第7話 星乃こもも

ミコ先輩との嵐のようなコラボが終わり、少しの平穏と数回の個人配信を経て、俺のチャンネルはさらに活気づいていた。

 だが、安らぎも束の間。次なるコラボの日は、無情にもやってくる。


 すっかり足が慣れてしまった事務所のスタジオ。扉を開けた瞬間、視界の端からピンク色の小さな影が突進してきた。


「初めましてぇ! 星乃こももだよ! よろしくね、マヒロお姉ちゃんっ!」

「わわっ!? よ、よろしくお願いします……こももちゃん?」


 いきなり腰のあたりに抱きつかれ、俺は思わず仰け反った。

 星乃こもも。俺と同じ苗字を持つ彼女は、噂に違わぬ「距離感バグ」の持ち主だった。

 

 見上げれば、小動物のような愛くるしい瞳に、ふわふわと跳ねるポニーテール。俺より一回り以上小柄なその姿は、どう見ても守ってあげたくなる「妹」そのものだ。だが、資料によれば彼女は俺の立派な先輩であり、年齢も年上のはず。


(……お姉ちゃんって。俺、中身は男だし、今はこっちの方が背も高いんだけどな)


 どこか甘い石鹸のような香りが鼻をくすぐり、中身が男の俺は、どうにも手の置き所に困ってしまう。


「えへへ、やっぱり『星乃』同士、運命感じちゃうな! 今日は打ち合わせなしの雑談コラボなんだよね? こもも、マヒロお姉ちゃんと話したいこといっぱーいあるんだぁ!」


 リリアさんやミコさんの時は、事前にゲームの選定や企画を練る時間があった。だが、こももちゃんは「マヒちゃんとは、ありのままのトークで通じ合いたいもん!」と、事前の打ち合わせを一切拒否。


 不安しかない俺を余所に、彼女はニコニコと上機嫌で配信ブースの椅子に飛び乗った。


「ほらほら、マヒロお姉ちゃんも座って! 早くみんなに、私の自慢の親戚(仮)を紹介したいんだからっ!」


 嵐の予感。

 こももちゃんは配信ボタンへと手を伸ばした。


『みんな、こんもも! 星乃こももだよ! 今日はね、ずっと会いたかった私の「お姉ちゃん」に来てもらったよ!』

『みんな、こんマロ。……星乃マヒロです! よろしくお願いします』


 配信が始まった瞬間、こももちゃんは俺の腕にギュッとしがみついてきた。配信画面には、密着する二人の銀髪とピンク髪が映り込み、コメント欄は一気に加速する。


・最高すぎだろ!!

・姉妹VTuberキタァー

・距離近すぎるだろ!!


『これから、お姉ちゃんと一緒に雑談配信をしたいと思います! みんなも是非、コメントたくさんしてね!』


 雑談とは名ばかりの、こももちゃんによる「マヒロ解剖質問攻め」が始まった。


「ねえねえ、お姉ちゃんはどうしてVTuberになったの?」

「えっ、それは……自分を変えたいなって思ったから、かな」

「じゃあ、好きなタイプは!? どんな人が隣にいたらドキドキする?」

「ええっ!? そ、それは……優しくて、引っ張ってくれる人……とか?」


 答えづらい質問に詰まるたび、こももちゃんは「へぇ〜、そうなんだぁ」と、どこか確信犯的な笑みを浮かべて顔を近づけてくる。


・こももちゃん、完全に獲物を狙う目をしてる

・マヒロちゃん、タジタジで可愛い!

・質問がガチすぎて尋問になってて草


『だって、私、マヒロお姉ちゃんの声も顔も全部好き! だから、お姉ちゃんの「初めて」のコラボ相手になりたかったなー。リリア先輩に先越されちゃって、こもも、すっごく悔しかったんだから!』


 そんな爆弾発言を織り交ぜつつも、彼女のスキンシップは止まらない。配信中、ずっと俺の手を握ったり、肩に頭を乗せてきたり。

 中身が男の俺としては、柔らかい感触と甘い香りに理性が削られっぱなしの1時間だった。


『今日はありがとう、お姉ちゃん! もっと、もっといっぱい一緒に配信しようね!』

『……あはは、うん。ありがとう! またやろうね、こももちゃん』


『視聴者のみんなもありがとう! おつももー!』

『ありがとうございました! おつマロ!』


 配信終了のランプが消えた瞬間。

 こももちゃんは、繋いでいた手にさらに力を込め、俺の耳元で小さく囁いた。


「……ねえ、マヒロお姉ちゃん。……お姉ちゃんは、こもものだよ?」


 耳元で、甘く、けれど拒絶を許さない重さを含んだ声が響く。

 一瞬、思考がフリーズした。


「……え?」


 聞き返そうとしたが、こももちゃんは満足げに微笑むと、腕を離してしまった。


 一体、どうなっているんだ。

 リリアさんの時も、ミコ先輩の時もそうだ。配信が終わってカメラの火が消えた途端、みんな目の色を変えて、俺を縛り付けるような言葉を置いていく。


(……なんで、俺なんだ?)


 俺はただの元男で、中身は彼女たちと同じ、ただのオタクなんだぞ。

 そんなこと、口が裂けても言えないけれど。

 結局、俺にできたのは、困ったように眉を下げて、引きつった笑顔で「ありがとう」と返すことだけだった。


 だが、その「曖昧な笑顔」こそが、彼女たちの独占欲にさらなる火をつけていることには、まだ気づいていなかった。

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