第1話 日本最強の少女②

 東1局




 「じゃあ、よろしくお願いします」




 「「よろしくお願いします」」




 詩鶴の言葉に合わせて、隣に座った夏葉と真奈も挨拶をする。


 それを見て、少女もぺこり、と頭を下げた。


 ゲームが始まった直後、そういえば、と詩鶴が少女に声をかける。




 「君、名前は?」


 「藍原小雀、です」


 「小雀くんか、良い名前だね」




 そんな詩鶴の言葉にも、小雀はペコ、と少し頭を下げただけ。 




 「ってかあんた本当に感謝しなさいよね、詩鶴さんと打つなんてプロでも沢山の人がお願いしに来るくらいなんだからね?」


 「ありがとうございます……?」


 「コイツ……」


 「まあまあ、夏葉さんそう言わずに!藍原さん、一緒に楽しもうね!」


 「あ、真奈ちゃんそっちなんだ……」




 いまいち要領を得ない小雀の言葉にイラつきつつ、真奈の対応には若干呆れながら、夏葉が配牌を開く。




 ゲームが開始して1巡目、最初の手番を迎えた小雀が、ツモ山に手を伸ばして、自らの手牌を整えた。


 その手つきは、詩鶴や夏葉、真奈の他三者と比べてだいぶ覚束ない。


 1打目を切るまでにだいぶ時間がかかってしまった。


 その手つきは、最近牌を触り始めたと言われても違和感がないレベル。




 (こんな初心者みたいな手つきで「一番強い人と打ちたい」?思い上がりも甚だしいわね)




 夏葉がきっ、と小雀を睨みつけるも、そんな視線に気づく様子もない。




 7巡目。




 「リーチ」




 夏葉がリーチ宣言。


 普段は縦に並んでいる捨て牌達の並びに、7sを横向きに置いた。


 あと1つで、アガリに辿り着くという宣言。




 続いて手番を迎えた小雀が、ツモ山に手を伸ばす。


 そして間髪無くツモ切られた牌は、1mだった。




 「ロン!」




 夏葉が手牌を倒し、アガリを宣言。




 (リーチ一発、ピンフドラ1)




 頭の中で役を反芻し。




 「8000!」


 「はい」




 夏葉から申告された点数に、何事も無かったように、小雀は点箱から点棒を差し出した。




 「あ、点棒は置いて渡すのがルールなんだ!そこの、牌がせり上がってこない場所に、8000点を置いてくれたら嬉しいな!」


 「あ、そうなんですね」




 真奈の指示に従って、小雀が点棒を置いた。


 それを、夏葉が受け取って自身の点箱にしまう。




 (ふん!どうみてもシロートじゃない。こんな奴に貴重な詩鶴さんの時間を使わせる必要なんてないわ。すぐトバしちゃいましょ)




 夏葉が小雀を睨み据える。


 しかしその黒髪ロングの少女は視線も、表情にも、変化が全くなくて。




 それを見て、すう、と。


 対面に座る詩鶴の目つきが細くなった。




 東2局 5巡目




 「リーチ」




 親番を迎えた小雀が、早い巡目で迷いなくリーチを打って来た。


 真奈と詩鶴は安全牌を切って、夏葉の手番。




 (ちっ、リーチか……まあ、ここで慌てる必要もないし。一旦オリね)




 夏葉も手牌から通っている8pを選択し切り出していく。




 リーチがかかってからかなりの巡目が経過しても、なかなか小雀がツモる事は無く。




 (ここまで来たら流局でも良いかも。ほら、あんたがどんなリーチしたのか見せてみなさいよ)




 夏葉の思惑通り、この局は流局。




 テンパイしているかどうかの確認で、小雀の手牌が開かれる。




 小雀 手牌 {二二四四①①③③⑨⑨233}




 (は?チートイ2単騎?)




 夏葉はノーテン罰符の1000点を払いながら、その牌姿を訝し気に眺めた。




 (まだ字牌が枯れてるわけでもない。そんなチートイツで即リーしてきたの?)




 この少女、手つきは覚束ないというのに、発声だけは早い。


 それに、今のも迷いなくリーチと言ってきた。だからこそリャンメンのような形を想定していたのだが。




 (なんだか気味が悪いわ)




 今の手も初心者であればもう少し相手から出そうな牌を待つか悩んで、すぐリーチとはいけなさそうなものなのだが。




 初心者のように見えて、初心者とは思えないリーチが飛んでくる。


 だから、得体が知れない。夏葉が小雀に抱いた感想はそれだった。




 南1局1本場。




 局は進んで東4局。


 10巡目小雀の手番だった。




 イーシャンテンになっているところからターツ選択。


 8sか2pのトイツどちらかを落としたい小雀は、河を見渡す。




 (8sが1枚切れてる)




