第6話 絶望へのカウントダウン
◇◆◇
一週間後。
勇樹の自宅タワーマンションには、差し押さえの赤紙が貼られようとしていた。
会社からは「懲戒解雇」が正式に下った。
それどころか、贈賄に関与した疑いで損害賠償を請求する準備が進められている。
新聞の地方版には「大手不動産社員、不適切支出」という見出しが躍り、
SNSでは勇樹の顔写真と不倫の経歴が特定され、拡散されていた。
「くそっ、なんで……何で俺だけがこんな目に……!」
電気の止まった暗い部屋で、勇樹は震えていた。
麻衣との連絡は、弁護士以外とは取れない。愛人の香織も、被害者面をして会社に泣きつき、勇樹を「職権乱用で強要された」と訴える準備を始めている。
そんな中、勇樹のスマートフォンが震えた。
また亮介だ。
「亮介……頼む、もう勘弁してくれ……。
お前の勝ちだ。俺が悪かった、謝るから……!」
『謝る? 10年前に失った俺の3年間が、その一言で返ってくると思うのか?』
亮介の声には、怒りすらこもっていない。
ただ、精密機械のような冷徹さがあるだけだ。
『……だが、少しだけチャンスをやる。お前が隠している「本当の裏帳簿」を、会社より先に俺に渡せば、借金の一部を肩代わりしてやるよ。今のままだと、お前は収監される。せめて「逃走資金」くらいは欲しくないか?』
「逃走資金……」
勇樹の目が、暗闇の中でギラリと光った。
もはや、まともな社会復帰は望めない。
だが、金があれば海外へ逃げるなり、
別の名前でやり直すなりできるかもしれない。
その甘い誘惑こそが、亮介が掘った最後の「落とし穴」だった。
◇◆◇
指定された場所は、10年前、二人がよく通っていた大学近くの寂れた公園だった。
勇樹は、会社から盗み出していた機密情報の詰まったUSBメモリを握りしめ、
ふらふらとした足取りで現れた。
そこには、仕立ての良いコートを着こなした亮介が、ベンチに座って待っていた。
「持ってきたか、勇樹」
「ああ、これだ……。これを渡せば、助けてくれるんだな?」
勇樹がUSBを差し出す。
亮介はそれを手に取ると、代わりに厚みのある茶封筒をベンチに置いた。
「中身を確認しろ。お前がやり直すための、最低限の資金だ」
勇樹が慌てて封筒を開ける。
そこには、札束——ではなく、大量の「写真」と「契約書」が入っていた。
「……なんだこれ? 亮介、金はどうしたんだよ!」
「よく見ろ。それはお前が『裏ルート』で買収した土地の、
本当の地権者リストだ。お前が金を払った相手は、俺が雇った役者だよ」
勇樹の顔から血の気が引いていく。
「つまり、お前が会社から引き出した『裏金』は、どこにも支払われていない。全部、俺が管理する口座に流れているんだ。……そして、この契約書。お前が『コンサル料』としてサインした書類は、そのまま横領の証拠として、今この瞬間に検察に郵送された」
「……あ、ああ……」
勇樹の膝が崩れた。
USBを渡したことで、彼は「自白」したも同然だった。
亮介が用意した罠に、自ら最後の一撃を加えにきたのだ。
◇◆◇
「助けるわけないだろ。お前は俺から麻衣を奪い、俺の尊厳を笑った。だから俺は、お前の10年後を、いや、人生を奪い、お前の未来を笑うことにしたんだ」
亮介は立ち上がり、絶望に打ちひしがれる勇樹を見下ろした。
「お前はもうすぐ逮捕される。会社からは数億円の損害賠償、闇金からは終わりのない取り立て。そして、家族も、友人も、プライドも、何一つ残らない。……お前が俺に与えた絶望を、ゆっくりと噛み締めながら、塀の中で老いていけ」
「待て、亮介! 待ってくれ!」
勇樹が亮介の足にしがみつく。
だが、亮介はその手を冷たく振り払った。
「10年前、俺もそう言ったはずだ。……覚えてるか?」
亮介はそう言い残し、夜の闇に消えていった。
遠くから、パトカーのサイレンの音が聞こえ始める。
それは勇樹を迎えに来る「終焉」の合図だった。
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