最終話 それから
◇◆◇
勇樹に実刑判決が下ったのは、それから半年後のことだった。
懲役8年。執行猶予なし。
大手不動産会社の看板を背負い、
エリート街道を突き進んでいた男にとって、その判決は死刑宣告にも等しかった。
ニュース番組で、腰縄をつけられ、うつむいて歩く勇樹の姿が全国に流れた。かつての自信に満ちた表情は見る影もなく、頬はこけ、髪には白いものが混じっている。
ネット上では「強欲エリートの末路」として、今なお叩かれ続けていた。
一方、俺は——。
◇◆◇
俺は、10年間勤めたコンサルティングファームに辞表を出した。
「佐川」としての実績は十分すぎるほど残したが、
もうこの名前で冷徹な策謀を練る必要はなくなったからだ。
退職したその足で、俺は父の墓を訪れた。
「親父、終わったよ」
線香の煙が風に流れていく。
勇樹に奪われた家族の平穏。
10年かけて、ようやくその「清算」を終えた報告だった。
墓地の入り口で、一台の車が止まった。
降りてきたのは、麻衣だった。
「亮介くん……」
彼女は、以前のような派手なブランド品は身につけていなかった。
落ち着いたワンピースを纏った彼女は、
10年前、俺が愛したあの頃の面影を少しだけ取り戻していた。
「新しい生活はどうだ?」
「……順調よ。紹介してくれた彼、とても誠実な人。
私の過去も全部知った上で、受け入れてくれた」
彼女はそう言って、微かに微笑んだ。
俺は彼女に、勇樹から奪い取った金の一部を渡した。それは彼女への愛ではなく、
勇樹から「最も大切なもの(=彼を愛していたはずの妻)」を完全に切り離すための経費だった。
「亮介くん、あなたはこれからどうするの?」
「……さあな。10年も復讐のことばかり考えていたから、
自分の人生の歩き方を少し忘れてしまったよ」
俺たちは短く言葉を交わし、別れた。
彼女との間に、もう愛はない。だが、憎しみも残っていなかった。
ただ、同じ「過去」を共有した者同士の、静かな決別だった。
◇◆◇
数年後。
とある地方の刑務所。勇樹は、慣れない手つきで軍手の検品作業を行っていた。
冬の凍てつく作業場。かつて高級ワインを嗜んだその指は、
ひび割れ、あかぎれで血が滲んでいる。
「……おい、高橋。またミスか? お前のせいで全体のノルマが遅れるんだよ」
教育係の受刑者が、勇樹の頭を小突く。
勇樹はかつて、部下を同じように見下し、踏みつけにしてきた。
その報いが、今、何倍にもなって自分に返ってきている。
彼には、面会に来る者は一人もいない。
手紙の一通も届かない。
出所しても、彼を待つ家はなく、
積み上げたキャリアは「前科」という消えない烙印によって上書きされた。
彼がかつて亮介に言った言葉。
「ああいう地味な奴には、勿体ない」
今、鏡に映る自分を見て、彼は何を思うだろうか。
すべてを奪い、笑っていた男は、
すべてを奪われ、誰からも忘れ去られる恐怖の中で生きていく。
◇◆◇
俺は今、海に近い街で小さな事務所を開いている。
もう派手な企業買収や、人を陥れるような仕事はしていない。
地元の中小企業の相談に乗り、地道に彼らの再建を支える日々だ。
ふと、デスクの引き出しの奥に、
10年前の大学の卒業写真が入っているのを見つけた。
若かった自分。そして、隣で肩を組んで笑う勇樹。
俺は、その写真を迷わずシュレッダーにかけた。
過去は、もう消えた。
俺を縛り付けていた10年の呪縛は、跡形もなく粉砕されたのだ。
いい、それでいいんだ。
窓を開けると、心地よい潮風が吹き込んできた。
復讐の果てに手に入れたのは、輝かしい成功でも、莫大な富でもなかった。
それは、ただの「静かな日常」だった。
俺はコーヒーを一口すすり、新しいクライアントが待つ打ち合わせへと向かった。
学生時代に彼女を寝取った親友を俺は許さない。〜10年かけてあいつを陥れる特大プロジェクト〜 αβーアルファベーター @alphado
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