「確率」(サイコホラー・短編)

ナカメグミ

「確率」(サイコホラー・短編)

閑静な住宅街の坂道。日に日に日照時間は長くなる。雪解けも進んできた。

でも狭い小道の日陰には、まだ雪山がある。


坂の下から、大型の高級外車が上ってきた。坂道は上り車両が優先だ。

下る俺。左前方の雪山の手前に、白い業務用の軽乗用車を寄せる。

クソッ。やたら横幅のでかい車。ギリギリだ。寄せて。ギリ。


車の中の運転手。サングラスをかけて髪をおっ立てた中年男。隣に茶髪の女。

すれ違いざま、こちらを睨んだ。クソッ。クソッ。

車なんて所詮、ただの移動手段。靴と一緒だろ。そんなにバカみたいに、でかいの乗って、楽しいか?。

こっちは仕事だ。敬意を示せ。クソッ。クソッ。


*********


小学6年生の算数で習う「場合の数」。中学の確率の基礎ね。

真っ先に嘘だと思った。そんなわけ、絶対ない。サイコロ2つ、回して。場合分けする、枝別れした樹形図。俺に言わせれば、何の意味もない。唯一信じるのは、コインの裏と表の、2分の1だね。


俺にとって、すべての確率は2分の1。

起こるか。起こらないか。悪いことが。俺の身に。

2分の1で、たいてい、俺に悪いことが起こる。


5歳の時、父親が死んだ。36歳だった。朝、起こしに行ったら、布団の中で冷たくなっていた。心臓の病気だったらしい。母親は半狂乱になった。

これで普通とされる家庭の親の数の、2分の1になった。

あ、でもこれは確率じゃないな。分数だ。2分の1になったわけだから。


その後、母親、アル中。これは確率だな。アル中になる母親、アル中にならない母親。2分の1の確率。これはこれで、あっている。


********


裕福か、貧乏か。ここも2分の1。悪い方で、当然俺は、貧乏なわけで。

高校卒業して、車の運転免許をようやく取った。今、クリーニングの配達をしている。契約社員。

居間の隣りの部屋で、寝たきりの物体と化した母親を抱えて。

いつ追い出されても文句いえない、古い貧乏アパートで。


希望なんて、何もない。おそらくずっと、貧乏暮らしだ。

生きた屍の母親抱えて。

クビにならない程度に、淡々と仕事やって。

これ以上、下に落ちないように。日々生きるだけだ。


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今、担当している配達エリアは、高級住宅街だ。

デカい住宅が並ぶが、細い坂道が多い。


金持ちの汚れた服を集めて。洗濯を終えた、ビニールに掛けられた服を届ける。

高級なスーツやワイシャツが多いが、問題は布団だ。

やたら膨らむ羽毛布団。腕いっぱいに抱えてトランクに載せる。

寝具は、ほこりがすごい。アレルギーには堪える。

あとペット。犬やら猫を飼ってる家は多い。

ペットの毛が着いた衣類や寝具も多い。これもクシャミ案件だ。

軽自動車の中、ティッシュの箱とゴミ袋は、欠かせない。


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仕事でしくった。仕上がりの日を間違えた。

娘のバレエの発表会に来ていくというオヤジのスーツの、急ぎの仕上がりを、

現場に伝え忘れた。発表会に間に合わなかった、とクレーム電話が来た。


店長にこってり、怒られた。お客様の希望は絶対だ。

特に金持ちは、1度失態を冒すと、簡単に業者を変えられるという。

心の中で言い訳。そもそも、仕上がり日を、うっかり忘れたのは、あの家のババアが毎回、どうでもいい雑談を玄関先でするから、なのだが。言わないが。


********


土曜日、休みだった。

酒とタバコのにおいが染み付いた貧乏アパートにいても、運気が下がる。

とりあえずの金を持って、地下鉄に乗って、大通りに出た。


馬券でも買うか。地下鉄を下りて、プラプラ歩いてたら、行列が見えた。

大型デパートの手前。宝くじ売り場だ。クリーニングの同僚が言ってた。

当たることで、人気の売り場があると。

当たるか、当たらないか。どうせ2分の1だ。たまには違ったことでもするか。

列に並んだ。買った。


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度肝を抜かれた。当たった。500万円。初めて手にする大金。

生活費としてできた、母親名義の借金を返しても、手元に残った。


俺の金。自由に使える金。使い道。なんだ?。車だな。

移動手段は、アパートの外階段の下に置いた自転車のみ。

仕事で乗るのは、白の業務用軽乗用車だ。自分の車が欲しい。気分が上がるヤツ。


買った。セルシオ。中古。150万円也。俺至上、最高値の買い物。

高校時代のダチに聞いた。マッチングアプリで、かわいい彼女ができたという。

スマホにアプリ、ダウンロードした。

ポールタウン入口のデジタルサイネージで待ち合わせた。彼女ができた。


移動手段、以外の車の使い方。

小樽。車から降りずに夜景が見られるデートスポット。

夜景を見て、盛り上がった雰囲気のまま、助手席のシートを倒す。

あちらこちらで、同じように微妙に揺れる車。

青春だ。久しぶりの。あっ、俺って若者なんだ、と思った。


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最悪の事態が起こった。バカなアル中の母親。酒、買いに行こうと外階段を下りたら、よろめいて転げ落ちた。大腿骨骨折。救急車を呼んで、即入院、即手術。

治療費にあてる貯金など、うちにはない。

車を売った。車がなければ、デートの行き先も限られる。せっかくできた彼女。

自然消滅した。


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張り合いがなくなった。仕事のミスが相次いだ。

あのうちのババアの雑談にまた気を取られて、オヤジのスーツの仕上がり日を間違えた。オヤジが怒って、来月から他の業者に変えるという。

「ごめんなさいね」。申し訳なさそうに謝るババア。ホントだよ。

おまえの話し相手、したせいで、このザマだ。

俺の仕事のモチベーション、だだ下がりだよ。


不運は続いた。

幼児用の早期教育塾の前。狭い小路に、いつも外車が路上駐車で並ぶ一角。

塾の横のマンションに配達に来た。狭いスペースに駐車しようとした瞬間。

左側の雪山から出てきた小さな子供に、気を奪われた。

前に路駐していた左ハンドルの高級外車にぶつけた。

運転手に謝り、店に電話を入れ、警察と自動車保険会社に電話を入れ。

商品は、駆けつけた先輩の車に移して、先輩が配達してくれることになった


大腿骨骨折の母親は、手術は無事に終えたが、全くリハビリしようとしない。

退院の目処など、立たない。下手したら、車椅子生活だ。

病院から頻繁に、スマホを鳴らす。着替えをもってこい。あれを持ってこい。

洗濯をしてくれ。エトセトラ。

仕事の合間の休憩時間も、平日の休みも。落ち着かない日々。

いつまで支配される。コントロールできない現状。息、詰まる。


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仕事を終えた夕方。スマホの今月のギガは、もう無くなった。速度制限がかかって、YouTubeもなにも、見られない。

1人の古アパートの居間。暗いスマホの画面を見つめる。

精気のない、18歳の顔が映っていた。


母親は、いつまでも病院にいられるわけではない。

その先はどうする?。どうなる?。


真面目に生きてきた、つもりだ。でもツイてない。

ツイてるヤツが2分の1、ツイてないヤツが2分1。後者が俺。

ずっと、こうか?。これからもずっと、こうなのか?。


安アパートの窓の外。救急車のサイレンが聞こえた。

母親が階段から落ちた時に呼んだ、サイレンの音を思い出す。

酒くさい息で、担架で運ばれていった母親。

空気が薄い。

気づくと部屋を出ていた。持って。バスに乗った。向かった。


********_


バスを降りる。

ずらりと並んでいた。地下鉄の駅のほど近く。

公共交通で来るヤツは、ほぼ皆無だろう。

マンションがあるから毎日のように配達に来る。たまっていた怒り。

この雪の都市で、狭い道で。なぜ路上駐車を当然のように、繰り返す?。

俺だけじゃない。配達する仕事の邪魔なのに。

高級車なら、国産車でも外車でも、許されるのか?


歩いた。袋から出した。持った。振り上げた。振り下ろした。


ガン、

も1度、

ガン、ガン、

も1度、

ガン、ガン、ガン、


とどめ。振り上げた右手。取り押さえられた。制服警官に。

振り上げたゴルフクラブ。ジ・エンド。


************


契約解除された、雑談好きの、あのババアの家。警備会社のステッカーなし。

防犯カメラ、明らかになし。


最後の日。ババア、「うちの人、言い出すと、きかないから。申し訳ないわね」。

言いながら、家の奥に入っていった。おすそ分けだと言いながら、リンゴが入った袋を持ってきた。

奥に入ったすきに、1本、抜き取った。玄関の隅のゴルフバックの中に、無造作に詰め込んであった、ゴルフドライバー1本。ドアを開けて、外玄関に置いた。

帰り際、車に入れて持ち帰った。スキーケースに入れておいた。


********


おまわりさん。ずるいよ。俺、この道、ほとんど毎日、通ってるけど。

この高級住宅街の狭い道、路上駐車違反で取り締まるの、20日に1回くらいだったじゃない。

20分の1の確率に、どうして俺、当たっちゃうわけ?。


やっぱり俺の人生、悪い方の2分の1だね。

願わくば、残りの人生、分数を信じたいかな?。

18歳までに、人生の2分の1の悪いこと、全部終わっててさ。

これからの残り2分の1、いいことばっかりなの。んなわけないか。

高級車の弁償とか、示談する金、ないし。なんかもう、笑えるね。

(了)

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「確率」(サイコホラー・短編) ナカメグミ @megu1113

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