モブにも青春を強制する学園で、どうにか卒業したい
羽間慧
第1話 退学の危機⁉
掃除場所から教室へ戻った僕は、机に突っ伏した。あとは今週最後のチャイムを待つだけだ。家に帰って、早く寝たい。中間考査の答案も全て返却され、ようやく赤点補習に怯えずに済む。
今日も平和に終わったなぁ。授業中に先生から指名されることもなく、号令のときの「お願いします」「ありがとうございました」しか話していない。
幸運はまだ続き、終礼が長引かなかったばかりか「先に号令をかけてもらおうかな。チャイムが鳴るまで外には出ないように」という嬉しい指示を担任からもらった。その一言がきっかけで教室の扉はすぐに開け放たれ、走り出すための準備運動をする人で混み合う。部活への熱意がすごいよ。
わざわざ混雑している列の最後尾に並ぶぐらいなら、空くときまで席で待っていた方がいい。たとえ少数派になったとしても。僕は顔を上げ、時計の針を見つめる。まだまだかかりそうだった。
さっきまで教卓にいたはずの担任が、僕の前で歩みを止めた。がたいのいい男性教員から見下ろされて、蛇に睨まれた蛙のような気分だ。
まだ友達ができていないのかと質問されませんように。催促されるのは家族だけでも十分だ。本音を言えば、身内からの言葉が最も傷つくのだけれど。
「
いやです。そんな某主人公みたいなセリフを僕に聞かせないでください。部活や委員会、ましてや生徒会にも入っていないモブに聞かせましても。
「野村先生、実はこの後……」
「並木は塾に通っていなかったはずだし、髪を切りに行く用事もないだろう? その髪ならツーブロックじゃないから、校則的に問題ない」
剃り込みなし、整髪料未使用ですからね。
先月の面談で話した内容を、野村先生は覚えていた。急ぎの用事だと嘘をついたところで、論破されるのは目に見えている。
チャイムと同時に逃げたところで、帰宅部がサッカー部顧問の足に敵うはずもない。白衣を着た理科教師と三十代手前の陽キャオーラが共存しているのは、いつ見ても脳がバグるアンバランスさだ。
どう考えても、僕に拒否権はない。
「……分かりました」
野村先生に返事をしたのとチャイムが鳴り始めたのは、ほぼ同時だった。もう僕に残された今日の幸運は尽きてしまったのかもしれない。
「じゃあ、行こうか」
「……はい」
野村先生が僕の真横にぴったりついてくる恐怖を感じつつ、会議室までの階段を上る。
人との距離の取り方がおかしいよ。こうでもしなきゃ、僕が逃げるのをやめないと思われているのかな。平凡な見た目の奥には、度胸のなさしかありませんが。
野村先生が開けてくれた会議室の扉を通ると、誰もいなかった。コの字に並んだ長机とたくさんの椅子だけが存在する。職員会議もこの部屋を使うと聞いていたけど、これから残り全部の席が先生達で埋まるのはやだな。授業を受け持っている人達に見られるのも、初対面の人達にも品定めされるのは精神的に死ぬ。
「俺らが一番乗りみたいだな。並木、生徒用の席はあっちだ。資料のある場所に座ってくれ。あと五分くらいで始まるから、気楽に待っておいて」
封筒が置かれた長机に向かわされ、気まずい無言タイムが始まる。せめて呼び出された理由を野村先生が教えてくれたら、手汗に困ることにはならなかっただろう。
溜息をついているときにノックされ、椅子から飛び上がりそうになる。
「失礼します。あら、野村先生のところも呼び出しが?」
サイドポニーの伊藤先生が、めがねの縁をくいっと人差し指で押し上げる。授業で会うときと変わらない優しい雰囲気に、少しだけ安心した。
「彼がいる隣に座ってちょうだいね」
伊藤先生は振り返って、後ろにいた女子生徒に声をかける。どこか寂しそうにも見える瞳が、僕の姿を捉えた。
同じ一年生が来てくれてよかったなぁ。隣のクラスの人で面識はないものの、怖くはなさそうだ。腰のあたりまで届きそうなさらさらの髪は、いいところのお嬢様っぽい。
