いなり広告社と街の不思議
永丘ひろ
第一話 洋食屋のウサギ
ep.0 モーニングルーティン
目覚ましが鳴る少し前に、
ラジオをつけて、コミュニティFMを流す。春で晴れていると誰かが歌っていた。知らない曲だけれども、好きかもしれないと
キッチンに立つと、ご飯の炊けるいい匂いがした。手早く朝食を作ると、姿勢を正して食べはじめる。
ラジオから、ローカルニュースが流れてきた。
新しいパン屋がオープンしたという話題。スコーンが人気だと、パーソナリティが楽しそうに話している。
食べ終わったら食器を洗う。ラジオは天気予報に切り替わっていた。今日は一日、安定した天気らしい。
マンションを出て、勤務先の小さな広告代理店「いなり広告社」まで歩く。
雑居ビルの二階にあるオフィスに着き、鍵を開けた。今日も一番早い出社だ。電気をつけ、簡単に掃除をする。
次は掃除道具を持ってビルの屋上へ行く。
屋上には、小さなお
一通り終えたあと、手を合わせる。
信じているわけではないが、ただ、そうするのが日課になっていた。
まもなく、他の社員たちも出社してくる。
◇ ◇ ◇
目覚ましが鳴った瞬間に、
音が部屋へ染み込む前に、身体が起き上がっている。ベッドを降り、カーテンを開けると、朝の光が差し込んだ。
学部生の頃から一人暮らしをしているマンションは分譲の高層階で、やけに天井が高い。
光の中で、整い過ぎた顔立ちがあらわになる。長いまつ毛、通った鼻筋、線の細いあご。
そのまま、広い寝室でトレーニングをはじめた。ストレッチを終え、腕立てふせに移る。
細身に見える身体には、しなやかな筋肉が乗っていた。
腹筋、背筋、スクワット。額にうっすら汗がにじみ、首筋にも汗がつたう。
トレーニングを終えると、
次は、もう一つの
その刀をゆっくりとかまえ、踏みこむ。相手をイメージした
刀を止め、最後に一振り。刀は粒子となって消え、部屋は静けさを取りもどした。
マスターは取ったが就職もせず、モラトリアムの延長線上に今の在籍がある。自覚はあるし、開き直ってもいた。
今日はバイトの日だ。いなり広告社。小さな広告代理店で、なんでも屋じみた仕事を請け負っている。
シャワーを浴び、
不用心だとは思うが、目くじらを立てても仕方がない。
コーヒーサーバーに、たっぷりのコーヒーがゆっくりと満たされていくのをながめていた。
◇ ◇ ◇
目覚ましが鳴った。
「目覚ましの音よ
起きることが、
壁の大きな鏡に映る自分を見た。黒地に白のボーダーが入ったワンピース型のパジャマだ。
生地が柔らかく落ちるので、立つときれいに見える。買ってよかった一枚だ。
カーテンを半分だけ開けると、朝の光が床をなぞり、ソファと観葉植物の影を落とした。
キッチンに立ち、お湯を沸かす。茶缶を開け、CTCのアッサムを多めにポットに入れた。ミルクティーが朝の定番だ。
昨日買ったスコーンに、苺ジャムとバターを罪悪感を感じるぐらいのせた。
スコーンのかけらのまじった一口の紅茶が上あごに
頭の中に映像が割り込んだのだ。
「見えちゃったな」
スマホで天気を確認する。今日は晴れ。それだけで、服選びのテンポが一段上がった。
クローゼットの前で少し考えてから、春らしい色のワンピースとジャケットを選ぶ。ネックレスとピアスは派手めに。鏡の前でくるりと一回転した。
「うん、いい感じ」
化粧のベースは薄く、眉を整え、まつ毛に少しだけ手を入れる。口元はうるおいたっぷりに仕上げた。
小さな広告代理店でグラフィックデザイナーをしている
忘れ物がないか確認してから、ドアノブに手をかけた。
ヒールの音が、マンションの廊下にリズムを刻む。
―――
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