 ソーズが全体的に河にバラバラと切られている上に、既に8sは1枚切れ。


 小雀は少し考えた末に8sを切り出していった。




 その次巡、小雀が持ってきたのは、字牌の西。




 (いらない、けど安全度で先に8か)




 小雀が、前巡も切った8sを連続で切り出していく。




 「ロン」




 その切った牌に、対面の詩鶴から声がかかった。




 詩鶴 手牌{一二三五赤五4赤5679中中中} 




 「5200の1本場は5500」


 「はい」




 小雀は点棒を払いながら……前巡、詩鶴が切っている2を眺めた。




 「詩鶴さん私もテンパってたのに~!」


 「そうだろうねえ、真奈は少し分かりやすすぎる」


 「えへっ!顔にすぐ出ちゃうんです!」




 「真奈ちゃんはわっかりやすいよな~!」 


 「俺でも分かるぜ!」


 「えへへ~真奈麻雀向いてないかも~!」




 真奈の言動に、卓外から沢山のヤジが飛ぶ。


 しかしそんなのは、少女の耳には入っていなかった。




 (1枚切れの3待ちにもできたのに2枚切れのカン8待ち……)




 小雀が詩鶴の方を見ても、詩鶴はにこりと笑うのみ。


 大人しく、小雀は点棒を払う。




 南3局ドラ⑧




 小雀が一度もアガれないまま、勝負は終盤戦。




 7巡目 小雀 手牌{二四①②③⑧⑧⑨35567} ツモ{④}




 (タンヤオになった)




 現在のトップ目は夏葉。


 そこに詩鶴、真奈と続いて、小雀は4着目。


 3900点をアガれば3着で、2000、4000をツモることができれば、2着。


 そこにドラが2枚の良い手が来てくれた。




 「チー」




 少女手牌 {②③④⑧⑧35567} チー{三二四}






 カン三が鳴けて、テンパイ。このままとりあえずアガれれば3着にはなれる。


 と、その瞬間。




 下家に座る夏葉が⑧をツモ切った。




 (……あ)




 手番は移って、対面の詩鶴の手番。




 (声が出なかった)




 本来、今夏葉がツモ切った⑧はポンしたかった牌。ポンして3を切れば待ちは58sになるし、マンガンにもなる絶好の牌だ。




 詩鶴が切った後に、真奈が手番で切ってきたのは……6。




 「……チー」




 今度は上家が切った後のチーなので、声が出た。


 手牌の中から、5と7を選んで横に晒して、3を切っていく。


 食い伸ばし。これで待ちがカン4から47sに増えた。


 打点アップは逃したが、これでアガリ確率は――




 「リーチ」


 「え~!詩鶴さんもうですか~」


 「ふふふ、もう9巡目だよ?」




 対面の親番、詩鶴からのリーチ。


 小雀が引いて来たのは詩鶴に通っていない牌。


 それでも関係なく、切っていく。詩鶴から47sが出てもひとまずは3着だ。




 そして、詩鶴のリーチ後一発目のツモ番。




 「ツモ」




 詩鶴が、手牌を開く。




 詩鶴手牌{二三四八八八①②③4447} ツモ{7}






 「1300、2600だね」


 「うぎゃ~!一発ですか~!?」


 「さ、流石です詩鶴さん!」


 「ちょっと夏葉さん!トップ捲られてる側のセリフじゃないですよそれ!」




 やんややんやと、2人が盛り上がる中。


 小雀は目を見開いて固まっていた。


 その形で、9s切りリーチ。






 自身の手牌に、目を落とす。


 自分の待ちは47s。それを完全に止め切った上で、7s単騎待ちでリーチしてツモ……?


 ――こんなの、どう見たって。






 「さあ、オーラスだね?」






 ――読み切られている。




 自分の所作?牌の揃え方?


 ……いや、そんな生ぬるい話ではない。


 もっと自分の理解できていない場所で、この目の前の打ち手には、小雀が見えないものが見えている。




 そうとしか思えなかった。




 息を呑み、銀林詩鶴という目の前の打ち手に、圧倒されそうになったその時。




 『麻雀はね、誰でも勝てて、誰でも負けることがあるの。でもね、だからこそ……尊くて楽しいゲームなんだよ?』




 昔。


 小雀に麻雀を教えてくれた人の言葉が脳裏に蘇った。




 そうだ。


 確かに、今はこの目の前の人に勝てないかもしれない。


 それでも。




 (そんなの関係ない)




