや、大学の頃のみんなとまだ付き合いある?会うたら言うといてくれへんかな、わたしは死んだて。今日のことは絶対にいわんといてや。もぉ気ぃつけよ、この見た目になっても声でバレたんやもんね。わたし声もエエからな、局アナとかなったらよかったわ。あ、こういうこと言うからこんな格好になってまうんやな」
李徴はハンドバッグから黄金糖を一つ取り、袁傪の掌に納める。
「ええか、もう天六に来たらあかんで。次会うた時は自転車で轢いてまうかも知らん。ほなわたし梅田の方やから、ええとこ住んでんねんで」
袁傪はJRの改札前から、
おば山月記 中埜 @pisiinu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます