三ババア寄れば、文殊も震える

あまくに みか

第1話 ガチババアたちのしょぼ能力

 平成元年生まれ、三十六歳。私たち、ガチババア。


「はあ? なにそれ」


 桃子ももこは今日も機嫌が悪い。


「じゃあ、なに? 八十歳のババアはレジェンド・オブ・ババアって呼ぶわけ?」

「おもしろ。それいいね」


 SNSで「平成一桁生まれは、ガチババア」という投稿に対して、桃子はご機嫌斜めなのである。


 怒っている桃子を見ることが趣味な私は、ついつい怒りのネタ探しをしてしまう。


「全然、笑えないし」

「でもさ、考えてみたまえよ桃子。三十代でガチババアなら――」


 椅子を引いて勢いよく立ち上がる。テーブルの上の味噌汁がぐわんと揺れた。


「世界はババアであふれている!」


 仁王立ちの私を、桃子が白い目で見上げた。


「シャキーンじゃないよ。どんな感情なわけ?」

「あ、わかった?」

「見えるからね」


 座り直して、再び夕食に戻る。

 私たち二人には、どうしようもなく役に立たない「しょぼ能力」がある。

 桃子は、人の感情がオノマトペとして目に見えるらしい。漫画みたいに「ガーン」とか「ドキドキ」という文字が、人の頭らへんに浮かび上がって見えるそうだ。


「あ、そうだ。私、この後配信するから。静かにしててね」

「ライブ配信なんて意味ないって。前回、同接五人だったじゃん」

「五人も! いたんだよ」

「全員ガチババアかもよ」

「それって、超すてき」


 両手を合わせて、食べ終えた食器を持って立ち上がる。シンクに食器を降ろす。


「お猫様、お猫様。今日はどちらでしょうか?」


 キッチンの守り神である招き猫の置き物の前で、私はナムナムと祈る。それから招き猫の頭を、指先でやさしくつっついた。


『桃子!』


 招き猫がそう言った。


「今日の皿洗い当番、桃子だってよ」

「はあ~? うざ」


 私の「しょぼ能力」。それは、物の言葉が微妙に伝わる、というそれだけだ。


「よろしくねー」


 イライラしている桃子の表情に満足した私は、二階の自室へと向かった。古い階段が、足をのせる度にミシっと低い音を鳴らす。


 元々、この家は祖母の家だった。

 駅近くにある庭付きの古民家。売ったら、それはそれはいいお値段がつくのだろう。けれども祖母亡き後、私が引き継いで住んでいる。そこに至るまでの経緯は複雑に絡み合っていて、話すと長くなるし、一晩では語り尽くせないので、惜しまれつつも割愛させていただく。


 でもまあ、簡潔に言うなら、三十代で独身の私が身を隠すにはもってこいの場所だったというわけ。


「カメラの位置よし。マイクよし」


 机の上に綺麗な布を敷いた。幾何学模様のオリエンタル風の柄が気に入っている。その上に、セロハンテープとえんぴつとはさみを置く。

 今日は三択の日なのだ。


「みなさん、こんばんは~。カナミの占いへようこそ~」


 よそいきの声でタイトルコールをする。


「カナミの占い」というのは、私の動画チャンネルの名前だ。ちなみにカナミは私の本名である。

「しょぼ能力」を使って占いをしているが、チャンネル登録者数は、非常に残念なことに十人だ。

 いや、逆に十人いるってすごい。


「今日は、身近なお文具様たちから、お言葉を聞きたいと思います。それでは、少し時間をあけるので、三つの中から選んでみてくださいね」


 私は、セロハンテープ、えんぴつ、はさみの順番に指を差した。顔は映さない。手元だけ。身バレの心配もないし、副業がバレる心配もない。


 けれども、動画配信には重大な欠点があった。

「しょぼ能力」である。


 物が壮大なストーリーを語り出してくれるのなら、チャンネル登録者数は爆上がりし、私の懐もほっかほかになっただろう。物と交流ができる女性で、ニュースに出られたかもしれない。


 けれども、物はだいたい一言、二言しかしゃべらない。それに、彼らは非協力的だ。


 物はほとんどの時間を眠って過ごしている。私が彼らを起こそうものなら「黙れ、ブス」という罵声を浴びせられるだけなのだ。


 だから動画配信には、多少の――いや、多量の演技力が必要なのだ。


「お文具様たち、みなさんの運勢についてお聞かせくださいねー」


 カメラの前で、指先をひらひらさせてみる。気分は魔女だ。


『大吉!』とセロハンテープが叫んだ。

『一緒! 大吉!』とえんぴつ。

 負けじとはさみが『大大吉!』と言う。

『なら、「」大凶』

 セロハンテープが不貞腐れたように言った。

『大大凶』とえんぴつ。

『破滅』とはさみ。


 ああ、手に負えない、と私は苦笑いする。

 手元では、エンタメを理解しない文具たちが言いたい放題のことを口から出まかせに言い合っている。


「はい、選べましたか~?」


 無理矢理、笑顔を作ってから視線をずらす。視聴者はたったの二人だ。一人は桃子だろうから、もう一人は神様のようなチャンネル登録者様だろう。


「では~、セロハンテープを選んだあなた」


 私はセロハンテープに触れて「うんうん」と合いの手を入れる声をあげた。これは演出だけれど、本当に物の声が聞こえるのだから、詐欺ではない。


 そう、断じて詐欺ではない。


「明日からの運気、すごく良くなりますって。えーっと、大吉。大吉って叫んでますよ、さっきから。嫌いな人との縁がざくっと切れて、良縁がピタ~っとテープみたいにくっついてきますよって。セロハンテープだけに、なんちゃって!」


 おほほ、とお上品に笑ってみせたけれど、正直このキャラ設定も限界かなって思っている。


 だいたい、適当な一言を発した物の言葉から、私の陳腐な発想力でペラペラ適当にしゃべったところで、視聴者の心は掴めないのだ。


『占い』

『やめる?』

 えんぴつとはさみの声が耳に届いた。

 耳が痛い。


 そもそも、動画配信者になりたくてこんなことをしているわけじゃない。ただ、なんとなく面白そうかもって思ったからやっているだけなのだ。もちろん、人気が出たらいいなっていう下心もあった。――昔は。


 熱意もなければ、やる気もない。「しょぼ能力」があっても、全く意味がない。


 ああ、でも。

 凡人の人生ってこんなもんだよね。


 嘆いたその時だった。

 視聴者が一人になったと同時に、玄関のチャイムが鳴った。


「ぎゃー!」


 桃子の悲鳴が下の階から聞こえて、ついに視聴者はゼロになった。

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