第2話 転校生

 家に帰ると、ドアを閉めてすぐに部屋へ向かった。


 靴を脱ぎ散らかし、ベッドにダイブする。

柔らかい布団が体を受け止め、ため息が漏れた。


 さっきの恭平の家での出来事が、頭の中でぐるぐる回っている。

あの言葉が、耳に残って離れない。


 ……は? 私を振った覚えがない……?

意味わかんないんだけど?


 だって、小学校のバレンタイン、間違いなくチョコを入れたし、誰かと下駄箱を間違えたなんてこともない。


 あの頃の恭平の下駄箱は、いつも端っこで、隣に私の友達の箱があったから、絶対に間違えていない。


 手作りチョコをラッピングして、そっと入れて……。

なのに、入ってなかったって?


 もしかして、誰かが取ったのかな?

それとも、恭平が気づかなかっただけ?

いや、そんなわけない。


 絶対に入れた……のに……入ってなかった? 心の中で疑問符が積み重なる。


 嘘ついてる?

でも、そんな嘘つく意味もないし……。


 それに、私のこと……すすすすすすすす好きだった!?


 急にその言葉が蘇って、顔が熱くなった。ベッドの上でごろごろ転がり、枕を抱きしめて悶える。


 好きだったって、何それ!!!

子供の頃の私、ボーイッシュで全然可愛くなかったのに……。

今更そんなこと言われても、信じられない。

けど、心臓がドキドキして、止まらない。


 でも、喜びの後に、すぐに絶望が襲ってきた。

……最低なこと言っちゃった……。


 だって……あいつを見返すためだけに……頑張って……。


 中学校から高校にかけて、髪を伸ばして、メイクを勉強して、ファッションを磨いて……。


 あいつを惚れさせてから、盛大に振ってやろうって……思ってたのに……。


 そもそも好きだったとか……全部聞いてないし……意味分かんないし……。


 私の計画、全部台無しじゃん。

リベンジのつもりが、ただの勘違いだったなんて。


 絶対……嫌われたよね。と思った瞬間、涙がブワッと溢れた。

止まらなくて、頰を伝う。


 枕を濡らしながら、嗚咽が漏れる。

結局、その日は一日中泣き続けるのであった。夕食も食べずに、部屋に閉じこもって。


 母親が心配そうにドアをノックしても、無視した。


 後悔と混乱が、夜通し胸を締めつけた。



 ◇新学期


 特に何もなく春休みが終わった。

あれから穂波が家に来ることはなく、やっぱりもう関係はないと思っていた。


 あの日の出来事は、なんだか夢みたいだった。


 彼女の変わった姿と、意外な言葉。

俺の心に少し波風を立てたけど、すぐに日常に戻った。

高校二年生の新学期が始まる。


 桜が満開の道を歩きながら、学校へ向かう。新しいクラス、どんな人がいるかな。


 いつも通り登校し、校舎に入って自分のクラスを探す。


 教室のドアを開けると、黒板に席順の紙が貼ってあって、自分の名前を探して確認する。


 それは窓際の一番後ろ、主人公席だった。

光が差し込んで、心地いい位置。

荷物を置いて座ると、隣の席に誰かがやってきた。


「おー、まさか恭平が隣の席とは。こりゃ運命だね」


 声をかけてきたのは、花塚美琴だった。

彼女はにこっと笑って、席に座る。


「運命は盛りすぎ。そういうこともあるだろ」


 俺が軽く返すと、美琴は肩をすくめて教科書を広げた。


 彼女とは一年の時から同じクラスの友達だ。陸上部に所属していて、入学時は期待の新人だったけど、一年終わりには期待のエースと呼ばれるほどに成長した。


 短い髪がトレードマークで、一見華奢な体つきをしている。


 ボーイッシュな感じの女の子だけど、走っている姿は凛々しくて、部活の試合ではいつも注目を集めている。


 休み時間に軽く話したりする仲だ。

今年も退屈せずに済みそうだ。


 それからホームルームが始まり、担任の先生が自己紹介を始める。

そして、転校生がいるという話をした時、もしかして…と思った。


 ドアが開いて、彼女が入ってきた。

制服姿の穂波は、さらに輝いて見えた。

長い髪を軽く揺らして、軽く自己紹介をする。


「神崎穂波です。信楽高校から来ました。1年間よろしくお願いします」


 まさか同じクラスになるとは思ってなくて、驚いていると、目が合う。

でも、すぐに逸らされた。


 まぁ……過去のことはなかったことにしたいということだろう。


 俺はそう思って、視線を外に戻した。


 穂波の可愛さに、クラス中が男女共にザワザワした。

男子たちはひそひそと囁き、女子たちも興味津々だ。


「めっちゃかわいいじゃん。あの転校生」

「ね、可愛いねー。モデルみたい」

「友達になりたーい。話しかけようよ」


 そんな声が飛び交う中、穂波は指定された席に座った。


 授業が始まっても、彼女の周りはすぐに賑やかになった。


 休み時間になると、クラスの人気者グループ――いわゆる一軍の連中が、自然と話しかけていく。


 穂波の笑顔が明るくて、誰からも好かれるタイプのようだった。


 彼女はすぐに打ち解け、昼休みにはもう友達ができていて、弁当を一緒に食べたり、スマホで写真を撮ったりしていた。


 そして、放課後には早速一軍の連中と遊びに行く流れになっていたようだ。


 カフェに行ったり、ショッピングしたりする話が、教室に聞こえてくる。

穂波は楽しそうに頷き、予定を立てていた。


 そんな彼女を、俺は窓際の席から温かい目で見守りつつ、授業に集中した。


 穂波が学校に馴染んでよかったと思う。

俺みたいな地味な奴とは、住む世界が違うのはわかっていたし。


 そうして、授業が終わると、俺は鞄を片付けて家に帰宅し、すぐに夕方からバイトへ向かった。


 バイト先のコンビニは、いつものように穏やかな雰囲気。


 いつも通りレジ打ちや品出しをこなしていると、客が減ってきた8時ごろ、穂波と一軍の連中が入ってきた。


 制服姿のまま、楽しげに話しながら。

うわー、気づかないでくれーと思っていたが、レジに来た1人の男子が俺に気づいた。


 そいつはクラスでも目立つタイプで、俺みたいな地味な奴を軽く見下す感じだ。

名前は確か、佐藤大吾とかいう奴。


「あれー?こいつうちのクラスのやつじゃね?こんなところでバイトしてんだー?へー?w」と、すると他の奴も集まってきて「え?こんな奴いた?」「どうだっけ?いたようないないようなw」と、クスクス笑いあう。


 みんなでちょっと面白がっている様子。

俺はレジを打ちながら、無視しようとした。

こういうのには慣れてる。


 すると、穂波の声が聞こえた。


「それの何が面白いの?普通にバイトして偉いじゃん」と言った。


 思わず俺も驚いて顔を上げると、穂波は目を逸らしていた。


 すると、調子ノリの佐藤が「あ、すまん……」と呟いて、空気が重くなる中、穂波は商品を買って出て行った。


 穂波が、俺をかばってくれたなんて…。

それから、30分ほどでバイトが終わり、店を出て帰ろうとしていると、お店の前に穂波が1人で立っていた。


 街灯の光が彼女の顔を照らす。

少し緊張した表情で、俺を見てくる。


「恭平……一緒に帰らない? 話したいことがあるの」


 彼女の声は少し震えていて、目を合わせない。

俺は頷いて、並んで歩き始めた。


 風が桜の花びらを舞わせる中、過去の誤解が、少しずつ解けていく気がした。


 穂波は歩きながら、ぽつぽつと話し始めた。

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