第7話 奈落の底で再会を
◇◆◇
鉄格子の向こう側。
かつて「不動産業界のエース」と呼ばれた男の面影は、そこにはなかった。
青白い顔、無精髭、そして焦点の定まらない瞳。
高橋勇樹は、贈賄と特別背任の容疑で逮捕・起訴され、拘置所に収容されていた。
面会室の厚いアクリル板を隔てて、俺は再び彼と対峙した。
「……何の用だ。もう、俺から奪えるものは何もないはずだぞ」
勇樹の声は枯れ果てていた。
俺は無言で、一通の手紙と一枚の写真をアクリル板に押し当てた。
「これは、麻衣さんからの伝言だ。
離婚届の受理と、旧姓に戻った報告。それから……彼女、再婚するそうだよ」
勇樹の目が大きく見開かれる。
「再婚……? まだ数ヶ月しか経ってないのに、誰と……」
「俺が紹介した、ある若手起業家さ。君が横領した金……いや、俺が君から回収した金の一部を、彼女の『慰謝料』として渡してある。彼女は今、君と暮らしていた頃よりずっと豊かな生活を送っているよ。君という『重荷』が消えて、せいせいしているそうだ」
勇樹は震える手で頭を抱え、うめき声を上げた。
自分が10年かけて積み上げた地位も、
富も、女も、すべては亮介の手のひらの上で「再分配」されたに過ぎない。
自分はただ、亮介が新しい人生を謳歌するための「踏み台」にされたのだ。
◇◆◇
「亮介……お前、そんなことのために……10年も……」
「そんなこと? 違うな。俺にとっては、これが人生のすべてだった」
俺は身を乗り出し、声を一段と低くした。
「お前は覚えていないだろうが、10年前、お前に麻衣を奪われた後、俺の親父は経営していた会社を畳んだ。お前の父親が役員を務めていた取引先から、理不尽に契約を切られたせいだ。……覚えているか? お前が『親のコネで潰してやった』と笑いながら俺に言ったことを」
勇樹の表情が凍りついた。
彼にとって、それは単なる「学生時代の悪ふざけ」だったのかもしれない。
だが、その一言で俺の家族はバラバラになり、父は失意のうちに亡くなった。
「俺は、お前という人間そのものが、この世に存在していることが許せなかった。
お前が笑うたびに、俺の心は削られていったんだ」
「……そんな……昔の話じゃないか……」
「昔の話で終わらせられるのは、奪った側の特権だ。
奪われた側は、その瞬間で時間が止まっているんだよ」
◇◆◇
勇樹は絶望のあまり、アクリル板に額をぶつけた。
だが、俺の復讐はこれだけではない。
「そうそう、お前の両親のことだが。彼らが住んでいた実家、競売にかけられたよ。お前の賠償金の補填に充てられた。……今は俺が買い取って、更地にしてある。お前の帰る場所は、この世のどこにもない」
「……あ、あああああああ!」
絶叫する勇樹。看守が駆け寄り、彼を取り押さえる。
その惨めな姿を、俺は冷めた目で見つめ続けた。
10年間、俺はこの瞬間を夢見てきた。
だが、胸に去来するのは、爽快感だけではなかった。
ただ、冷たくて、静かな「納得」だった。
「じゃあな、勇樹。いや、高橋。……刑務所の中では、精一杯、長く生きろ。
死んで逃げることすら、俺は許さない」
俺は席を立ち、一度も振り返ることなく面会室を後にした。
外は、雲一つない冬の青空が広がっていた。
10年ぶりに、深く、澄んだ空気を吸った気がした。
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