 麻雀は必ずしも強い人が勝つゲームじゃないから。




 今の勝負を、諦める理由になんかなりはしない。












 南4局。




 現在のトップ目は詩鶴。


 小雀が配牌を開いた。




 ドラ{東}




 少女 手牌{一一七七九③③⑤⑦238東}ツモ{東}




 状況を整理する。


 現状は4着目で、ここまでアガリはない。


 とはいえ上ともそこまで差がついているわけではなく、2000、4000をツモれば3着。3000、6000をツモれば2着。


 トップの詩鶴とは点差が離れてはいるものの、倍満クラスをアガることができればトップもある。




 幸い、ドラの東が重なってくれた。


 これならば逆転の目は十分ある。


 ただ、舵取りが難しい。七対子に行くか、メンツ手を残すか。


 小雀は8から切り出していった。






 3巡目




 小雀 手牌{一一七七九③③⑤⑦23東東}ツモ{⑧}




 難しい牌を引いてきた。


 素直に行くならどこかの対子を切りたいところだが、それだと大逆転の可能性がある七対子という役を消すことになる。


 少し考えた後、小雀は1枚切れていた九を切り出した。






 5巡目




 小雀 手牌{一一七七③③⑤⑦⑧23東東}ツモ{⑧}




 これで七対子のイーシャンテン。


 ここで手牌の方針はだいたい決まった。


 ソーズの下はほんのり場の状況が良いので残しつつ、{⑤}は嬉しい赤ツモがあるため{⑦}を切り出す。




 8巡目




 小雀 手牌{一一七七③③⑤⑧⑧23東東}ツモ{一}




 暗刻ができた。七対子にするならいらない牌だが、他の対子の牌もまだ見えていないものが多い。


 だからこそ、捨てることはできない。


 七対子の先にある役。


 3枚の牌を4セット揃えることで成立する、このゲームにおいて最も点数の高い役満――四暗刻を。






 9巡目




 小雀 手牌{一一一七七③③⑤⑧⑧2東東}ツモ{⑧}




 「……!」




 僅かに手が震える。 


 役満四暗刻のイーシャンテン。


 ここまで来れば七対子はもういらない。


 安全度で⑤を切っておく。




 が……ここからが長かった。


 巡目も少なくなっていくにつれ、ポンをしてのトイトイでのアガリも辞さない構えだったが、なかなか周りから牌は出てこない。




 (巡目が……)




 残りの山はどんどん少なくなっていく。


 それはつまり、この勝負の終わりが近づいていることを示していて。




 (……縦の手か)




 詩鶴は最後の親番、自身がノーテンで終わればトップの立場。


 わざわざ他に対して危険な牌を切る必要が無い。




 じわじわと、小雀の4着が迫る。




 17巡目 真奈 手牌


 {二三四五六②③④⑤赤⑤34東}ツモ{九}




 (東1枚勝負ならしても良いかな~って思ってたけど……)




 真奈が終盤に持ってきたドラの東の扱いに困っていた。


 ただ、この今持ってきた九は全員に対してほぼ通る牌なのでツモ切っていく。




 たん、と真奈から切られたその九に。


 小雀の手が止まった。




 小雀手牌




 {一一一七七八③③⑧⑧⑧東東}




 今は南4局、つまり東は役ではない。


 この今切られた九をチーしたとて、役が無い。


 麻雀はアガリの形を作ったとしても、そこに役が無ければアガリは成立しないのだ。




 ――けれど。




 もう一度、全体と、点数状況を確認する。


 詩鶴の親はこの1局で終わるだろう。今はテンパイしているようにはとても見えず、流局した場合はトップの詩鶴がアガるメリットは小さい。


 次の局が無いとして。


 今この場でできる、最善は?






 「お~いあんたの手番「チー」……!」




 20秒ほど動かない小雀に対して痺れを切らした夏葉が声をかける刹那。


 小雀の下した判断はチーだった。




 (は?チー?目に見えて七対子みたいな捨て牌からチーって……形式テンパイを組んでも4着のままだけど?)




 一瞬、夏葉はその意図に気付かない。


 ただ一人、詩鶴はその目をもう一度細めていた。


 今度は、楽しそうに。




 小雀が牌を切って、夏葉の手番。


 そこで、夏葉が気付く。




 (違う……海底か!)




 現状、仕掛けは入っていない。


 本来なにも仕掛けが入っていないときに、海底牌……最後の牌を引くのは南家だ。


 しかし、チーをひとつ入れることで……その海底牌は、西家、つまり小雀の場所へと移動する。


 つまり、ツモ番が1回増えるのだ。




 (ちっ、小癪なことを、鳴ける牌……選ばなきゃ)




 どうにかして、詩鶴や真奈に鳴ける牌を探して、夏葉が切り飛ばす。


 残り1巡。ただ、それに声がかかることはなく。






 1局の終わり、ゲームに使うことのない王牌の以外で、最後に残った牌。


 その牌を使ってアガると、役が付く。




 小雀が、手を伸ばした。




 海の底に眠る宝を、拾い上げるように――






 「ツモ」




 少女 手牌


 {一一一③③⑧⑧⑧東東} チー{九七八} ツモ{東}






 「3000、6000」






 最後の最後に、少女が2着にまで着順を上げて、この勝負は決着となるのだった。

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