「せっ、せんせ……! 私、付き合っている人なんて、いないです!」
僕は心の中でずっこけた。
確かに、恋人のことを彼とも言う。全力で否定されたら、僕が告白していないのにフラれた気分になる。
「後藤さん。私が言いたかったのは恋人の彼じゃないの。英語でいう『he』ね」
さすが英語の先生だ。一つの単語でも発音がいい。
「す……っ!」
一瞬固まった後藤さんは、僕に対して深々と頭を下げた。
「すみま……せん……」
「気にしないでください」
僕は落ち込んでいないからね。落ち込んでなんかいないもんね。
隣に座った後藤さんを安心させるように笑いかけると、扉が大きな音を立てた。亜麻色のボブがふわりと揺れる。丸襟の白いブラウスと黒いスカートという出で立ちに、中学生が間違えて入ってきたんじゃないかと思った。
「お疲れ様です。
野村先生の声に、中学生に見えた女の子は得意そうに会釈をする。
この人が校長先生? 嘘だぁ。
いくら凝視しても、大人の女性には見えなかった。入学式のときはステージを遠くから見ていたから、身長の低さが気にならなかったのだろうけど。ここまで幼い顔をしていたのは意外だった。
僕と後藤さんの正面の席に座った美作校長は、腕時計を見てしゃがれた声を出した。
「時間が来た。始めるとするかの」
こんな広い部屋に、まだ二人の生徒しか来ていませんが。五人しかいないのなら、もう少し小さな部屋を使ってもよかったんじゃ。
「単刀直入に言うが、このままでは二人とも退学になるぞ」
「はい?」
予想外の話に、僕は聞き返してしまった。驚くのは僕だけではない。
「たっ……たたたたいっ?」
声にならない悲鳴を上げた後藤さんは、そのまま動かなくなった。その体勢で気絶できるなんて、器用すぎない?
赤点すれすれだった僕はともかく、後藤さんは生徒指導になりそうな気がしなかった。おどおどしていることを除けば、勤勉で物静かな印象を受ける。
「二人とも校則は読んでおるかの?」
「……はい。入学前説明会で配布された生徒手帳の内容は、目を通しています。暗唱は難しいですけど」
「それでは、生徒手帳の三十六ページを開きたまえ」
僕はリュックの中から生徒手帳を引っぱり出す。放心状態の後藤さんの代わりに読み上げた。
「学生の本分は学業であるため、原則禁止とする。ただし成績優秀者など特例の生徒は除く」
「その下じゃ。退学・停学または訓告を命ずる場合があると、記載しておらんか?」
「三ヶ月連続で青春に該当する行為を取らなかった者は、退学処分とする」
えっ?
何だよ、このブラック校則は!
「うむ。知っての通り、欠席連絡等で活用している学校連絡ツール『マスト』において、生徒に週一のレポート提出をさせておる。その報告の内容次第で、退学になるかどうかが決まるのじゃ」
あのレポートがそんな大事なものだったなんて聞いてない!
日曜日の午後九時になる度、未回答を告げるメッセージが来ていた。無視したらスマホの機能が制限されるため、適当な言葉をすぐに返したつもりだったのだが。適当すぎたツケが退学とか、笑えないぞ。
「おぬしらの送ってきた報告ときたら! 『普通だった』あるいは『特にありませんでした』ばかり送りよって! 噓も方便という言葉を知らんのか!」
嘘はよくないでしょう。見栄を張る方が痛々しいです。
「毎日キラキラした青春を送れとは言わん。しかし、いくらかは努力する姿勢を見せよ。生徒主体の学校行事。文武両道の学生生活。私立の強みを生かしたカリキュラム。充実した設備を備えた学園で過ごす以上、わが校の校訓である『
わがままなロリババアの口は止まらない。
「退学する気なら止めん。転学願を出すつもりだったら、手厚いサポートを約束するがの。残り一ヶ月の振る舞いを、よくよく考えることだ。これにてお開きとする! 解散!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます