第5話 奪う側の選択
月が、まだ高い。
霧は消えた。
残ったのは、未練だけだ。
戦場の中央。
ヴァルクは剣を構える。
「これは、俺の未練だ」
霧が静まる。
サキュバス騎士の瞳が細くなる。
「未練を抱えたまま、私を殺すの?」
「殺す」
即答。
甘い笑いが漏れる。
「本当に、面白い男」
槍が構えられる。
「なら最後まで拒絶しなさい」
一瞬で距離が消える。
槍が閃く。
ヴァルクは盾で受ける。
衝撃。
骨が軋む。
足が滑る。
だが、下がらない。
サキュバス騎士が囁く。
「まだ見せられるわよ」
視界が歪む。
前世の部屋。
散らかった机。
誰もいない食卓。
「頑張ったね」
優しい声。
欲しかった言葉。
胸が痛む。
盾が下がる。
――楽になれる。
サキュバス騎士の声。
「選びなさい」
ヴァルクの手が震える。
ショートソードが重い。
だが。
彼は笑った。
自嘲するように。
「くだらない」
幻の部屋を踏み潰す。
「そんな記憶、いらない」
声が低くなる。
「俺は今、生きてる」
盾を叩き上げる。
槍を弾く。
間合いに入る。
ショートソードが閃く。
甲冑を掠める。
火花。
サキュバス騎士が後退。
初めて、眉が動く。
「前世まで、捨てるの?」
ヴァルク。
「選ぶ」
踏み込む。
「俺は復讐を選ぶ」
盾撃。
体勢が崩れる。
剣が喉元へ走る。
サキュバス騎士が槍で受ける。
金属が軋む。
距離が近い。
吐息が触れる。
彼女が囁く。
「本当は、あなたに選ばれたかった」
サキュバス騎士の声は、もう甘くない。
ヴァルクの瞳は揺れない。
「選ばない」
その瞬間。
最後の力で、槍が走る。
横薙ぎ。
鋭い。
ヴァルクは避けるが、遅い。
右腕を裂かれる。
血が飛ぶ。
盾が、落ちた。
鉄が地面を打つ音が響く。
サキュバス騎士が笑う。
「ほら、守れない」
ヴァルクは一瞬だけ、落ちた盾を見る。
守る象徴。
盾が地面に転がる。
ヴァルクは、それを見下ろす。
拾わない。
「守るのは、もうやめた」
一歩、踏み出す。
「俺は奪う側だ」
ショートソードが閃く。
甲冑の隙間。
心臓。
貫通。
血が溢れる。
サキュバス騎士の体が崩れる。
槍が落ちる。
霧が、音もなく消えていく。
彼女は倒れながら、微笑んだ。
「……やっぱり
あなたは、奪う側ね」
ヴァルクは答えない。
血の滴る右腕で剣を引き抜く。
盾は拾わない。
立っているのは、剣だけを持つ男。
風が吹く。
誰も褒めない。
誰も称えない。
それでいい。
俺は――
英雄を殺した側だ。
恋は、否定しない。
だが、
選ばない。
そして歩き出す。
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