第4話 風俗嬢の彼女

 土曜日の夜、街は賑わっていた。

ネオンが煌めく繁華街を歩きながら、俺はいつもの店に向かっていた。


 いつもは平日の仕事帰りに予約を入れていたけど、最近会社で風俗通いが噂になってるみたいで、平日だと誰かに見られるリスクが高い。


 清香や小野坂の件で、ますます警戒心が強くなっていた。


 だから、今日は土曜の深夜に予約を入れた。街の喧騒が俺の緊張を少し和らげてくれるけど、心の中はざわついていた。


 会社の子たちにハニトラを仕掛けられてるんじゃないか、なんて疑念が頭から離れない。俺、そんなに嫌われてたのかな……。


 店に着くと、いつものように受付を済ませ、待合室で座る。


 ソファは柔らかく、壁の照明は薄暗くて落ち着くはずなのに、今日はなんだかそわそわする。


 雑誌をパラパラめくるけど、内容が入ってこない。


 会社での出来事がフラッシュバックする。

先輩の泥酔、小野坂の天然爆弾みたいな告白。みんな、俺を嵌めようとしてるのか?


 やがて、彼女が現れた。

姫野可憐。


 お店ではミヤという源氏名で働いている。

彼女は大学生で、学費のためにこの仕事を始めたらしい。


 1年ほど前から始めて、今ではナンバースリー。


 見た目は背が小さめで華奢な体つき、可愛い感じの女の子。

金髪のロングヘアが印象的だけど、ギャルっぽさはなくて、むしろ清楚な雰囲気さえ漂う。


 俺は先輩に連れられてこの店に来た時、何となく彼女を指名した。


 それ以来、ほぼ半年間、毎週一回通うようになっていた。


 彼女はとにかく丁寧で、記憶力もいい。

俺の話した内容を正確に覚えていて、毎回自然に会話がつながる。


 こんな律儀に同じ人を指名し続ける人なんていないですよ、といつも笑われていた。


「今日は珍しく土曜日の夜なんですね」と彼女が柔らかい笑顔で言う。


「う、うん…実はここに通っていることがバレちゃって…その…」と俺がぼそぼそ答える。


「来づらくなっちゃったんですね」と彼女がくすくす笑う。


 部屋に案内されると、いつものようにベッドが整えられ、柔らかい照明が部屋を包む。


 彼女は手際良く準備を始める。

タオルを広げ、アロマの匂いがふんわり広がる。


 俺はベッドの端に座って、彼女の動きを眺める。


「もしかして、私のこと好きなんですか?」と、言われたことがあった。


「好きとかではないとは思うけど…なんかすごい安心するっていうか…」と俺が返すと、「安心って、いろんな男とやりまくってるのに?」と彼女がからかうように笑っていた。


 2人でシャワーを浴びる。

温かいお湯が体を流れる中、彼女の細い指が俺の背中を洗う。


 肌の感触が心地いいのに、今日は心ここにあらず。


 会社の子たちの顔が浮かぶ。

彼女はそんな俺の様子に気づいたのか、ふと口を開く。


「私、そろそろお店やめようと思ってるんですよね」

「え? そうなの?」と俺が驚いて返す。


「はい。目標金額にはもうとっくに届いてますし、まぁあんまり積極的にやりたい仕事でもないんで」と、彼女が淡々と答える。


 金髪の髪が濡れて、首筋に張り付く様子が、なんだか切ない。


「そっかー…。それは残念だな」


 俺自身、彼女がいなくなったらこの店に来る意味がなくなる気がした。


 彼女はタオルで体を拭きながら、「私が辞めた後はどうするんですか?他の子を探すんですか?」と、聞いてくる。


「えー…いや…俺も通うのはやめようかな…。会社の子達にバレて…今結構危ない状況っぽくて…」と俺がぼやく。


「危ないと言いますと?」 と彼女が首を傾げる。


「…んー…ハニトラを仕掛けられてる…みたいな」と俺が説明する。


「会社でそんなに嫌われてるんですか?」

「自覚はなかったんだけどね…」と、ため息をつく。


「そうですか。それは大変ですね。あっ、それでその…お店は辞めるんですけど…良かったらこの関係は続けませんか?」

「…え?」と俺が固まる。


 彼女の目が、真剣に俺を見つめている。


「いえ、嫌なら全然大丈夫なんですけど…。1年このお店を続けてきて、本当にいろんな人として、分かったことがあるんですよね。私、康太さんとするのが一番好きだって。これ、いろんな人に言ってるとかそんなんじゃないんで。本当に」


「…それって…」と俺が言葉を探す。


「多分…好き…なんだと思います。こんな…汚い女が何乙女なことを言ってんだって思うかもしれないですけど…。付き合いたいとかそんなんじゃなくて…付き合えなくてもこの関係は続けないんです。もう…お金とかもいらないので…時々、気分が向いた時とかでもいいので…だめでしょうか?」


 突然のことに、俺の頭が真っ白になる。

お客さんということを自分に言い聞かせていたのに。


 彼女の華奢な肩が、少し震えているように見える。

シャワーの残り香が部屋に満ちて、静かな緊張が広がる。


「えっと…そっか…。ごめん…。ちょっと…まだ頭が整理できてないかも」と俺がようやく答える。


「大丈夫です。返事は急がないので。とりあえず、来週にもお店は辞める予定なので…その…これ、私の住所です。もしくはお家に呼んでもらえれば…と…」と彼女が小さなメモを渡してくる。


 俺はそれを受け取り、指先が震えるのを感じた。


 それからは、ちょっといつもよりぎこちなくなってしまう。


 ベッドで彼女を抱く時、手の置き方がわからなくなる。


 彼女の肌が温かく、息づかいが近いのに、心が追いつかない。


 彼女はそんな俺の様子を見て、「意識してくれて嬉しいです」と見透かされるように微笑む。


 行為が終わると、俺は店を出て夜の街を歩く。


 メモを握りしめながら、頭がぐるぐる回る。彼女の言葉が、耳に残る。


 好きだって……。

でも、俺はいい人止まりの男のはずなのにわ、


  土曜の深夜の風が冷たく、俺の混乱を煽るように吹き抜けていった。

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