第4話 毒を混ぜた成功報酬

◇◆◇


帝都不動産の創立記念パーティー。

都内ホテルの大宴会場は、シャンデリアの光と高価なワインの香りに満ちていた。


「今期のMVPは……再開発事業部、高橋勇樹次長!」


社長の声が響き渡り、万雷の拍手が湧き起こる。

勇樹は、これ以上ないほど誇らしげな顔でステージに登った。その胸元には、

社内でも一握りのエリートしか許されない「金色のバッジ」が輝いている。


ステージの下、最前列には正装した麻衣がいた。

微笑んではいるが、その目は虚ろだ。彼女のバッグの中には、

俺が昨日送った「勇樹が浮気相手と過ごしたホテルの領収書」が入っている。


「ありがとうございます! この栄誉は、

 私を支えてくれたチーム、そして……最愛の妻、麻衣のおかげです!」


勇樹がスポットライトを浴び、麻衣を指し示す。

周囲からは「理想の夫婦だ」と溜息が漏れる。


その光景を、俺は会場の隅で冷ややかに眺めていた。


(笑っていろ、勇樹。それがお前の人生で最後の『最高の日』だ)


俺は手元のタブレットを操作し、一通のメールを送信した。

送信先は、会場の受付に立っている愛人・香織。そして、全役員の業務用端末だ。



◇◆◇


パーティーが歓談の時間に入った直後、事件は起きた。

ステージを降りた勇樹のもとに、受付嬢の香織が詰め寄ったのだ。


「高橋さん! これ、どういうことですか!?」


彼女の手には、俺がリークした

「勇樹が麻衣と復縁旅行を計画している(という捏造の)メール」が握られていた。


「ちょ、香織、何だよ急に! 今は仕事中だぞ!」


「私には『妻とは冷え切っている』『離婚する』って言ったじゃない! なのに、

 奥さんにはこんな甘いメールを送ってるなんて……私を馬鹿にしてるの!?」


静まり返る会場。重役たちの視線が突き刺さる。

狼狽する勇樹の背後に、ゆっくりと麻衣が歩み寄った。


「……勇樹。私、もう限界よ」


麻衣はバッグから、束になった「証拠写真」をぶちまけた。

勇樹が香織とマンションに入っていく姿、そして他の女たちとの不適切なやり取り。


「麻衣!? 待て、これは誤解だ! 俺は、君を愛して……」


「愛してる? その口でよく言えるわね。

 ……亮介くんの方が、よっぽど私を大切に思ってくれたわ!」


麻衣が叫んだその名前。

勇樹の顔が、一瞬で真っ青になった。


「亮介……? なんで今、あいつの名前が……」


勇樹の視線が、会場の隅に立つ俺とぶつかった。

俺はグラスを軽く掲げ、彼に向かって静かに微笑んでみせた。



◇◆◇


醜聞(スキャンダル)だけでは終わらない。

勇樹が麻衣をなだめようと必死になっている最中、

一人の役員が血相を変えて彼に詰め寄った。


「高橋! これはどういう意味だ!? 今、全役員に匿名で告発メールが届いたぞ!」


タブレットに表示されていたのは、

勇樹が進めていた再開発プロジェクトの「裏帳簿」だった。


「地権者への不正送金、コンサルタント会社を通じた横領……。

 高橋、貴様、会社の金を使って何をしていた!?」


「な、なんのことですか!? それは佐川さんが……!」


勇樹が慌てて俺を指差そうとする。

しかし、俺はすでに「佐川」としての仮面を脱ぎ捨て、

会社のデータから自分の痕跡を消し去る準備を終えていた。


彼が使ったペーパーカンパニーの代表は、

彼自身の印鑑が押された書類で埋め尽くされている。


「佐川さん! どこだ、佐川さん! 説明してくれ!」


勇樹が悲鳴のような声を上げるが、俺はもうそこにはいない。

人混みに紛れ、ホテルの非常階段を降りる。



◇◆◇


ホテルの外、冷たい夜風が吹く。

俺は自分のスマートフォンから、

10年間一度も変えていなかった勇樹の番号に電話をかけた。


会場内でパニックになっているであろう彼のポケットで、着信音が鳴る。


「……もしもし、高橋次長。いや、高橋」


『佐川さん……? いや、お前、亮介なのか!? なんで、どうしてこんなことを……!』


震える声。かつての「親友」の、惨めな叫び。


「言っただろ。お前が手に入れたもの全てを、最も残酷な形で奪い取ってやるって。……まだここからだ。絶望の本番は、これからだよ」


俺は一方的に通話を切り、SIMカードを抜いて道端の溝に捨てた。


勇樹の足元が崩れ始めた。


家庭、名声、信頼。

彼が10年かけて築き上げた城は、今、波にさらわれようとしている。

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