第5話 白雪リリア

「よし、じゃあ始めようか。マヒロ、準備はいい?」

 

リリアさんの合図で、配信開始のランプが点灯した。


『こんリリ。今日は待望のコラボ配信。Luminous Liveの超新星、星乃マヒロに来てもらったよ』

『は、初めまして! こんマロ。星乃マヒロですッ!』


 横に座るリリアさんの視線を感じて、挨拶だけで心臓が口から飛び出しそうだ。


『今日はゲームコラボ。マヒロと一緒にFPSをやっていこうと思う』

『私、ずっとリリアさんの神エイムを隣で見てみたかったんです! 精一杯頑張ります!』


 興奮気味に意気込みを語り、ついにマッチングが始まった。

 ゲームが始まると、リリアさんの凄まじさが肌で伝わってきた。彼女は俺が敵に撃たれそうになると、電光石火の速さでカバーに入り、敵をなぎ倒していく。


『マヒロ、大丈夫。私が守るから、そのまま前についてきて』

『は、はいっ! ありがとうございます、リリアさん!』


 守られるたびに、ヘッドセット越しではなく「すぐ隣」から、リリアさんの柔らかくて凛とした声が直接耳に届く。

 ミスをしても「いいよ、今の動きは完璧」と優しく褒めてくれる彼女の声は、いつもの配信よりずっと甘く、蕩けるような響きを帯びていた。


 当然、視聴者たちはこの異変にざわつき始める。


・今日のリリア様、声が優しすぎないか!?

・なんか距離感おかしくない? 限界オタクを甘やかしすぎだろ!


 リリアさんは激しい戦闘中にもかかわらず、平然とコメントを拾って微笑んだ。


『距離が近い? 当然でしょ。今、マヒロは私のすぐ隣で、同じ空気を吸いながらプレイしてるんだから。ね、マヒロ?』

『えっ、あ、はいっ! ……ちょっと、リリアさん、近いです……!』


 画面を覗き込むためにリリアさんが身を乗り出し、俺の肩と彼女の肩が触れ合う。

 中身が男の俺にとって、この状況はもはや拷問に近い幸福だ。


・リリア様が完全にお姉ちゃんの顔してる……

・てかマヒロちゃん、顔真っ赤じゃない? 尊すぎるんだが。


 夢のような時間はあっという間に過ぎ去り、気づけば配信終了の時刻を迎えていた。


『今日は本当にありがとう。マヒロのおかげで、最高の配信になったよ』


『こちらこそ……! 夢みたいな時間でした。ありがとうございました、リリアさん!』


『みんなもお疲れ様。おつリリ」


配信終了を告げるランプが消え、スタジオに静寂が戻った。

 張り詰めていた空気が緩んだ直後、隣に座っていたリリアさんが、椅子を寄せて俺の顔を覗き込んできた。


「マヒロ。あなた……女の子として、すごく魅力的ね」

「い、いや! そんな、私なんて……っ」


 俺は慌てて首を振った。中身はただの冴えない男だ。美少女のガワを被っているだけで、本物の女の子のような魅力なんてあるはずがない。


「いいえ。知っているわ。あなた、自分の存在にひどく戸惑っているでしょう? まるですぐに消えてしまいそうな、危うい光を纏っている」


 心臓がドクリと跳ねる。彼女の涼しげな瞳に見透かされているような錯覚。

 リリアさんは少しだけ微笑むと、俺の震える手を、優しく、けれど逃がさないように両手で包み込んだ。


「だから……放っておけないの。私のそばに居て」


「……っ」


 すぐには言葉が出てこなかった。

 拒絶すべきなのか、それとも縋るべきなのか。

 けれど、温かい彼女の手のひらから伝わる熱が、冷え切っていた俺の胸をじわりと溶かしていく。


 男だった頃の俺は、誰の特別でもなかった。

 でも今、この世界で一番輝いている「推し」が、俺という存在を選び、必要としている。


(……VTuberって、こんなに優しくて、残酷で……温かい世界なんだな)


 俺はまだ気づいていなかった。

 この出会いが、俺を狙う多くの「捕食者(美少女VTuber)」たちを刺激し、『百合ハーレム』へと引きずり込む第一歩になることを。



リリアさんとの衝撃的なコラボを終え、ようやく火照った身体を休められる――そう思ったのも束の間だった。

 帰宅途中の俺のスマホに、氷室さんから一通のメールが届いた。


『お疲れ様です、マヒロさん。例のコラボの件ですが、さらに追加で三名のライバーから熱烈なオファーが届いています。……なんと、全員が「一刻も早く」とのことです』


 画面に並んだ名前に、俺は危うくスマホを落としそうになった。

 面倒見がいいが、プライドが高めとの噂の『天宮あまみやミコ』。

 小動物系キャラで甘えん坊の『星乃ほしのこもも』。

 そして、清楚系、癒し枠の『水瀬みなせセレナ』。


「……嘘だろ。全員、チャンネル登録者数数十万超えのトップライバーじゃないか」


 なぜ、デビューしたばかりの俺なんかに?

 困惑と恐怖が混ざり合うが、同時に、必要とされているという実感が胸を熱くする。男だった頃には決して開かなかった扉が、次々と音を立てて開いていく。


『……わかりました。是非、お願いします』


 なかばヤケクソ気味に返信を送ると、数秒もしないうちに、まるで待ち構えていたかのような爆速のレスポンスが返ってきた。


『ありがとうございます。調整の結果、天宮ミコ、星乃こもも、水瀬セレナの順で個別コラボを実施します。追って日程を送りますので、心の準備(?)をしておいてください』


「心の、準備……?」


 氷室さんの文末についた不穏な一言に、背筋がゾクリと震えた。

 リリアさん一人でも、あんなに甘く、危うい空気になったのだ。それが、さらに個性の強い三人と一対一で向き合うことになるなんて。


「……俺の心臓、最後まで持つのかこれ……?」


 夜道を歩く俺の頬を、冷たい夜風が撫でる。

 しかし、その風さえも今の俺には、これから始まる甘美な泥沼を予感させる、熱を帯びた吐息のように感じられた。

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