拠り所の否定とは、自分の否定である。


 今日、母は私の中の一線を飛び越えた。

 きっと自分が何をしたかすら分かっていないだろう。

 分からなくていい。分かってもらいたくもない。

 ただひとつ、「許さない」という結論があるだけだから。



 鉄道模型を長年の趣味にしている旦那がいた。

 妻はそれらを無駄なものだと思って、全部ゴミに出した。

 彼は一切怒らなかった。「もう、いいんだ」とだけ答えた。

 それきり彼は何も欲しなくなり、何も彼女に求めなくなった――

 どうしたら彼をもとに戻せますか?


 ある有名な相談話である。

 この作品に感じるのは、上記の相談にも通じる強烈な喪失感だ。

 アニミズムだとか、言霊だとか、そういうものじゃない。

 モノに限らず、その人の趣味や習慣にはその人の価値観が詰まっている。
 どんなに変わったものであっても、それがその人の今までを支えてきたわけだ。

 支えを失った者はそこに横たわり、奪った者をじいっと見つめるだけだ。ガラス玉の眼球で。