第11話 みんなのVTuber
伝説となった五人コラボから数日。
俺の期待に反して、事態は沈静化するどころか、ネットの波に乗ってさらに激しく燃え上がっていた。
SNSを開けば、あの日、四人に囲まれてタジタジになっていた俺の切り抜き動画が、数十万回再生という数字を叩き出している。
【徹底討論:星乃マヒロ、運命の選択は誰だ!?】
そんな物々しいタイトルのスレが立ち、各陣営のリスナーたちが自分の推しとの「てぇてぇ(尊い)」を主張し合っていた。
「リリアとの空気感がガチ。あの王子様を本気にさせるのはマヒロだけ」
「ミコのあの独占欲を見たか? 正妻の余裕と焦りが混ざってて最高」
「こももと苗字が一緒なのは運命。妹キャラ同士の絡みこそ至高」
「セレナがマヒロを膝に乗せた瞬間、勝負は決まっただろ」
純粋な応援ならまだ良かった。だが、注目が集まりすぎたせいで、一部の意見は刺々しい色を帯び始めている。
「結局誰が本命なんだよ。思わせぶりな態度ばっかりで、見ててイライラする」
「どうせビジネス百合だろ。新人売るための茶番にしか見えない」
「ガチ恋勢を置いてけぼりにして何がしたいの? 早く一人に絞れよ」
スマホの画面越しに伝わってくる、見えない大衆の期待と嫉妬。
炎上とまではいかないまでも、俺の周囲の空気は、まるで雷雲が立ち込めているかのようにパチパチと張り詰めていた。
(俺は……ただ一生懸命やってるだけなのに)
四人からの「本気の熱」と、リスナーからの「冷徹な視線」。
その板挟みになった俺は、まるで全方位を囲まれたステージの上で、次に何を話すべきか忘れてしまった役者のような気分だった。
◇
それは、ごく普通の雑談配信中のことだった。
不意に、鮮やかな赤色のスパチャが画面に突き刺さる。
『マヒロちゃん、結局四人の中で誰が一番好きなの? はっきりさせて!』
その瞬間、コメント欄の動きが止まり、次の秒には爆発したような速度で議論が再開された。
嫌な汗が背中を伝う。
恐る恐る視聴者一覧を確認すると、そこには「白雪リリア」「天宮ミコ」「星乃こもも」「水瀬セレナ」の四人の公式アカウントが、まるで獲物を待つハンターのように最上段に並んでいた。
(……ここで誰か一人を選べば、他の三人と活動できなくなる。でも、適当に流せば納得してもらえない……っ)
真っ白になった頭で、俺は必死に「配信者としての正解」を探した。
そして、引きつった笑顔をカメラに向け、精一杯の明るい声で答えた。
『え、えへへ……。私は、みんなのVTuberだから! 誰か一人なんて選べないよ。四人とも尊敬してるし、私にとっては全員が、かけがえのない大事な先輩だよ?』
よし、これなら誰も傷つかない。
画面には「さすがマヒロちゃん!」「模範解答」「これが平和解決だね」と、リスナーからの絶賛の嵐が吹き荒れる。
けれど、俺が安堵の息を漏らした、その直後だった。
――視聴者一覧から、四人の名前が、吸い込まれるように一斉に消えた。
それは、怒りというよりも、もっと冷ややかで、決定的な「拒絶」を感じさせる去り際だった。
ついさっきまで感じていた、画面越しに見つめられていた熱が、一気に氷点下まで引き抜かれたような感覚。
(……あれ? みんな、怒っちゃった……?)
コメント欄の「プロだわー」という称賛の声が、今はひどく空虚に響く。
配信者として「みんなの星乃マヒロ」を守った代償に、俺は一人の人間として、彼女たちの心に一番深い傷をつけてしまったのかもしれない。
配信を終え、PCの主電源を落とす。ファンの音が消えると、部屋には耐え難いほどの静寂が満ちた。
「……間違って、ないよな」
誰か一人を選べば、角が立つ。リスナーを悲しませる。だから「みんな大事」と答えた。配信者としては満点の立ち回りだったはずだ。
けれど、胸の奥が焼けるように痛い。
本当はわかっていた。「みんな大事」は、誰にとっても「特別」ではないという、残酷な事実を。
それから、数日が経った。
あれほど毎日のように鳴り響いていたスマホの通知は、嘘のように沈黙した。
リリアさんに送った「お出かけ、どうしますか?」というメッセージは、既読すらつかない。
ミコ先輩に送ったゲームの相談も、こももちゃんへのスタンプも、セレナさんへの挨拶も、すべてが虚空に消えていく。
事務所ですれ違っても、彼女たちは一瞬だけ俺を見て、すぐに視線を逸らして通り過ぎる。
SNSでは、鋭いリスナーたちが異変に気づき始めていた。
・マヒロちゃん、最近先輩たちとの絡み減った?
・やっぱりあの回答、マズかったんじゃないか?
タイムラインに並ぶ憶測の言葉が、ナイフのように俺の心を削る。
かつての俺は、男の姿で一人でいるのが当たり前だった。なのに今は、彼女たちの体温が、声が、執着が、狂おしいほどに恋しい。
「……ああ、そうか」
鏡に映る星乃マヒロが、情けなく眉を下げている。
「俺……逃げたんだ」
好意を向けられる恐怖から。傷つけることの責任から。
傷つきたくないという自分勝手な理由で、彼女たちの「本気」を、安っぽい「営業」の枠に閉じ込めてしまった。
このまま終わるのか?
彼女たちのいない、空っぽで平和な「星乃マヒロ」に戻るのか?
(……嫌だ。そんなの、絶対に嫌だ)
俺は震える手でスマホを掴んだ。
これまでの俺なら、きっと何もしなかっただろう。けれど、今は違う。
彼女たちに「女の子」として変えられてしまった俺は、このまま黙って終わるなんて、できそうになかった。
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