追放された復讐者は、恋を選ばない
竹屋 兼衛門
第1話 復讐者に恋愛を求めるな
「だめだ、止まらない――!」
地鳴りが迫る。土煙の向こう。
バイコーンに跨ったオーク騎兵、五十。
一直線の突撃。
先行していたAランクパーティの盾役が宙を舞った。
「隊列崩壊! 回復――!」
叫びが悲鳴に変わる。
その正面に、ひとり立った。
「どけ――!」
誰かが怒鳴る。
影は動かない。
盾を地面に突き立てる。
「スキル――呪符盾術 第一式 《不動の防壁》」
紋様が走る。
直後、突撃が直撃。
弾かれたのは騎兵の方だった。
バイコーンが宙を舞い、オークが地面を転がる。
影が踏み込む。
「第四式 《復讐の圧殺》」
盾が振り下ろされる。
衝撃が大地を割り、骨が砕け、肉片が散った。
土煙が晴れた時、立っていたのは――ひとりだけ。
「……誰だ」
「Sランクパーティ 《群青の砦》の……ヴァルクだ」
血を振り払う。
熱が引く。
身体が重い。
戦っている時だけ、生きている。
「撤収だ」
背を向けた。
夜。宿の大広間。
暖炉の火が揺れている。
ヴァルクは盾を拭いていた。
背後から声。
「さっき、楽しそうだった」
ミレアだ。
「私、怖いの」
彼は手を止めない。
「戦いが終わったら、何も残らない気がして」
一歩近づく。
「だから、あなたと生きたい」
まっすぐな目。
「好き。ずっと好きだった」
ヴァルクは立ち上がる。
「できない」
「どうして?」
「俺は復讐者だ」
「復讐が終わったら?」
「終わらない」
「私とでも未来を見ないの?」
「見ない」
彼女は息を吸い込む。
「それでも私はあなたと生きたい」
ヴァルクは言う。
「どうでもよくはない」
彼女の目が揺れる。
「だから、できない」
拳がわずかに握られる。
「お前まで失えば、俺は……」
吐き出す。
「だから俺の側に来るな」
「俺は守らない。守れるのは壊す時だけだ」
ミレアが小さく笑う。
「ばか」
涙を拭かない。
「そんな理由じゃ、余計ほっとけないじゃない」
背を向ける。
足音が階段を上る。
暖炉の火だけが揺れていた。
朝。
「話がある」
副官――レオン。
宿の裏。
「結論から言う。お前は抜けろ」
「追放か」
「そうだ」
レオンは続ける。
「昨夜、お前はミレアを泣かせた」
「仲間を守れない奴は資格がない」
「守れるのに守らなかった。そう見えた」
ヴァルクは答える。
「俺は支え合うために戦っていない」
レオンが笑う。
「ほらな」
リーダーが目を伏せる。
「……すまない」
ヴァルクは全員を見る。
「お前らは前を見てる」
「俺は後ろしか見ていない」
「場違いなのは俺だ」
背を向ける。
レオンが言う。
「ミレアは俺が幸せにする」
ヴァルクは振り返らない。
「幸せにしたいなら、俺と同じ場所に立つな」
「足を引っ張る」
ヴァルクが宿を出てしばらく。
――宿の裏手。
「どういう事?
なんでヴァルクが追放なの?」
パーティーメンバーのダリオが、ミレアを呼び出していた。
レオンは顔色一つ変えない。
「あんな奴、どうでもいいだろ」
「どうでもよくない」
レオンが一歩出る。
「俺が、お前を守る」
ミレアは息を吐く。
「出来るわけないでしょう」
「ヴァルクがいたから、私たちは生き残れていたの」
レオンの眉が歪む。
「出来る! 俺は――」
「俺はお前を愛している!」
ミレアは首を振る。
「愛?」
「そんな物で、何が守れるの?」
「守れるなら、あの夜は来なかった」
レオンの口が動く。
声が出ない。
「俺は……俺は……!」
膝が落ちる。
砂を握る。
「俺なら……お前と生きてやれるのに……!」
ミレアは見下ろす。
「私は、あの夜を忘れてない」
「村が燃えた夜。海が赤く染まった夜」
「私は、あの光景を覚えてる」
一歩、レオンに近づく。
「レオン。あなたは?」
言葉が出ない。
口を開いたまま、何も出てこない。
目が泳ぐ。
拳は震えているのに、
復讐の言葉は一つも出てこない。
ミレアの声は、冷たい。
「私は、あなたが嫌い」
レオンの肩が崩れる。
立ち上がろうとして、失敗する。
周囲の視線が突き刺さる。
だが誰も目を逸らさない。
リーダーも、黙ったまま。
砂に落ちた涙が、黒く滲む。
ミレアは静かに言う。
「もう無理よ」
「私も抜ける」
視線は前だけを見ている。
「ヴァルクの背中に立つ」
誰も止めなかった。
――
ヴァルクが宿を出てしばらく歩くと
背後から、足音が走ってきた。
「待て!」
ダリオが追ってくる。
息を切らし、腕を掴む。
「《群青の砦》が解散した」
「……何があった」
ダリオは一度息を整え、言う。
「レオンが告白した」
足が止まる。
「そして振られた」
風が吹く。
「そのままレオンは抜けると言って」
「リーダーも諦めて、もう解散だってさ」
「……そうか」
ヴァルクは動かない。
「怒らないのか?」
「当然だ」
「戦場で感情を優先した」
「壊れない方がおかしい」
ダリオは、少し笑う。
「冷たいな」
「そうかもな」
盾に触れる。
「俺にあるのは、復讐だけだ」
一拍置かず続ける。
「それで?」
ダリオは真顔になる。
「男だけのパーティが盾を探してる」
「契約はドライだ」
「戦場はある」
風が強くなる。
ヴァルクは空を見る。
「俺を使いこなせるなら行く」
「次は魔王軍だ」
歩き出す。
振り返らない。
「俺は振る」
「未来も、恋も」
一瞬だけ、拳が強く握られる。
「だが――」
目を上げる。
「選ばない」
冷たい朝風が吹く。
その時。
遠くの地平に、黒い霧が立ち上った。
甘く、濁った気配。
まだ誰も知らない。
それが、魔王軍幹部――
サキュバス騎士の進軍だということを。
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